お見合い相手の生活事情
08 派手顔男、巻き込まれる
「今日は来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ呼んでいただいてありがとうございます」
照れくさそうに笑って歓迎の言葉を述べた課長に、代表して木村主任が笑顔で謝礼を返す。
「牧田さん! そのドレスすっごく似合ってるし、すっごく綺麗です!」
「畑山さん。不本意だろうけど、牧田さんはもう江藤さんだったりする」
牧田さんのドレスを元気に褒めた畑田を木村さんが笑って
「あ、そうそう! ついでに課長のタキシード姿も素て、き? ……写真撮ってもいいですか?」
「……部署で笑いもんにする気か?」
「そんな。そんなことしませんよー! ちょーーっと、回し見するくらいですって!」
「する気満々じゃないか!」
なんとなく全員で小さく笑ったあと課長が次に挨拶する人達の方へと視線を向けたのを見て、俺たちは会釈をしてその場から下がる。
それから五分ほど待機をしたところで司会からのお食事会始まりの合図があり、それから新郎新婦の紹介と挨拶、乾杯が終わると『しばらくご歓談下さい』てな時間に。
「よっしゃー! 会費の元、取りに行きますよ!」
「畑田ちゃん、それならお高いお酒飲む方が効率的」
「お酒なんて後です後!」
どう見ても高級レストランであろう場所でのお食事会。普段あまり食べる事が出来ない食材たんまりなビュッフェのメニューに、畑田は興奮気味だ。
「木村主任! このケーキめちゃうまですよ!」
「あ、ほんとだ」
そんなに美味しいのかと興味が湧き、二人が食べてるケーキに目を向ける。
「へー。あ、
「野々村さん! これ仁丹じゃ無くてアラザンです、アラザン! ケーキに仁丹トッピングするわけないじゃないですか!」
これまたいつも通り畑田のツッコミが入ったあと、二人がスウィーツやらの情報を交換し始めたので、それをお酒を飲みながらボーっと聞いてたら終わりの時間が来たようで。
新郎新婦がスススーッとみんなの前に出てくると、お酒で少し顔が赤らみ機嫌がよさそうな課長からのゲストへの謝辞が始まり、続いて閉会の辞をもってお披露目会兼お食事会は終了。
なんというか。案ずるより産むが易し、というか。
最初から最後まで誰が見てもしっくりくる二人の幸せな姿を見たら、もう祝う気持ちしか湧いてこなかった。
(食事会、来て良かったかも)
帰り際、課長ではなく牧田さんのセレクトであろう上品な記念品を貰ってからレストランを出た俺らは、タクシー組と電車組に分かれ「お疲れー」と家路についた。
そして週も明けた火曜日。
休み明けのだるさも程よく抜けた軽い体で一人早めにランチから帰還し、自分の席で缶コーヒーを飲んでくつろいでいたら、スマホが鳴った。
(あ、母さんからだ)
最近よく掛かってくるよな~と電話をとれば、予想通り柚葉さんの件だった。
小田山さんちのパーティー出席してよ、というお願いをすぐに承諾しサッサと通話を終え、椅子の背もたれにドッカリと体を預け目を閉じる。
(休み時間はゆっくり過ごしたいんだよなー)
「のっのむっらさーん!」
……いつもながら騒がしいのぉ。
「野々村さん、もう戻ってたんですね」
「おう、戻ってた。というか、ほんと元気だよな」
もたれていた背もたれから体を起こし答えると、畑田は「はい元気でっすよー」と答えながらキャピキャピっとした動きでお昼休み用の小さなカバンを机に置き、そのままタッタカと木村主任のそばへと近寄る。
そしてすぐ小走りでこっちに戻ってきた。
「金曜の仕事終わり、なんか用事入れてます?」
「いや、別に」
「じゃあ、急な仕事入らなければ木村主任と牧田さんと四人でご飯行きません?」
牧田さんか。木村主任とそこそこ仲よくなってたから、その繋がりかな。
別に用事は無いから行ってもいいけど、でもなーどうしようかなー。
ワクワクとした笑みで答えを待っている畑田に「んー」と悩んだあと頷く。
「いいよ。焼肉なら行く」
