11 派手顔男、種をまいてみる



(これ、想像してたんと、違う)


 身内のみ、かつ自宅でのホームパーティーと聞いて想像してたものとは全く違う目の前の光景に一瞬だけ歩いていた足を止めた。


 綺麗に整備されてる庭と一体化した部屋には、お皿に等間隔で並べられた小さい料理に高いお酒が置いてあるだろうBARコーナー。


「野々村さん、座って待っときましょー」

「あ、はい」


 言葉遣いはカジュアルな柚葉さんだけど、その装いは俺らでいうとこの ”お上品なよそゆきの服” だ。周りにいる人達も身内のはずなのに上辺だけの ”ご歓談” てな感じで、ホームパーティーというよりはビジネス関係のパーティーだって方がしっくりくる。



 ***



 パーティーに参加して十五分ほどが経ったころ、目の前に柚葉さんの妹とその彼氏さんが現れ、四人での会話が始まったんだけれど──


(声デカッ!)


 葉月さんの彼氏はオペラ歌手かよっ、とツッコミたくなるほどの声量で話してて、会話の内容はそこらにいる人達に全て筒抜けだ。いや、別に内緒話じゃないからそれは構わない。


 ただこの場の雰囲気に一切物怖じしないその声量と態度が、ちょっと怖い。


「えっと、門倉さんはお仕事なにされてるんですか?」

「はい、芸人やらせてもらってます!」

「へぇ、そうなんですか」


(ん? 芸人ってどっかで。)


 ハッと思い出し柚葉さんの方を振り返ると、乾いた笑顔で応えてくる。あ、やっぱり。というか芸人だからこんなに声デカいのか?


「良かったら一度ライブを見に来られませんか?」

「えっと、その。お笑いライブとかって若い子が多そうで」

「いやいや、他の人達はさすがに誘いにくかったんですけど、野々村さん位の年齢ならまだ大丈夫ですよ。それにチケットもそんなに高くないですし」


「そうですか、じゃあ機会があれば」

「あ、今チケット持ってますけど! この日にち、空いてます?」


 *


「柚葉さんとは結婚される予定なんですか?」

「えっーーと、まだ柚葉さんは大学生ですし、将来のことはまだ。それに結婚するにしても基盤をしっかり整えてからじゃないと、ご家族に心配をおかけしますしね。……ははっ」


「そんな基盤とか年齢とか気にしてたら結婚なんてできないですよ! 貧乏でも愛情があれば幸せだ、結婚は勢いが肝心、と父も言ってましたし!」


(うん、君さ、ちょっと一旦黙ろうか。)



 たぶん悪い人じゃない、それは体感的に分かる。会話の内容もそこらの喫茶店でなら全く問題ない。だたなー、その場にそぐわない会話ってのがあるんだよなー。


 それにこの周りからの刺さるような値踏み視線に耐えられる、いや気づかないとか。もうどんだけ図太い神経の持ち主なんだよ。まぁそこら辺は、芸人向きではありそうだけどさぁ。


 しばらくしたら柚葉さんのおばあさまが呼んでいるということで、妹さんたちからは開放されたけど、そのおばあさまとやらがまた……。


 こんなのドラマ以外にも存在してたんだな、と言いたくなる金持ち然とした佇まいの偉そうな女性で、思わずまた柚葉さんの方を振り返ってしまうと、さっきより更に乾いた笑いをされてしまった。




「おばあさまがいなければ、同じメンバーでももっと和やかなパーティーになるんですけどね」


 お身内の面々から離れBarコーナーに避難したあと、柚葉さんが小声ですまなそうに謝ってきた。それに苦笑いをしてグラスに手を伸ばしたとき、この場をやりすごすのに必死で忘れてたことを思いだした。


「あっ」

「はい?」


 オレンジジュースが入ったピッチャーを手に取っていた柚葉さんが声に気づき、こっちを見てくる。


「あの、古代エジプトとか興味あります?」

「古代エジプトですか? んーありますよ。『王家の紋章』とか面白かったですし」

「あ、じゃあ上司から『お見合い相手と一緒にどうぞ』と美術館のチケットを二枚貰ったんで、良かったら一緒に行きませんか?」

「え?」


 柚葉さんは少し目を見開いて、それから少しだけ顔をこわばらせたあと悩むように首を傾げた。

 

「あ、無理にとは。ただ他に誘える人もいないし、おばあさまの様子からして防波堤としてまた会うことになりそうだし、えっと……だから興味があったらどうかなって」


 下心無く職場の後輩に言うようなノリで何の気なしに誘ってはみたものの、思ったより身構えられたのでウダウダと言い訳ちっくな台詞になってしまった。俺、しつこいオッサンみたいになってないよな?


 いい大人がうろたえたのがツボにはまったのか、面白いものを見る目になった柚葉さんが、笑って頷いた。

 

