07 お嬢様、気が付いてしまう
「パーティーを開こうかと思うの」
「へー」
自分には関係ない話だと雑誌に目を落としたまま適当に返事をしたら、「柚葉ちゃん」と不服げな声が。
「なに?」
「ちゃんと話を聞いて!」
「……はい」
怒られたのでマッタリと座っていたリビングのソファーからお尻を浮かし、
きっちりした姿勢で座り直す。
「今回のパーティーはね、葉月の彼と会うための口実作りよ」
「へーそうなんだ」
「なにを他人事みたいに。もしまかり間違って結婚なんてしちゃったら、あなたの義弟になるのよ。変なのだったらどうするの」
(あ、確かに)
「実は簡単に身辺調査はしたのよ? 本気のクズだったら困るんで。でもね、お顔が良くてモテてる割りには、これといった大きな瑕疵がない子だったのよ」
「低収入の売れない芸人って、とこ以外?」
「そうなの。ご両親もご本人もごく一般的な経歴の平均値を横ばいに歩んでいるような方々。もうあまりにも普通すぎて笑っちゃうくらいよ」
上品な物言いだけど、中身は失礼三昧。
ただでも、言いたいことはよく分かる。
「だからもう直接会って確かめちゃえって、なったのよ」
「ふーん」
「それでね、せっかくだから野々村さんも呼ぼうかと思って」
「なんで?」
「ん? ほら葉月の彼氏は呼ぶのに柚葉の彼氏を呼ばないって、変じゃない」
「え、彼氏じゃないけど」
手を横に振って否定すると母親は目をぐいーんと細め、テーブルの上のティーカップを手に取った。
「事実なんてどうでもいいの。おばあさまがまだうるさいのよ、自分が選んだ人のほうが…と諦めきれないみたい。それにね、野々村さんってイケメンじゃない? お母さんもたまにはイケメンとお喋りしたいの」
はぁー、と大きくため息を吐いた母親が、まるでお酒を飲むかのようにクイッと紅茶を飲み干した。
癒やしを求めてますね、母上。
でもまぁ、いいや。
この間会った時もいいお兄さんって感じで悪い人ではなかったし、それになにがどうなっても野々村さんは私の彼氏になんてならないだろうし。
・
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野々村さんの会社の同僚さん達とスタバに来ることになり、野々村さんたちは注文に、私は山下さんとやらと一緒に四人分の席を押さえるため、先に店の奥へと向かう。
そして椅子によっこいしょと座って注文カウンターにいる野々村さんを見ると、隣にいる女性とポンポン言い合いをしていて、私と話しているときとは違い、なんていうか……雑だ。
(でもあれが野々村さんの
「えっと」
「はい」
斜め前に座っている山下さんを見ると、困った様子で口元をモゴモゴさせてる。
「えっと、すいません。なんて呼んだらいいのかな、と」
「あぁ、笑。野々村さんと同じように、柚葉で別にいいですよ」
「そうですか。えっと柚葉さん、大学生ですよね」
「はい」
「サークルとか、入ってるんですか?」
「入ってないんですよ。山下さんは入ってました?」
「はい。弓道部に」
弓道といえばアレだ、的にバーンと矢を当てるやつ。
「へー格好いいですね。弓道してる人って姿勢がいいイメージがあります」
「そうですねー、姿勢はいいと思いますよ。あと、腕の筋肉がそれなりにつきます」
「あ、弓引くから」
「そうそう。ほら──」
山下さんが腕に力を入れると、二の腕にピッと程よい筋肉が浮き上がる。
「おぉ」
思わず小さくパチパチと拍手をしてしまうと、山下さんは誇らしげに腕を降ろした。
「女性でもそれくらいの筋肉つくんですか?」
「いや、なんにもしてない人よりは付いてますけど、でも目立つほどは付かないですねー」
「そうなんですか」
「そう。まぁ競技にもよるんだけど、普通に運動してるくらいじゃマッチョみたいな筋肉って、男でもつかないんですよ」
「へー」
「やっぱり食事と筋トレを組み合わせたプランを組んで、それなりの努力はしないとあんな太い筋肉はつかな──」
「おっ待ったっせしましたー!」
ニコニコな畑田さんが私の前に座り、ドリンクがのったトレーを持ってる野々村さんは、ゆっくりとした動きで隣に座ってきた。
「はいどうぞー」
それぞれにフラペチーノを配ってくれた畑田さん。
そのあと、もの凄くワクワクとした表情で私が飲み始めるのを待っている。
「畑田。感想の強制とかするなよ」
「……そんなことしないですよ! ただお薦めした責任があるから、その確認をば」
「いやいやいや。それ、同じ意味じゃねーか」
アホ可愛い後輩を見る目で呆れた野々村さんは、今度は申し訳なさそうに私を見てきた。
「大丈夫だとは思いますけど、もし味が無理だったらこっちのアイスコーヒーと交換するんで。コレは無視して、正直に言っていいですからね」
「コレってなんですか、コレって。というか、同じ女子なのに扱い違いすぎですから!」
「あ、そういえば柚葉さんってコーヒー飲めましたっけ?」
「……野々村さん、私の声、聞こえてますよね?」
えっと。なんかこの二人、めっちゃ仲良くない?
