09 派手顔男、相談にのらない
ということでお店に戻ってきたのはいいけれど、こちらはまだ状況が改善されていなかったようで。
店内に再び戻ってきた俺の姿を見つけた木村主任は、トイレのある『奥の方へ行け』という仕草を見せ、それから牧田さんを畑田に預けてからこちらへと歩いてきた。
「課長、どうだった?」
「出て行った勢いの割りには普通でした」
「そうなんだ」
「はい。牧田さんのスマホにメッセージ送るって言っていたので、そろそろ来てるかもしれないです」
「そっか」
少し安心した様子になった主任は、牧田さんがいるテーブルの方へと振り向く。
「課長はいい人なんだけどねー。でも、ただ」
「ただ?」
「うん、ほら最近まで課長は一生独身だろうなって思ってたじゃない? なのに大逆転で年下のお嬢さんと結婚できちゃったもんだから、自己肯定感が上がりっぱなしというか……うん」
(それって、言い方変えれば調子こいてるってことなんじゃ)
さっきまでの課長の言動をふと思い出し、自然と嘲笑的な笑いが小さくフッと噴き出てしまった。
「それ、何となく分かる気が」
「あ、やっぱり?」
「はい、何となくですけど」
少し二人で顔を見合わせ苦笑いしたあと、主任がテーブルを指さした。
「じゃあ、かなり遅くなったけど、焼肉食べよっか。……お肉はすでに大量に来てるし」
「でしょうね」
・
・
・
「野々村くん」
「はい」
焼肉に行った翌週の月曜日。
お昼休み終わりの仕事を始めていたら、名前を呼ばれた。
課長の声だと気づき後ろを振り返れば、額に汗を浮かべた課長がオドオドと手招きしている。そして、こっちに来いとクイクイ指を動かし自らも会議室へと歩いて行く。
(あの不審な様子からして、金曜のことかな)
呼ばれた会議室へと入ると、そこに座れと課長が近くの椅子を指さす。素直にそこに座ったあと顔をあげると、もんの凄い申し訳なさそうな顔の課長と目が合う。
「あの、金曜の帰り際につい言っちゃったアレ、あのあと奥さんに喋ってたりとか……」
あーそのことか。
つーか、そんなの牧田さんの様子でなんとなく分かるんじゃ。
「いや、さすがにアレは言えませんよ。更に傷つくだけですし」
「……そうか。それならいいんだけど」
「はい。えっと、じゃあ仕事に戻っていいですか?」
課長の顔が分かりやすくこわばる。
心なしか汗も更に出てきたような。
「課長?」
「……いや、ちょっと相談が。野々村なら面白がって吹聴したりしないだろうし、それに本気で困ってて」
「はぁ」
ハンカチで額の汗をぬぐいながら、徐々にうつむいていく課長。
「実は奥さんと仲直りできてないんでどうしようかと。それに何かお詫びを買おうと思っているんだけど、どういったものがいいのかも……野々村はそういうの慣れてそうだし、えっと」
二度目のつーかだけど、そんなの俺が知るかいな。
とはいえ、彼女と仲直り♪ とかいう甘い状況とは無縁である俺の人生。俺の態度に我慢できなくなった彼女がある日突然バッサリ振ってくる、ってパターンばっかなんだよな。
「課長、あの……せっかく頼られたのに申し訳ないんですが、実は自分から仲直りしようとしたことなくて。だからお詫びの品も一回も買ったことがないんですよね」
驚愕の表情になった課長。
そのあと全身からグッタリと力を抜いた。
「そうか、野々村レベルになると、そうなんだな」
(いや違う。なんか誤解してる)
というか、なんで俺が牧田さんと仲直りする手伝いをしなきゃならないんだよ。
ただでも、上司としての威厳もクソも無い──いや元々無かったけど。でもその威厳なく落ち込んでる姿を見てたらちょっと可哀想にはなってきたので、一応だけ助け船を出すことにした。
「あの、良かったら木村主任に話し通してみましょうか? 牧田さんとも結構仲がいいみたいですし、相談相手としてはいいかと」
「あぁ……うん、それでお願いします」
「はい」
***
そして金曜日の昼休み。
山下らとランチに行って会社に戻ったとこで木村主任と鉢合わせし、なんとなくの流れで主任と会社玄関の隅へと向かい二人で会話を始める。気になってたこともあるし。
「主任、昨日、どうでした?」
牧田さんと課長の揉めごとを主任に全振りした件を尋ねると、主任は苦笑いで答えた。
「昨日はね、さすがに既婚者と二人っきりはどうかと思ったんで、悪いけど畑田も連れてっちゃった」
テヘッ、てな仕草で肩をすくめた主任。
「へー。それで、大丈夫でした?」
「まぁうん、上司だからと婉曲に話を進める私より、空気を読まずにズバズバ言っちゃう畑田からの意見の方が、課長の心にはグサッと刺さったみたい」
「あー、そうなんですか」
「うん。で、課長が野々村ならどうしただろう、とか言う度に──」
「え、俺?」
なんで俺? と驚き聞き返すと、主任はおっかしそうに笑いつつ話を続ける。
「そう野々村が大好きみたい、笑。でね、その度にね、『比較対象が違いすぎます!』『根っからの奥手が、オラオラ系ホストを参考にするようなもんですよ!』とか畑田が言ってさぁ」
もう口元を両手で押さえ、笑いが堪えきれない様子の主任。
「でもまぁ、そのおかげで課長は自分を
「それは、良かったですけど」
良かったのか? なんか中年男が若いのに散々へこまされただけ、ってな感じもするけど。……ま、解決したんなら、いいか。
「それでね」
「はい」
「課長が迷惑掛けたからって、美術館のチケットを四枚くれて」
「へー、美術館」
「そう。だから二枚は野々村さんに渡すんで、あの見合い相手と行ったら?」
「え、貰っていいんですか?」
「いいのいいの。たぶん課長もそのつもりで渡してきたと思うし」
「じゃあ遠慮無く」
それから一緒に部署まで戻り各々自分の席に向かっていたら、そういえば昼休み中スマホを全然見ていなかったことに気づいた。
(えっと。──え、なんか緊急?)