「そうですか、じゃあ行きます。どこの美術館ですか?」




 ・

 ・

 ・




 月曜日、お昼休み前。

 コピー機の前に立ってたら、木村主任がツツツツーと近寄ってきて小声で話しかけてきた。


「ちょっと愚痴っていい?」

「いいですけど、なにかあったんですか?」

「美術館ね、畑田を誘ったんだけど、ミイラに興味は無い! って速攻で断られてさぁ。酷くない?」

「確かに。いくら仲がいいとはいえ上司の誘いを秒で断るの、あいつ位ですよね」

「ほんとそれ。せめて少しでも考えるそぶりを見せてからとかさー、ねぇ」


 二人してウンウンとうなずき合ったそのとき、あと一分程でお昼休みだと人が動き出したので、今度は普通に喋り出す。


「それに他の友達誘おうにも結婚してたり、忙しかったりして土日はちょっとだし……野々村さんは、あのお見合い相手の子といくの?」


「はい、今度の日曜日に行く予定です」

「へーいいなぁ。もうさ、私もその幸せを吸い取るために同じ日に行っちゃおうかな…… 一人で」

「悲しいですね」


 黙って目を不機嫌に細めた主任にごめんなさい、してたら山下くんがこっちに歩いてきた。


「野々村さん、今日のお昼どうします? 外行くならあっちで待ってますけど」

「あ、ごめん。すぐ行く」


 急いでコピーした用紙をトントンとまとめていたら、隣の主任が山下に笑顔で話しかけた。


「山下さんって美術館とか行ったりする?」

「美術館ですか? デートで数回くらいしか」

「ふぅん」


 知らぬ間に触れてはならぬ幸せ話をしてしまった彼に、木村主任はつまらなさそうにまた目を細める。ただたぶん主任は、山下に余りのチケットを譲るつもりで聞いたんだろうとは推察。


「でも、美術館って行くまでは面倒ですけど、行くとそれなりに面白いですよね」

「まぁねー。彼女となら更に楽しいだろうしね」


 妙齢の上司が軽く嫌みってるのを横目に、俺はピコンとひらめいた。

 これっていい機会じゃないんかい?


「あのさ、主任は一緒に美術館に行く予定してた人が無理で、そのチケットが一枚宙に浮いちゃってるみたいで。だから貰って欲しいんですよね、主任」

「そうなの。一枚しかなくて悪いけど、山下さんにあげる」

「え? でも」


 ちょっと驚いた表情になった山下に、主任が笑顔でゴリ押しする。


「別に行かないなら他の人に回してもいいから、とりあえず貰って?」

「あ、はい。じゃあ……」

「ちなみに俺もチケット貰ったから、今度の日曜日に行く予定」

「そうなんですか」

「うん。主任もその日にしようかな、とか言ってるし、山下さんも日曜の予定ないならその日にしたら? もし向こうで偶然会えたらお茶くらい奢るし」


「そうですね。とりあえず予定をみてから考えます」

「うん。じゃあ、お昼行こう」

「はい」


 まぁこれで、偶然にでも美術館で二人が会えたら御の字。

 来なかったとしたらそれまで、ってことで。

 この先どうしても出会う運命なら、嫌でもまたどっかで会うはず。




 ・

 ・

 ・




 売店でメジェドちゃんグッズを真剣に選んでいる柚葉さんは大学生というよりも女子校生のようで、まだまだ可愛いなという感じである。


(俺も記念に何か買おうかな)


 とはいえ売店でグッズを買ってる人を見ているとほぼほぼ女性で、だからかグッズも女性が好みそうなものが多め。そんな店内を一通り見たとこでは、買ってもいいかなってのはキーリングかマグネットくらいで──


「野々村さんも何か買うんですか?」


 いつの間にか近くに来ていた柚葉さんが、横から軽く顔をのぞき込んできた。


「買おうかなとは思ってるんですけど、これとこれ、どっちにするか悩み中で」

「え、このキーリング可愛い」

「そう、これゴールドと黒の組み合わせなんで使いやすそうですよね」


 ビジュアルが一番気に入ったアヌビス神のを手に取ると、柚葉さんがちょっと笑う。


「それ、野々村さんっぽいです」

「そうかな? じゃコレにしようかな」

「いいと思います」


 そう言うと柚葉さんは他の場所へと移動しまた真剣にお買い物を始め、俺も再びキーリングの棚を見ると、さっき柚葉さんが可愛いと言っていたネコの神様のもあった。



 ***



(結局、山下にも主任にも会わなかったなー)


 美術館にいる間はすっかり忘れていたけど、売店での買い物を終え美術館のカフェでお茶してるときに、そういやと今更に思いだした。


(ま、そんな映画みたいには上手くはいかないか)


 それでもやっぱり気になり、オープンテラスから見えるエントランスへの道を何度かチラ見していると、柚葉さんに呼ばれた。


「あの野々村さん」

「はい」

「チョコレート、どれか食べません?」


 柚葉さんが頼んでいたのは、色んな種類のチョコが六個ほど盛られたティーセットで、これくらいの量ならば畑田や主任ならガッツリ独り占めして食べきるはず。


 ただ体型気にしてる系の女子たちはあんまり数を食べなかったことを思いだし、柚葉さんもそうなのかと薦められるまま「じゃあ」と適当なのに手を伸ばしてみる。


(ん?)


 適当に取ろうとしたチョコに指が届きそうになったとき、柚葉さんの表情がウッてな感じに少しだけ動いたのが見えた。何となくそのチョコから指をずらし悩んでるふりをしてみると、ちょっとホッとして、そして再びチョコと俺の指を凝視している。


(これは……断った方がいいパターンだったのかな)


 とは思いつつその表情の変化が面白かったので、どれにしようかな形式でチョコの上をしつこくウロウロしてたら、柚葉さんがイラッと目を細めたのでヤバイと指を止めた。


「えっと、チョコに詳しくなくて。どれがいいと思います?」

「そうですね。このヘーゼルナッツのとか美味しそうですけど」

「じゃあそれにします」


 たぶんそれが一番諦めのつくチョコで、他のはどうしても食べたかったんだろう。

 素直にヘーゼルのを取ると、柚葉さんは機嫌良く紅茶を飲みはじめ──


「ふっ」


 思わず小さく笑ってしまうと、柚葉さんがムッと眉を寄せる。


「なに笑ってるんですか」

「いや、別に笑ってなんかないですよ? ……ふっ」

「笑ってるじゃないですか」


 柚葉さんが徐々にふてくされていくのを見て、更に可笑しくなってきてしまい、このあと何回か「笑ってない」「笑ってる」の中身ゼロな言い合いは続いたのだった。



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