別に野々村さんの事を好きではないので嫉妬はないけど、それでもここまでの対応の違いを見せつけられると、ちょっと微妙な気持ちになってくる。
(それに)
なんていうかこの二人、漫画とかでよく見る ”喧嘩ばっかしてるけど実は” とかいうパターンなのでは。……え、となると私って、もしかして当て馬キャラなんじゃ。
色々モヤモヤしつつも一口フラペチーノを飲み、それからまた視線を上げると、斜め前にいた山下さんと目が合った。
彼は困っているような心配しているような怒っているような、そんな曖昧な表情になっていて、目が合った私にちょっと笑いかけたあと、まだポンポンと会話を交している先輩二人へと視線をもどした。
「畑田さん、これ美味しいです」
「ん? あ、やっぱり? 良かったー。柚葉さんはどう?」
「美味しいです」
「でしょ。あ、野々村さんも気になってきました? 良かったら私の一口飲んでみます?」
またまた困って怒って心配してる、曖昧顔になった山下さん。
「いや、いらない。飲みたくなったら山下のをもらう」
この場の雰囲気や山下さんの表情に、段々といたたまれない気分になってきた。
きっと社会人の彼らにとっては、私はまだまだお子様なのだ。
(早くちゃんとした彼氏欲しいな。どこにいるの、私の王子サマ)
ふ、まぁ王子なんてそこらに転がってるわけねーけど。
そんな自虐な笑みを軽く浮かべてしまったとき、また山下さんと目が合ってしまう。
(あ、これは気を遣わせてる……)
ほんのりと体全体から良い人感が滲み出ている山下さんに申し訳なくなって、なんとなく小さく笑みを浮かべて見せると、彼は少し眉を下げた。
「えーっと、じゃあ、お家の前までお送りしますね」
二人と駅で別れ、そして野々村さんにタクシーで送ると言われたのに「はい」と答えながら、山下さんのあの曖昧顔を思い出す。
(なんか、デジャブ)
無意識にふと後ろを振り返ってしまうと、もう駅の改札を抜けたのか山下さん達の姿はすでにそこには無かった。
・
・
・
「初めまして! 結婚を前提にお嬢さんとお付き合いさせていただいている門倉です!」
「結婚前提、ですか……。えっと門倉さん、お仕事は確か」
「はい。芸人やらせてもらってます!」
「そうでしたね。どういう活動がメインでのお仕事を?」
「はい、小屋でのライブ活動が主です!」
「小屋? ……えっと、結婚前提ということですが、二人で生活出来るくらいの収入はあると思っていいのかな」
「いえ、まだそこまでの収入はありませんが、親からの仕送りはありますし、葉月さんと二人三脚で売れるまで頑張れたら、と思っています!」
全てが彼のためにセッティングされたといっても過言では無いパーティーに現れたのは、無駄に礼儀正しく元気な夢追い人だった。
職歴、バイトのみ。
特徴、声が大きい。
将来性、色んな意味で無限大。
「どうしましょう。ほぼ無職で、しかもまだ親から仕送りをもらってるような方なのに、あんなに堂々とこの間まで高校生だった子の父親に結婚前提の挨拶ができるって、得体がしれないわ」
「同感ですお母さま。経歴からして凡庸な故に破天荒な人生に憧れ、つい道を踏み外してしまった、程度の楽観的な予測だったんですけど、違いましたわ」
「二十八歳のいい大人なのに、まだ成人もしてない葉月ちゃんと二人三脚って、そんなの、そんなのもう……」
「えぇお母さま、単に顔しか取り柄のない何にも考えてない馬鹿か、小金目当てに葉月を引っかけたヒモ男、にしか思えませんわ」
普段はそれほど仲が良くない嫁と姑。そんな二人がガッツリと心を通わせてしまうほどの強烈な印象を残した彼。ただいま自宅のリビングで、悪口大会が行われているとこだ。
ちなみに私のお見合い相手(仮)のハイスペックイケメンさんは、問題なく予選通過したようだ。オカアサマも無事癒やされていたようだし、めでたしめでたし。
