第1話 1-2

「テメー、さっきからやかましいんだよ! このボケ畜生がァーーッ!!」

美香が叫ぶ。OLは一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに驚きの表情へと変わった。


「何で見ず知らずのテメーに傘を貸す義理があんだよッ? あぁ?」

美香は差していたビニール傘を閉じ、雨に濡れるのも構わず傘の先端をOLの額に押しつける。

「な、何するのよ!」

やっとこの言葉だけが口から出た。美香の急変ぶりに驚き、OLは抵抗することすら忘れていた。


「どーせ、隙あらば玉の輿を狙って寿退社しよう、そして優雅に暮らすの♪

なんて魂胆抱いてるてめーなんかがこのあたしの傘を借りれるなんて思ってんのかッ?

何の生産性もない、浅はかな低学歴OLがァーーーーッ!」

美香はグリグリと傘を回転させた。


「や、やめて!」

OLは声を震わせながら懇願した。しかし、美香は更に捲し立てる。


「この肥溜めで生まれたゴキブリのチンボコやろうのくせに」

「きゃあッ」

OLの声は悲鳴へと変わっていた。


「あたしの傘をッ!」

美香はより力を込めて傘を回転させる。

「その低俗で下品な指で触ろうとするなんてよぉ~~~~ッ!」

OLの額の部分が少し赤くなってきた。

「こいつはメチャ許さんよなあああああ!!」

「きゃああーーー!!」



グリグリグリグリグリグリグリグリ。



「わ、わわわわわわ私が悪かったです。あなたの傘を借りようなんて

つい思いあがったことを考えてしまいました~」


しかし、美香は手の力を緩めない。


「本当に御免なさい。私が浅はかでした。愚か過ぎました。見ず知らずの人に傘を借りようなんて、

・・・今は自分の低モラルさに辟易していますです。本当なんです。許してくださあああ~~~いッ」

OLは大粒の涙を流しながら美香に懺悔した。


するとようやく美香は手の力を緩める。

OLはこの隙を逃がさなかった。

美香の更なる追い打ちから回避するため、OLは必死で駆けだしていた。

ヒールを履いているとは思えないような早さだった。


OLは角を曲がると美香の視界からその姿を消した。



いつの間にか雨があがっていた。雲の隙間から陽が差し込んでいる。

美香が腕時計の時間を確認すると、


「やっば~い、もうこんな時間。先輩に怒られちゃう、急がなくちゃ」


美香はビニール傘をたたみ、自転車のハンドルにかけた。

そして学校に向けて自転車を急発進させたのだった。

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