10 お嬢様、夢の続きを見てしまう


 村で一緒に過ごしていた同い年の男の子と私。

 お互い好きだと何となく分かってはいるのに、くっつきもせず離れもせずのモダモダな状態がずっと続いていて。


 そして何回目かの夏祭りでやっと気持ちを伝え合うことができた。

 ある日、近所のおばさんの所に一人の娘さんが住むようになったその何ヶ月か後、結婚しようと言っていたはずの男の子が、その娘さんと結婚していた。


 捨てられ女と周囲に嘲りの目で見られ、それからひたすら逃げていると、今までとは違い穏やかな雰囲気の彼が、手を差し伸べてきた。


「まぁとりあえず、俺と結婚しとけ」




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 ──なんじゃこりゃ。


 夢見が悪かったのか、もの凄く疲れた体で目が覚めた瞬間、速攻で夢にツッコミを入れた。なんだこれ、と。


 というか、ほんと、なにこれ。

 若いのもサイテーじゃん。



 イラッとした気分のまましばらくお布団の中でウダウダして。

 それからダイニングに行き、テーブルに用意されていた朝食の前に座る。

 あ、今日は和食だ。


 モグモグと白米を食べながら、また夢のことを思い出す。

 あの金持ちのおじさん、結構いい人だったのかも。


「──柚葉」


 ん? でも最終的に彼にも捨てられていたような。あれ?


「柚葉ちゃん!」

「あ、はい」

「なにまだ寝ぼけてるの。話し聞いてた?」

「あ、ごめん。ちょっと考え事してて……なに言ってた?」

「だから、美術館デートのことなんだけど」

「うん」

「お姉ちゃん、あの人とデートするんだ」


 最近なんだか私にトゲトゲしい葉月が、不服げな声で会話に入ってきた。


「うん、する」


 面倒だったので適当に返事すると、母親が苦笑いで葉月の方を振り返る。


「なんかね。野々村さんが上司の方からチケットを頂いたらしくって、それでみたいよ」

「ふーん。どこの美術館に行くの?」


「県立美術館でやってる古代エジプト展で、お母さんもちょっと興味が湧いて調べてみたら結構人気の展示みたい」


 まだ苦笑いのままの母親が今度は私の方を向いた。


「柚葉、それでね。美術館までなんだけど、家からだとアクセス悪いから車で送ったほうがいい? それともお迎えがくるのかしら」


「うーん。今度の日曜日に行くこと以外はまだ決めてないから」

「そうなの? じゃあ帰宅時間の予定もまだ分からないわね」

「うん。でもまぁ、どこか行くとしてもお茶くらいだと思うから、そんなに遅くはならないはず」


「そうねー。あ、野々村さんにはお世話になってるし、ちょっとしたお礼の品でも渡そうかしら。柚葉ちゃん、一緒にお買い物に行かない?」

「いいよー」


 パンッという音がふいに聞こえ、思わずそっちを二人でみると、葉月がお箸と共に自分の手をテーブルに当てた音だった。そしてそのあと席を立つと、ドスドスという足音を響かせながら廊下を歩いて行く。


「え、どうしたんだろ」


 驚いてる私とは違い、葉月を気遣うことも追うこともしない落ち着いたそぶりの母は、再び朝食へと意識を向けたあとため息をつき、それから喋りだした。


「ちょっとね、おばあさまがね……」


(でた、おばあさま)


「もうね、葉月の彼氏が芸人だとか収入が低いだとか、そんなのはもうどうでもよくて、ただもう門倉さんのあの振る舞いが生理的に受け付けないらしくって」


「え、そこまで?」

「そうなのよー。そうなると干渉せずにおれないのがおばあさまじゃない?」

「うん」

「なにかとうるさく言ってくるのが葉月も辛いみたい」


(なるほど。それはちょっと大変)


「ただねー。そんな辛い思いをしている自分のすぐ近くでは、柚葉が家族に受け入れられてる平和なお付き合いを野々村さんとしてるのが、なんか気にくわないんでしょうね」


「えー平和なのは、野々村さんが防波堤だからだし」

「確かにそうね。でもね、あんなにいい防波堤、そうそうはいないのよ? ──てことで、お買い物はいつ行く?」


 もう葉月の話はしたくないのか、分かりやすく話題を元に戻されたので、今日からの予定を調べるためスマホに手を伸ばした。





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 現実から逃げるようにして結婚した割りには、怖いくらいな穏やかさだ。

 お金はあるので生活に不自由はしないし、彼の家族も結婚までの経緯を知っているはずなのに、とてもよくしてくれている。


 世間では親が選んだ人と結婚するのが一般的なんだし、お姑さんにいびられるのも当たり前。そうなると私はかなり運がいい部類に入るのだろう。


 そして私は息子を産んだ。

 男児にはあまり使わない表現ではあるけれど、蝶よ花よ、と言わんばかりの周りの孫バカぶりに、彼と一緒に凄いねと笑い合ったりして。


 この頃になると村の男の子とは結婚しなくて良かったと思うまでになっていて、本当に幸せだった。




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 ── やばい、すてき。


 夢ってこんなに鮮明に見れるもんなんですね、って言うくらいの映像感で幸せを体感して、とてもいい気分で起きた。私もあんな結婚がしたいなぁ、とお布団の中でバタバタしたあとダイニングへと向かう。


「おはよう~」

「おはよう」


 あ、今日も和食だ。

 ゴクゴクと味噌汁を飲みながら、また夢のことを思い出す。

 あれだよね、やっぱ女性は愛してくれる人と結婚するのが一番ってやつだ。


「──葉月ちゃん」

 

 ん? でもあの状態からなんで捨てられる羽目に? え、なんで? 