「お母さんたちさぁ、そんな悲観的にならなくても。性格は別に悪そうでも無かったし、それにただ単に葉月のことが好きで付き合ってるってのもありえるよ」
確かにちょっと考えが甘い感じの人には見えるけど、そこまで言わなくても、とチョコをつまみつつ一応だけ門倉さんを庇ってみると、眉を寄せた二人がこちらをキッと強い視線で見てきた。
「そ、それに、もしかしたら売れて一攫千金して、幸せになれるかもしれないし……」
「そうね、そうなるかもしれないけれども。でもねぇ……」
母親は渋々ながらも頷いてくれ、おばあさまは断定的に『いいえ』と首を振った。
「柚葉ちゃん、今の彼からは私たちに認められたいっていう強い意志が全く感じられなかったのよ。それに成功するための努力もね、大してしてないと思うわ」
「そうなのかな」
「そう、それに一番の問題は、仕送りもあるのに葉月からのお金もアテにしてる感じな所ね」
まぁこれ以上必死になって庇うほど門倉さん推しではないので、あとは「ふーん」と適当に流しといた。
しばらくすると興奮しすぎて疲れたのかおばあさまが自室に戻ると立ち上がり。
私と母親はそのあともリビングでくつろぐことにする。
そんなまったりとした時間の中、ふと思いだした。
「あ、そうだ!」
「どうしたの?」
「えっと、野々村さんに美術館行きませんか? って誘われたんだけど」
「まっ!」
『まっ!』という普段母親からは発せられない擬音に一瞬動きが止まるも、そんな私を置き去りに母親はクロスさせた両手で胸元を押さえ、ふぅぅ~とウットリが入った息を小さく吐く。
「いいわねー美術館でデート。そういえばお母さんもお父さんと昔、行ったことあるわー。あの頃は年上のお父さんのこと、本当に大人だと思ってたのよねー。まぁ壮大な勘違いだったけど」
しばらくの遠い目から復活したらしい母親が、改めてこっちを向いてきた。
「それで、なんてお返事したの?」
「えっと、まだ日にちは決まってないけど『行きます』って答えた」
「そうなの」
「うん。古代エジプト展で面白そうだったし、それになんか上司から貰ったチケットで他に行く人もいないっていうし、だから、えっと」
喋っている途中から徐々に母親の顔に笑みが浮かんできたことで、最後は何となくモニョモニョと言葉を濁してしまう。
「そう。まぁ男性を見る目を養うためにもいいことだと思うわ」
あ、まだその設定、活きてたんだ。すっかり忘れてたし。
「いい? 恋は盲目って言葉があるように、好きな人だと多少『ん?』って思っても無意識で流すことが多いの。お母さんの勘だと、野々村さんはまだマシな部類の男だから、将来好きな人が出来た時の比較対象としては丁度いいと思うわ」
「え、でも遊んでそうな雰囲気ない?」
「パッと見はね。でも会話してみた感想からいうと、その印象は見た目だけのものの可能性が大ね。そりゃイケメンだからお誘いは多いでしょうし、遊んでるつもりが無くてもお相手に『遊ばれた』と思われる事はありそうだけど」
うん、ありそう。無自覚で女性を泣かせてるイメージあるもん。
「でもなんかねぇ」
「うん」
「野々村さんって、ちょっとした発言がダサいというか、女ウケするための行動に疎いというか、あと微妙に残念なとこも見え隠れしてて……ね」
(残念……)
「ま、でも。信用しているお友達の息子さんだし常識はありそうな方だから、デートする位なら問題はないと思うわ。ただし、なんか変な事されそうな雰囲気になったら、後先考えずまずはその場から逃げなさい。どこに居ようと、すぐにお母さんが迎えにいってあげるから」
後光が見えるかのような母親の頼もしい姿に、笑って頷いた。
「そこはお父さんじゃないんだ」
「お父さんはダメ。加減を知らないから」
「──怖っ!」
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