06 派手顔男、気が付いてしまう



「野々村さんの周りに芸人さん目指してる人っています?」


 私がお茶を飲み終えるのを黙って待っていた野々村さんは、ちょっと目を見開いたあと即答した。


「いないですね。……あ、でも」

「でも?」

「俳優目指してたのは、そういえばいた」


 思いだしたわーって感じになった野々村さんは「今なにしてんだろ」と笑い、自分もお茶を取ろうとしてか体と右手を少し前に出した。


「マイナーな劇団に所属してたんですけど、とにかくまぁ顔が凄い良かったんで、もしかしたら本当にテレビに出るような俳優になるかもなーと仲間内では言われてましたね」


「へぇ。でも顔がいい俳優の卵とか、凄いモテててたんじゃないですか?」

「まぁそうですね」


 また苦笑いした野々村さんはそこで話を中断してお茶を飲み、そして静かにテーブルに茶器を戻しながら私を見てきた。


「それで、えっと、時間があればでいいんですけど、お昼ご飯が済んだあと少し買い物に付き合ってもらえないですか?」


「買い物?」

「はい。母親に頼まれてるものがあるんですけど、とてつもなくファンシーなお店なんで男一人では行きにくいというか……なので」


(とてつもなくファンシー)


 なんでそんなお店にと気になりつつも、本気で困っているのは見て取れたので素直に頷く。


「はい。全然いいですよ」


 よかった、と笑顔になった野々村さんがふと窓の外を眺めはじめた。

 それからまたこっちに顔を向けたとたん、少し心配そうに眉を寄せる。


「あの、さっきの芸人の話に戻りますけど、何か知りたかったことでも?」

「えっと、あると言えばあったんですけど」


 『妹が売れない芸人と付き合ってまして』


 口から出かけたそのセリフを、とっさに飲み込む。

 ヤバかった。アノ母親が伝えていないってことは、黙っておくに越したことないってことだ。


「大したことじゃないので大丈夫です!」

「そうですか」


 元気に答えた私に野々村さんは軽く笑って頷くと、穏やかな笑顔を浮かべたまま自分のスマホを手に取った。


「じゃあ、あとは……なのに知らないのは変なので、連絡先を一応は交換しときましょう。それに何かある度に、いちいち母親を通すのも面倒なので」


「確かに。でも、たぶん何も起こらないと思いますけどねー」

「そうだといいんですが。じゃ、私の番号は──」


 見せられたスマホ画面の番号を登録し、そのあとピッとメッセージアプリのIDを交換した。




 ***




「ふぅ」


 愛らしいピンクの紙袋を手に小さくため息をつき、孫──俺からしたら姪っ子のためにさっき購入した、ウサギちゃん柄のポシェットを思い出す。


(念のためにと柚葉さんを誘っといて、本当によかった)


 ほぼほぼ小学校低学年以下の女子児童とその母親で占められていた、思っていたより狭い空間だったファンシーショップ。


 そんなお店で『孫ちゃんと同年代ぽい子がなに選んでるかを観察して、よさそうなの適当に買ってきてよ』というミッションを三十路男にさせるとか……どんな罰ゲームですかオカアサン。


 可愛い息子がロリコン不審者として通報される恐れがありましたよ?


「野々村さん?」

「……あ、はい?」


 遠くに気持ちを飛ばしていた状態から現実に復活すると、柚葉さんが首を傾げていた。


「どうしたんですか?」

「あ、すいません。さっきの店に一人で行く羽目になってたら、とかいう想像してたら気が遠くなってました」


「あはははっ」

「あーー! のっのむっらさーーん!」


 嘘だろ。なんでココでこの声が背後から聞こえるんだよ。


 聞き慣れたハイテンションな呼びかけにゆっくりと後ろを振り返れば、思った通りの奴がこっちに笑顔で駆け寄ってきている。


「休みの日までお前と会うとかさぁ」

「はい、きっと赤い糸で繋がってるんですね!」

「繋がってないわ!」


 全否定されても全く堪えてない様子の畑田が俺越しにひょっこりと頭を出し柚葉さんへと視線を向けた数秒後、ピコーン! てな『ワタシひらめきました』という表情でまた俺を見てきた。


「もしかして、あの噂の十九歳ですか?!」

「本人の前で ”噂の” とか言わない」

「すいませ~ん。でもまさか会えるなんて思ってもみなかったんで──」

「畑田さん、走るの速すぎ」


 ゼイゼイという息継ぎの音と共に、聞き覚えのある声がまた聞こえてくる。


「あれ? 山下くんもいる。なんで?」

「部署で課長の結婚祝いを買う、って話になったじゃないですか。それで」

「あーそれ、二人が担当になったんだ」

「そうなんですよ」




 ・

 ・

 ・





 牧田さんが仕事を辞めた数日後、お世話になったお礼がしたいので…と畑田と木村主任、そして俺の三人が仕事終わり、夕方からのお茶に誘われた。


 そこでどうみてもお高そうなお店の菓子箱をそれぞれ頂き、ありがとうございますと三人が頭を下げ、それから木村主任が「結婚式はされることになったんですか?」と笑顔で尋ねた。


「いえ、ほら、二人とも大々的にお披露目するほどの歳でもないんで結婚式はやっぱりやめとこうかってなったんですけど、親しい親族やお友達だけを招待するお食事会はしようかなって」