「え、台湾料理にしようかなって」
「じゃあやめと──」
「それ、ちょっと待ったーー!」
ビシッと俺の顔の前に手のひらを出した畑田が、また小走りで主任のとこまで行き、それからまたまた俺の元へと戻ってくる。……なんていうか、使いっ走り感が凄い。
「野々村さん。焼肉で話がつきました。なので」
「じゃあ行く」
畑田の背後に見えてる木村主任が声なく爆笑してるのをうっすら見ながら頷くと、ほっと胸をなで下ろした様子の畑田も満足げな笑顔で頷いた。
・
・
・
「やっぱ最初はタン塩からですよね! えっとタンが苦手な人いますかー」
「あとは、そうね。せっかくの奢りだから、三角バラとミスジとカイノミも……そうね五人前は頼んで。ついでにイチボとサーロインも頼んどこう」
「了解です! 主任、ホルモンも頼んでいいですか!」
「いいと思う」
いつも元気で遠慮がない畑田と、実質部署の女王である木村主任がその場を生き生きと仕切り、お値段が張る部位を次々と注文しようとしている。
そんな二人の姿を見て、一気に青ざめていく課長。
「畑田ちゃん、シャトーブリアン発見」
「了解です! ハラミは特上にしときます!」
メニューを見て喋り続ける主任と、それに応えるため注文タブレットを手に奮闘している畑田は、当然ながら課長の懐事情は大体把握しているし、普段ならば気を遣った注文ができる女子たちだ。
なのになぜ今、うだつの上がらない中年上司に
畑田らと約束した金曜日の前々日。
お昼休みも終わりかけ、木村主任が自分の席に俺と畑田を手招きしてくる。
席に近づき「何ですか?」と尋ねると、主任は小声で喋りだした。
「あのね金曜の焼肉、課長も参加したいみたいで……あ、支払いは課長持ちになるから、お得といえばお得なんだけどね……」
最後口ごもった木村主任の様子を見るに、俺らに決定権はほぼなさそうな感じだったので、畑田と顔を見合わせたあと二人して別に構いませんよ、と頷いた。
***
「お待たせ。いやー、
すこし遅れて待ち合わせ場所に現れた課長は一応は幹事である主任に人の良い笑顔で喋りかけ、木村主任も笑顔で答える。
「そうなんですか」
それから店内に入り、とりあえずビールを頼んでからそれぞれメニューを手にし、何を頼もうかなーとか考えていたら、課長の顔が俺に向いた。
「そういえば、野々村くんはお見合いしたらしいね」
なぜに今その話題を?
というか、なぜにその事を知っているのか。
ゆっくりと課長から視線をずらし他のメンバーを見てみると、木村主任と牧田さんがサッと目をそらした。ほー、お前らか。
「まぁ、はい」
「一九歳の大学生らしいね」
「……まぁ、はい」
「どんな子だった?」
「そうですね……清楚で可愛い子でしたよ」
「へぇ」
面倒くせー事になったと木村主任を見ると、またサッと視線をそらされる。
ムカついたので、早くこの話を終わらせたいという雰囲気をわざとガンガンに出すと、課長は後が続かなかった事でソワソワとした動きを始めた。
「でも気になってたんですけど、十九歳でお見合いって早いですよね。早く結婚したい事情でもあったんですか?」
途切れそうになった会話を畑田が引き継いだことに安心したのか、課長がホッとした様子でさっき来たばかりのビールに手を伸ばす。
「事情があったとしても幼妻とか男の夢だしなー。いいよな若いのって、しかも可愛いとか。まぁ俺には一生関係ない話だけど、ハハハー」
(……うっわ)
牧田さんの隣に座っている課長はまだ気が付いていないのか、ビールを機嫌良く半分ほど飲み、そして机にゴンとジョッキを置いたところで動きが止まった。
「あ、あれ?」
騒がしい焼き肉店の中、俺らのテーブルにだけ静寂が訪れる。
そして俺の目の前の席で心が真っ白状態の能面顔になってしまっている牧田さんの背中に主任がそっと手を添え、それから課長を静かに見据えた。
(終わった。課長の人生、終わったよ)
「野々村さん、悪いけど」
「はいっ!」
俺と目を合わせた木村主任が親指を立て、それを隣にあるカウンター席へと力強く向ける。
