若い彼女の色んな事情

15 お嬢様、気になる


 山下さんが言うには「あれはたぶん元カノかストーカー」な女性が、無表情な野々村さんに背中を押されコンビニの外へと強制的に連れていかれてる。


「なんだあれ」


 いつの間にか隣に来ていた山下さんが、ちょっと顔をしかめてつぶやいたのに私もウンと頷く。


「野々村さんと出掛けたのがダメだったのかな」

「たぶんそうかもしれないけど、でも普通は彼女でもない人があんな怒り方しないですって」

「そうですよね」


 ただなんていうか。

 野々村さんの顔つきの派手さがあだとなっているというか。

 パッと見では野々村さんが凄く悪人っぽく見えてて、ちょっと可哀想?


「野々村さん、大丈夫かな」

「どうでしょうね。扱いには慣れてそうな感じだったけど……」


 少し沈黙したあと、二人して無言でコンビニのドアへと歩き出す。ピロロンピロロンというチャイム音を鳴らしながら外へと出たとたん、元カノ(仮)さんの叫び声がその場に響き渡った。


「なんで? ……なんでみんな私に嘘つくの?!」


 華奢な彼女から出たとは思えない大きな怒声に驚き「え?」と目を見開いたその瞬間、腕を振り上げた彼女と目が合い、目の前に影ができ、何かが落ちた音がして、そして山下さんが小さく唸った。


*


「えっ、ちょっと大丈夫!」

「怪我ないですか?」


 近くにいた女性二人がこちらにすっ飛んできて、あれこれと言ってくれてるみたいだけど、もう何がなんだか……である。


「なに投げてんだよ! 頭にでも当たってたら洒落になんない怪我してただろ!」


 野々村さんは容赦なく彼女を怒鳴りつけていて、怒鳴られてる彼女の──声は聞こえない。


「大丈夫?」


 抱え込むようにして庇ってくれた山下さんが軽く顔をのぞき込んできたのにコクコクと頷く。頷いたのを見た山下さんは囲い込むようにしていた両腕を離し、それから駆け寄ってきた女性に話しかけた。


「あれ、どうやら野々村さんの知り合いみたいで」

「えーーっ、なんか恨みでもかったの? あんな加減なくスマホ投げる女怖すぎだって」


 そう言われてふと地面をみるとスマホが落ちている。

 あ──


「嘘! 大丈夫ですか?!」


 小声で叫んだあと慌てて山下さんの背中をペタペタ触っていると、山下さんが軽く笑った。


「当たったの腕。ただ運良くかすった感じになったから、今はそんなに痛くない」

「でも打撲ってあとから症状でてくるから、ちゃんと病院に行った方がいいよ」


 軽くかわした山下さんに女性は心配げにそう言い、山下さんの左の肩あたりを見ている。それから今度は私を見て、怒るようにキュッと眉を寄せた。


「というか山下さんが動くの遅かったら、この子の顔に直撃してたよね」

「たぶん」


 機嫌悪く同意した山下さんと一度目を合わせた女性は、サッと野々村さん達がいる方へと体の向きを変えキビキビと歩き出す。そして怒っている野々村さんの背中をポンと叩いてから彼女に話しかけた。


「ちょっとお話、しましょうか」




***




 今はもう19時半すぎ。迎えに来るという母親を、山下さんと一緒に病院近くのカフェで待っているところで。


 そろそろかなと何度か道路へと目を向けていると、路肩に止めた車から降りた母親がもの凄い速さでこちらに歩いて来ているのがガラス越しに見えた。家に居るときよりちょっと業務的な表情になってる。



 一時間ほど前、コンビニの前で起きたことを母に連絡し、山下さんが怪我したから病院紹介したいんだけど…とお願いすると、「今すぐ連絡するからタクシーですぐに向かいなさい」と言われた。


