第3話 1-1

「今日もありがとう、龍太。とっても楽しかった」

私は高宮鈴。二十七歳。独身。商社勤め。今宵は恋人の龍太と、

有名なフレンチレストランでディナーを楽しんで来たところだ。


 龍太とは大学のゼミで知り合い、次第に親しくなっていった。

ゼミの発表で、二人一組でプレゼンをしたのがきっかけだ。結構な恥ずかしがり屋さんで、最初はなかなか目を合わせてくれない彼だったけれど、ふとした折に共通の趣味を持っている事が発覚し、私たちは急接近した。


共通の趣味。それは「戦国武将」オタク。


 龍太は時の権力者、徳川家康に対し、真っ向から立ち向かった「真田幸村」の大ファン。

大坂冬の陣、夏の陣では大恩を受けた豊臣を守るため、父である昌幸から受け継いだ軍略を武器に、壮絶な戦いを繰り広げた武将だ。

 

 一方の私のイチオシと言えば、何と言っても「上杉謙信」様。

越後(新潟県)の守護代・長尾家に生まれた謙信様は、七歳で寺に預けられて育ち、御父上が亡くなると、

家に呼び戻される。兄が家督を継ぐが、領内の豪族たちを治めきれず、反乱を起こされてしまう。


 十四歳の謙信は兄の命を受け、兵を率いて出陣し、反乱軍を見事に撃退した。以降、領内の反乱を次々と鎮圧していく謙信様。それなのに!謙信様の実力の高さを恐れた兄からの攻撃が――!?ッ


 ・・・いけないいけない。謙信様のことを想うと、つい熱くなってしまう。謙信様のエピソードは諸説あるけれど、「越後の龍」や「軍神」と崇められた彼は、「義」の心をとても重んじていた。

私もそんな彼の生き様や思想を尊敬しているし、重んじる人間でありたい。



 話は戻るけれども、恋人の龍太と私はもうすぐ結婚が決まっている。

つい先日、映画館を貸し切ったプロポーズを受けた。私たち二人が楽しみにしていた戦国物の映画だった。

上映後、いつになっても席を立たない龍太を訝りながら、

「ねえ、早く出ようよ。もう誰も居なくなっちゃったよ?」

と彼に迫った直後、再び館内が暗くなった。

「え?何?」

 すると、先ほど戦国映画の主題歌が流れ出す。そして、次の瞬間

「鈴、愛してる!! 俺と結婚して下さい」

の文字がスクリーンに映し出された。右から左に向かって大きな文字が流れるや否や、私がきょとんとしている間もなく、左手の薬指に何かをはめられる感触。


キラキラと輝くダイヤの指輪。


 龍太の渾身のサプライズ演出だろう。人生の中でこれ程満ち足りていた瞬間が有っただろうか。本気でそう思える幸福が私を包み込んだ。

 龍太に尽くそう。一生添い遂げよう。畏れ多くも、謙信様の「義」に心を重ねながら。私は心にそう誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る