「反省と謝罪、あと賠償を求めます」
「はいっ!」
***
こうして前述の注文ラッシュへと繋がるわけだけれども。結局のとこ金曜で混んでいる状態での席移動は店員さんに無理だと丁寧に断られたので、まだ全員が同じテーブルに座っている。
とても居心地が悪く、そしていつ終わるともしれないこの状況に困り果てたらしい課長が俺に目だけで救いを求めてきた……が、そっと無視した。
ここで嘘でも課長を庇ったりなんかしたら、俺の快適な職場ライフが終わる。
なんというか、最近まで行き遅れ女だという劣等感がかなりあったっぽいアラフォーな牧田さんは、自信のなさや薄幸な外見なのも相まって、色んな人に色んな傷つけられる言葉を言われてきたんだろうと簡単に想像がつく。
その牧田さんの傷ついてきた心に、さっきの課長のセリフのどこかがクリーンヒットしたみたいで、さっきから能面のまま表情が崩れないのが痛々しい。
主任や畑田もなんとか牧田さんが能面を崩すキッカケを与えようと、わざとらしいほど派手にギャギャーと騒いでいて。
そして改めて課長の方を見ると、牧田さんに目すら合わせてもらえず、さっきの言い訳どころか会話のきっかけさえつかめない状況に、もうどうしていいのか分からないって状態だ。
そんな課長をしばらく眺めていたら、ふいにブチッという音がしたような感じで課長の表情が変わり、ジョッキに残ってたビールを一気に飲み干すと、財布から万札を何枚かテーブルにバンッと置いた。
「なんなんだ一体。気にくわない事があったとしても、ここで怒るんじゃなく家に帰ってからにすればいいだろ。みんなに気を遣わせて大人げない!」
怒鳴るように怒ったあと立ち上がり、店の出口の方へと歩き始めた。
(あー、こっちもヤバイ)
木村主任と目が合うと、主任はまたまた親指を立て課長の背中にグイッと向ける。
無言で頷くとすぐに立ち上がり、自分のカバンを持って課長のあとを追いかけた。
***
「課長!」
糖尿病予備群な体型相手なのですぐに追いつき声を掛けるも、そのあとの言葉が続かない。えっと、励ます? 説教する? 悩みあれば聞くよ、とか言ってみる?
どれもこれも。後輩ならまだしも、序列が三段階ほど上のほぼ五十代である上司に掛ける言葉としては不適切。
それに課長は温厚なだけが取り柄とか言われているくらい滅多に、いや俺が知る限り静かに怒ることはあっても、さっきみたいに怒鳴ったりしたのは見たことが無いから、どう対処したらいいのやら。
(それより、いい歳した男二人が見つめ合ってる、この状態はシュール過ぎ)
「別に、お前じゃなく若い子と結婚したかったと言ったわけじゃない」
困っていた所に課長がポツンと不服げにつぶやいたのに、助かったと大きく頷いてみる。
「分かってます。単に話を盛り上げようとしただけですよね」
課長が頷く。
まぁそうなんだよなー。もしあの場に女性陣がいなければ、モテない中年男の明るい自虐ネタとして成立していたはず。
「ただ」
「ただ?」
次の言葉を待っていると、徐々に後ろめたい表情になっていく課長。
「いや今の生活に満足はしてる、でも」
「でも?」
「でも、ちょっとだけ、ちょーっとだけだけど、できれば若くて可愛い子と結婚したかった、という気持ちがずっとどっかにあった。それが伝わってたのかも」
「……かちょー」
あんた、なに贅沢言ってんですか。
そりゃ彼女は三十代ですけどあんたより十も年下だし、課長にはもったいないくらいの可愛い女性ですけど?
「まぁ野々村みたいな男には、こういうどうしようもない感情、理解できないだろうな」
呆れ顔になった俺にしんみりと語った課長は、スマホを手に取った。
「奥さんに今からメッセージ打つから、野々村は焼き肉店に戻っていいぞ。あ、あのお金は気兼ねなく全部使っていいから。主任たちにも謝っといて」
「はい」
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