ポケットから取り出したスマホの画面には柚葉さんからのメッセージ通知が。
そりゃ連絡先は交換したけど、まさか本当に連絡が来るとは思ってなかったので急いでアプリをピッと開く。
『母からパーティーに参加してもらえると聞きました。ありがとうございます。毎度毎回迷惑かけて本当にすいません。あと身内のホームパーティーなので、ノーネクタイで大丈夫だそうです。それでは』
(ふっ、スゲー淡々とした──)
母親に『お礼をしときなさい』とか言われて送ってきたんだろうなー、てな感じの文章にちょっと笑ってしまうと前方から山下くんが声を掛けてきた。
「どうしたんですか?」
「ん? いや、あんまりにも他人行儀なんで、これどうなんって」
(まぁ二回しか会ったこと無いし、年上だから仕方ないか)
いつもかしこまった返事をしてくる柚葉さんを思いだし、画面を見ながらまたフフンと笑ってしまうと、山下が「あぁ」と納得した声を出す。
「あぁ、もしかして柚葉さんですか?」
「そうそう」
お気軽な返事を返したあと、目の前にいる山下の意志の強そうな顔をふと見た。
そういえば、あの時もしかして…って思ったんだよな。
「なんですか?」
山下が不審げに首を傾げてる。
(これは余計なお世話をしたほうがいいのか、それとも自然に任せるべきなのか)
うーーん、ただ山下の気持ちがなぁ。
柚葉さんの気持ちも絶対にそうだ、と言えるほど確実なもんじゃないし。
でもなぁ、自然に任せると繋がりが俺しかない二人が今後会うことは、ほぼほぼ無 い。まぁとりあえずは。
「山下さんって彼女いる?」
「はい?」
「野々村さん、ダメですよー。それ、一歩間違えたらセクハラですよ、セクハラ!」
いつもながら唐突に現れてはギャンギャン吠える畑田に眉をしかめ、いつものようにシッシと追い払う。
「大丈夫、畑田には聞かないから」
「がちょーん!」
「お前、いつの時代の人間だよ。で、彼女いる? あ、嫌ならノーコメントでいいから」
がちょーんでムンクな畑田を笑って見ていた山下くんにもう一回尋ねると、笑顔のまま答えてくれた。
「いえ別に大丈夫です。今は彼女いません」
「あ、そうなんだ。じゃあ、どんなタイプの子が好み?」
「タイプ、ですか? そーですねぇ」
指をあごに当て少し首を傾げて考えてた山下が、「ちなみにですけど」と首を元の位置に戻した。
「野々村さんは、柚葉さんみたいなのがタイプなんですか?」
そうきたか。
もう面倒くさいから、単なるお友達ですって言い切っちゃおうかな。
「あ、私もそれ知りたいです。だって前に見たことある彼女さんは、美意識が高そうな色っぽい美人さんで、柚葉さんとは全く違うタイプだったじゃないですか」
「え、そうなんですか?」
驚いた山下に畑田がウンウン頷くと、山下はしばらくのあと納得の表情になる。
「でも確かに、大人な感じの女性の方が野々村さんの彼女っぽいイメージはありますね」
「でしょ? 柚葉さんはどっちかと言えば……そうですねぇ」
言いながらぐるーっと室内を見回した畑田は、山下の所でピタッと視線を止め、そして指を差した。
「そう! 山下さんみたいな人の彼女っぽい」
「え、僕ですか?」
「そう。なんか似たような空気感持ってるんですよね──あ、時間だ。席に戻りますね、じゃ!」
言いたいことだけ言うと、慌ただしく去って行く畑田。
そのタイミングで山下も「じゃあ」と仕事を始めた。
(この二人、俺が牧田さんみたいなのがタイプだって言ったら、驚きまくりそうだな。ちなみにあの色っぽい美人はな、メンヘラ気質でめっちゃヤバイ奴だったんだぞ。あれより柚葉さんの方がよっぽどいいって)
心の中でぶつくさぶつくさ文句を垂れながら、俺も仕事を始めた。
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