永遠のPM5:42
雨野瀧
第1話
自宅の風呂場だった。鋭く尖ったナイフの肢の部分を彼に渡した。
「私を刺して」
彼は言うことを聞かなかった。
それどころか裸の私を抱き起こし、無感情に愛撫した。
彼を深夜の海へ連れて行った。啄木先生の像が今日も考え事をしていた。私は深夜のテトラポッドに立った。言うまでもなく足元は不安定で、バランスを取るのが難しい。
「ここから突き落として」
彼は言うことを聞かなかった。
それどころか最低限の体温を戻すための上着を私に着せた。
明け方のゲームセンターへ連れて行った。治安が悪い地域である。ここでは特に何もなかった。
それからの午前、パン屋でカレーパンを、ローソンでドリンクを買った。少し高上がりだった。
私は「モンスターエナジーを十本飲ませて」と言ったのに、彼は一本しか飲ませてくれなかった。
夕方、彼を車に連れ込んだ。
彼は何を期待したのか知らないけど、私はどこか遠くへ向かって車を走らせた。
大きな道路で道は混んでいる。大型トラックは都心へ向かって急いでいるようだし、バイクはブオンブオン音をたてながらどこかへと逃げている。信号は赤だ。陽の落ちていく坂道の景色は比類なき美しさだった。
「ここ、今から信号無視してみない?」
「だめだ!」彼は珍しく声を張り上げた。
ふふっ、それが何だというの。今回ばかりは私の操作するアクセル次第なのに。
信号が変わる前に私は思い切りアクセルを踏んだ。それは十七時四十二分の出来事であり、私の脳内で、時間がそれより先に進んだことはない。逆にいうと私の生きた時間は永久にそこで止まっている。
彼の時間もそこで止まったのだろうか。それとも、私の知らないどこかでその先の時間を経ているのだろうか。
そんなことは知る由もないのだけど。
永遠のPM5:42 雨野瀧 @WaterfallVillage
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