 それから電話を代われとも言われたので、野々村さんにスマホを渡そうと──


「あの、お母さん。野々村さんは悪くなくて。危なくないよう連れだしてくれてたのに、私が様子を見に行ったりしたからで」


『大丈夫、ただ事情を聞きたいだけ』

「うん」


 このあとスマホを渡し、そして野々村さんたちは元カノさんを捕まえたままファミレスに移動することになったようだ。


*


「柚葉ちゃん、良かったわ。怪我しなくて」

「うん、山下さんが庇ってくれたから私はなんともない」

「そう。こちらが山下さん?」


 目の前に座っている山下さんを見て頷くと、母は両手で山下さんの手を握りしめ「ありがとう。ありがとう」と感謝しまくり、山下さんは「あ、いえ」と苦笑いだ。


 そんな山下さんをにこやかに見つめつつ握っていた手を離した母は、サッとカフェを見渡し、笑顔で手を挙げた。


「席、移りましょう」



 母の事を知ってる感じの店員に案内され、ふかふかのソファー席に移動したあと、母親が静かに話し出す。


「それで柚葉にスマホぶん投げたバカの件だけど」

「うん」

「結果的に山下さんに怪我させてるから、こっちとしては全面的に協力してあのバカに責任を取らせたいと考えてはいるの」

「うん」

「必要なら弁護士の費用もこちらで持つので、あとは山下さんがどうしたいか、なんだけど……」


 誰も話さない沈黙がちょっと続く。


(どう責任取らせたいか、とか急に言われても分かんないよね……)


 隣に座ってる山下さんを見るとやっぱり少し困惑気味だ。でもしばらくすると、山下さんは何かを思い出す雰囲気でボソボソと喋りだした。


「あの時、トンって感じじゃなく結構なスピード感でドンって腕に当たったんですよね。だから今思えば、野々村さんにならともかく、さっきちょっと会っただけの女の子にフルパワーでスマホ投げれるって、かなりヤバイ人なんじゃないかと」


 お母さま、お顔が。

 お顔の表情が消えすぎてて怖いんですけど。


「なので、怪我も大したことはなさそうだし、あまり大事にして恨まれたくないなという気持ちが今は大きいです」

「そう。それなら、もう少し時間を置いてからまた考えましょうか」

「はい」


 頷いた山下さんに母がニッコリと笑いかける。


「じゃあ、野々村さん達も心配して待っててくれてるみたいだし、合流しにいきましょうか」







 野々村さんの元カノからスマホ投げられた事件から一ヶ月位が経ってるけど、あれから野々村さんとは一度も会ってないし喋ってもいない。


 別に誰にも「連絡とるな」とか「会うな」とかは言われてはないんだけど、あの元カノさんがわざわざ会いに来たという相手の野々村さんには、なんとなく今は近寄らない方が…という雰囲気になってて。


 その代わりと言ってはなんなんだけど、山下さんと木村さんが我が家に何度か来ている。山下さんが怪我した分の治療費とか慰謝料とか、まぁそんな諸々の事を弁護士さんが処理するための会議? みたいなのがうちの客間でたまに行われており。


 ただ木村さんに関しては「木村さんとはウマが合うわー」と、母親がかなり気に入っているので会議の為にというよりは、ほぼほぼ遊びに来てもらっているようなもんで。


*


「そういえば柚葉さん、運動始めようかなとか言ってませんでしたっけ?」

「あ、なんかそんな話、してましたね」

「あらそうなの? お父さんが通ってるジムに見学にでも行く?」

「違いますって。若い女の子がいう運動はヨガとかピラティスとか。そういう美容系だよね」


 客間でティータイムな四人の会話はいつも適当で。知らない人が見たら仲いい親戚の集まりだと勘違いされそうな、妙な馴れ合い感が最近は出てきてる。


 まぁ楽しいからいいんだけど。


「主任、違います。そういうのじゃなくて、弓道に興味もってくれたんですよ」

「弓道? なんで?」

「あれ、言ってませんでしたっけ? 僕、大学時代弓道部で今でもたまに弓道場に行ってて」

「へーそうなんだ。でも弓道って運動になるの?」


(あ、それって)


 木村さんの言葉に、喫茶店でした弓道は運動か文化系か…という会話を山下さんも思い出したみたいで、なんとなく二人して顔を見合わせ、そしてフフフという含み笑いを同時にしてしまう。