 照れくさそうに笑う牧田さんに畑田が食いつく。


「もう! 幸せそうでいいですねー。私たちも早く幸せになりたーい。ね、木村主任!」

「……そうね」


  ”結婚” というデリケートな話題を、迷いなく一番振ってはいけない人物に振った畑田。木村主任から放たれたデスボイスに一瞬その場に緊張が走るも、牧田さんが笑顔で「それでね」とパンっと両手を合わせたことで、平穏が戻る。


「課長とも相談したんだけど、職場からは親切にして頂いたお三方を招待したいなって思ってて。よければお食事会、来て頂けませんか?」


『あ、俺は行きません』


 とかいうお断りを、この雰囲気で、かつ課長直属の部下が言えるわけもなく。

 なのでとりあえずは他の二人と同じように、にこやかな笑顔で頷いておく。


「はい、日程が合えば是非」

「そうですか、良かった」




 ・

 ・

 ・




「あ──!」


 ゼイゼイと息を整えている途中で柚葉さんの存在に気が付いた山下。

 こちらもすぐにあの噂の見合い相手だと気づき、微妙な表情で柚葉さんを見てる。


「ええと、……彼女さん、ですか?」


 どう答えたらいいのかという顔で柚葉さんが見上げてきたので、ここは代わりに返事することにした。


「いや、違う。お見合いから始まったお友達ってとこ──だよね」


 最後は同意を求めて柚葉さんに視線を向けると、彼女も「まぁはい」と笑って頷く。


「へぇ、そうなんですか」

「で、もう買い物は終わったの?」

「終わりましたよー。それで疲れたので今からスタバにでもいこうかと。あ! 良かったら野々村さん達も一緒にどうですか?」


「ダメですよ、デートの邪魔したら」


 前のめりな畑田の誘いを呑気なノリで、でも素早く止めた山下の言葉に畑田は「デート」とつぶやき、そしてしゅんとうなだれた。


「そうですよね、すいません。ただですね、今の期間限定のフラペチーノが凄い美味しくて──」


 ここでキッと顔を上げた畑田は、グッと右の手でこぶしを握りこっちを見てくる。


「それを野々村さん達にも飲んでもらいたいな……そう思っただけなんです!」


 なんだその演説。普段は礼儀正しい新入社員の山下くんが、宇宙人を見るような目でお前を見てるぞ。


「ふっ」


 隣に立っていた柚葉さんから笑いが漏れた。

 そうだよな、そりゃ笑っちゃうよな。


「あの野々村さん」


 笑いを含んで震える声に、申し訳なく隣を振り返る。


「はい」

「せっかくなんで、スタバに行ってもいいかなって」

「……そうですね」




 ***




「野々村さんも、私オススメのフラペチーノでいいですよね?」

「んー、いや、俺はあの日替わりドリップでいいや」

「……えー。あの限定フラペチーノがお薦めなのに。野々村さん甘い物もいけますよね」

「いけるけど、でも今はブラックの気分」

「えー」


 ピッタリ横に張り付いてしつこくフラペチーノを薦めてくる畑田。

 注文カウンターについてもまだブチブチ言ってる畑田を適当にかわしながら、アイスのドリップを頼む。

 

 他の二人は畑田オススメのでいいらしいので、それも一緒に頼んでから受け取り場所へと移動する。そのあと、座席確保のため先に座ってもらっている柚葉さん達の方を振り返った。


 先輩のお見合い相手だということで気を遣ったのか、二つ並んだ小さな丸テーブルの、柚葉さんからは一番遠くなる斜め向かい前の座席に座って喋っている山下くん。


 ふーん、とドリンクを作っている店員の方へと視線を戻しかけたとき、山下がアメコミのポパイのように腕をグッと曲げ、Tシャツから見えている二の腕の筋肉を盛り上がらせた。


 それを見た柚葉さんが『おぉ』ってな感じで小さく拍手をし、そのあと二人はアハハと爽やかに笑い合っている。


「なんかあの二人、雰囲気似てません?」


 畑田が思わずって感じでポツンとつぶやいたのに頷く。


「うん、似たような環境で育ったんだろうなっていう雰囲気?」

「あ、それですソレ! さすが野々村さん、的確!」


 実家の母親のように俺の腕をバンバン叩いて同意する畑田に「こら、先輩を気軽に叩くな」と諫めてたら、「ショートのアイスコーヒーです」と店員からの元気な声掛けが聞こえた。




***




「それじゃあ、また明日会社で~」


 元気にニコニコと手を振り去って行く畑田の横で山下がこちらに軽く頭を下げ、柚葉さんもそれに合わせて軽いお辞儀をした。


 去って行く後輩二人の姿を少しだけ眺めたあと、大きく肩から息を吐きつつ畑田の後ろ姿に向けて指をさす。


「すいません。あれが、うるさくて」

「あははっ、いえ、楽しかったんで大丈夫ですよ」

「そうですか? それならよかったですけど」


 本心から全く気にしてない様子の柚葉さんに安心して、駅のタクシー乗り場に視線を向ける。


「えーっと、じゃあ、お家の前までお送りしますね」

「はい」


 こうして乗り場へと歩き出そうとしたとき、柚葉さんが緩慢な動きで駅の改札を振り返った。無意識っぽいその動きと姿に、感覚的なフワッとした名残惜しさを感じとってしまった俺は、何となくピンと勘づいた。


 (あーこれは、もしかして……)



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