「葉月ちゃん!」

「あ、びっくりした!」


 ボンヤリしてた脳に大きな声が響いたもんだから驚いて目を見開くと、母親がすまなそうに顔の前で両手を合わせた。


「あら、ごめんね。葉月が返事しないもんだから」


 母の言葉で目の前の葉月に視線を向けると、むすっとした顔をしている。


 なんかここ最近ずっと機嫌悪いんだよね。お父さんやお母さんは一生懸命話しかけてるけど、私は無視だ無視。はー面倒くさっ。


「葉月ちゃん、カードの明細にアポーストアがあったけど、新しいスマホでも買ったの?」

「……そんなとこ」

「あれねー、一つ前のと機能にそう変わりは無いって評判だけど、どう?」

「……そうみたい」

「やっぱり。で、何色を買ったの? ちょっと見せて」


 えっ葉月、あのスマホ買ったんだ。

 私もちょっと見てみたい。


 最新スマホに惹かれ、朝食の手を止めて私も母親と一緒に葉月を見つめる。

 ──ん? 動かないんだけど。

 お母さんも不審げだ。


「葉月ちゃん?」


 そのまま数秒が過ぎ、そして母親の低い声がダイニングに響いた。


「葉月、ちょっとこっちに来なさい」


 母親がクイッとあごで方向を指示し、葉月は暗い面持ちで立ち上がる。それから二人は母親の書斎へと消えていった。









 野々村さんと約束をした日曜日。


 約束してから今日までの数日。

 その短い間に、なぜだか古代エジプトアニメにハマってしまったらしい母親から、「メジェドちゃんのグッズ買ってきて!」とか唐突にお願いされた事以外、表面上は平和な家庭の玄関から車で美術館に向かう。


 たどり着いて車を降り待ち合わせ場所に行くと、やっぱり古代エジプト展は人気みたいで、まだ開館したばかりのはずなのにもの凄く人がいた。みんなが同じ方向を歩いて行く中、キョロキョロと野々村兄さんを探してみると──


(あれは、知り合いじゃなきゃ近づく勇気なし)


 濃いめカーキーのカジュアルなスラックスに白Tシャツ、その上に軽く羽織っていたんであろうナイロン質感のブルゾンを片手に持ち、美術館の外壁にもたれている。


 雲ひとつない晴れた空の下、とても爽やかな格好をしているのに、なんで立ち姿に近寄り難い夜の雰囲気が漂ってしまっているのかが不思議だ。



「お待たせしました」

「あ、いえいえ。そんなに待ってませんよ」


 近づくとサッと背中を壁から離し、ニコニコと笑う野々村さん。

 初対面の印象はよくなかったけど、実態は思いの外いい人なんだよね。


「いつもの格好と違ったので、すぐには見つけられなかったです」

「あぁ、今日は高級中華にもパーティーにも行かないので、ラフな格好でいいかなって。でも普段はいつもこんな感じですよ」

「へぇ、そうなんですか」

 


 そのまま順調に美術館へと入り、最初は歴代の王が書かれたパネルや、古代エジプトの歴史映像が映されているスクリーンなどがある区間をまずは散策する。


 そして何個目かの区間にあった長いパピルスの前で眉を寄せ首を大きく傾げていたら、隣にスッと野々村さんが立った。


「ミイラとかの派手な展示物は、最後の方みたいですね……って、どうしたんですか。何か悩んでます?」

「いえ、メジェドちゃんってデフォルメじゃなく、本当にこんな風に書かれてたんだなって」

「メジェドちゃん?」

「あ、これですコレ」


 パピルスに描かれているエジプトの神様を指さすと、野々村さんは「あぁ」と小さく噴き出す。


「他の神様に比べて絵が単純すぎますよね。誰でも書けそうっていうか、笑」

「確かに。でもなんか可愛くないですか?」

「可愛い……かな?」

「はい、うちの母親も好きみたいで」

「へぇ」


 カワイイという表現にいまいち納得していない様子の野々村さん。

 ただでも十代の女子が言っていることだからか軽く受け流し、視線はメジェドの絵のところに留まったまま、さっきまでの私みたいに首を傾げている。


 そんな野々村さんから目を離し少し遠くを見ると、彫像が沢山ならんでいるコーナーが見えた。


「あ、あっちのネコの置物もカワイイ」

「あぁ、あれは普通にカワイイですよね。今でも雑貨店とかに売ってそうな」

「ありそうですよねー」


 トコトコとゆっくり二人で歩きながら、自分が興味のある区画では各々がじっくりと鑑賞して。そんな風にさほど気を遣うこともなく最後の区画まで周り、そして最後は床に書かれた矢印に誘導され、気づけばグッズやお土産のお店に入っていて。


「すいません。ここで母に頼まれてたメジェトちゃんグッズを買うので、少し時間が掛かるかも」

「じゃあ、店内ブラブラしときます」

「でも、もし途中であれだったら売店の外のベンチにでも──」

「たぶん大丈夫ですよ。なんか面白そうだし」


 そう言って野々村さんは、近くにあった古代エジプトまんじゅうを指さして笑った。


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