「……若さが憎いけど可愛い」

「なに言ってるの? あなただって若いじゃない」

「それこそなに言ってるんですか。小田山さん、四十二歳ですよね」

「そうだけど」

「柚葉さんより小田山さんの方が、私と年が近いって気づいてます?」

「あら、そういえば」


 そう言って首を傾げた母は少し考えてる風に頬に手を当て動きを止め、それからパッと晴れやかな表情で木村さんを見た。


「そうだ! 今ね、思いだしたん──」 


 喋りながらハッと山下さんと私の方へと視線を向けた母は、おもむろに立ち上がり「ちょっと書斎へ行ってくるわ」と。それから壁に掛けられている時計を見上げた。


「あら、もうこんな時間。柚葉ちゃんお腹空いてない?」

「えー別に」


 今お菓子食べてるからお腹なんて空いてない~とすぐに答えた私に沈黙で答えた母は、次に山下さんへと顔を向ける。


「……山下さんは?」

「……空いてます」

「そうでしょー、こんな時間ですものねー。じゃあ近くのお店に連絡しておくから、二人で行ってらっしゃい」

「えっ」

「はい」


 私の返事にかぶせ気味に山下さんが答え、そして目が合うと大仏のような目の細め方をしつつ、納得させるような感じで二回ほど私に頷いた。 




***




「今から行くお店って、よく行くんですか?」

「うーん。お母さんはランチでよく行ってるみたいだけど、私は年に数回くらい」

「へぇ」


 追い出されるかのように出された自宅から徒歩15分くらいの場所にあるイタリア料理店へと、散歩がてら歩いて向かっている。横にいる山下さんは野々村さんほど背が高くないからか、並んで歩いていても喋りやすい。


 ふと隣を見上げると、山下さんと目が合った。


「なんですか?」

「あ、えっと。──野々村さんって本当に背が高かったんだなって、ふと思って」

「あぁ」


 山下さんが苦笑いする。


「もう、あの顔であの身長とか冗談こくなよ、って感じですよね」 

「会社じゃモテてます?」

「はい、たぶん。でも何か近寄り難い雰囲気があるのと、野々村さん自体が積極的に女性に絡まないんで、僕が知ってる限りでは仲がいい女性って畑田さんと主任ぐらいじゃないかなぁ」


 それ、分かる。すごい格好いいんだけど、第一印象がいまいちよくないって言うか。好みじゃない女性には冷たい、みたいな感じがあるんだよねー。


「でも、意外といい人ですよね」

「はい、意外と普通なんですよね」


 可愛いペットの話をしているかのような、そんな微笑ましい和んだ空気が流れたとこでお店に着いた。


「はい、どうぞ」


 山下さんはホテルのドアマンのように姿勢良くお店のドアを開けてくれ、先にお入り下さいと手を差し伸べてる。それに「どうも」と笑って答えてからドアに近づいたとき、山下さんが少しかかんで顔を近づけてきた。


「どういたしまして」


(あれ、コンタクト)


 今までで一番近い距離で目が合い、山下さんの黒目にレンズを発見する。

 そっか目が悪いんだ。


 無意識に数秒見つめていたようで、山下さんの目が動揺するように少し動く。

 それを見て私も我に返り、失礼だったな…とちょっと口角を上げてからお店の中へと視線を向ける。


「いらっしゃいませ」


 待機していたんだろうなって素早さで店員さんに声を掛けられ、窓際の席まで案内してもらう。そして席に座りメニューを渡され、店員さんが去ったあと聞いた。


「山下さんってコンタクトだったんですね」

「あぁ、そうなんですよ。高校までは眼鏡してたんですけど、弓道するようになってからコンタクトに変えたんですよね」


「へぇ、でも山下さんは眼鏡の方が似合いそう」

「そうかな?」


 すっきりとした顔の中にある少しつり上がり気味な切れ長の目は存在感はあるけれど、もっとなんていうかこう。眼鏡を掛けた方が山下さんの柔らかい雰囲気にメリハリがつく、締まった印象になりそうっていうか。


 またまた無意識に山下さんを眺めていたようで、所在なさげに山下さんがメニューから目を上げた。


「……えっと、柚葉さんは眼鏡が好きだったりとか」

「いえ別に。ただなんとなく」

「そうですか。まぁ普段からいざというときの為に眼鏡は持ち歩いてるんで、いまカバンの中に入ってはいるんですけどね」

「え」

「あとで掛けて見せましょうか?」

「是非」




 

 


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