05 お嬢様、お見合いから帰る



 人生初のお見合いが終了して「実物もイケメンだったわぁ」とはしゃぐ母と車で自宅に戻り、リビングのソファーでコーヒーを飲みはじめた所で部屋のドアがガチャっと開いた。


「ただいま~」

「おかえりなさい」

「あ、私もコーヒー飲みたい──って、あれ? お姉ちゃん、そんな服持ってた?」


 葉月はづきの目がフォーマルな、しかもお高いブランドのワンピースで動きを止めたのを見て、母が「あぁ」と笑う。


「今日、お見合いだったの」

「え、お姉ちゃんがお見合い? 嘘っ!」


 嘘じゃ無いっす。私が婿養子前提のお見合いを早々にする羽目になった原因のアンタに嘘、とか言われたくないっす。







 ニヶ月前、大学入学したばっかりである十八歳の葉月に、通ってる大学のOBである年上の初彼氏が出来た。


 葉月からその話を聞いた母は相手が二十八歳と聞いて心配になったのか、葉月に根掘り葉掘りと相手の情報を聞き出したそうだ。


 その結果。


「売れてない芸人さんらしいの」

「げい、にん?」


 そんな特殊なのと、どこで知り合った。

 あ、OBか。


 それにしても芸人……いや待って。母親のことだから、売れてない芸能人のことを言っているのかもしれない。


「それって、芸能人ってこと?」

「まぁそうね。テレビなどで民衆に笑いを提供する方だから……芸能人よね?」

「……うん」


「それで今は芸人さんのライブ? で下積みしてて、普段は牛丼屋さんでアルバイトしてるらしいんだけど」


「へぇ」


 まさかまさか、妹が芸人と付き合うとは。

 驚いてる私の前で母親が大きくため息をつく。


「まぁね、お相手が誠実で葉月の事をちゃんと好きなら別に貧乏でも職業が何でも気にし……いえ気にはなるけど、葉月の年齢から考えて結婚はまだ先でしょ?」


「まぁうん、大学入ったばっかだし」

「そうよね。だから今はむやみに反対せず黙って見守る方が無難かなとは思ってるの。……でもね、柚葉の時と同じく大学生になったからってお小遣い増やしたじゃない」


 そう。高校生まではお小遣い自体は少なめだったけど、洋服や化粧品・美容院代・教材・交際費などなど。これが必要だと言えば親が全て払ってくれてた。


 でも今はそれら全部を自分でやりくりしなさいって、毎月それなりの金額が使える家族カードを渡されている。ただし購入明細がしっかりと父にバレる代物だ。


「二十八歳からしたら十八の、しかも世間知らずな小娘なんてもういいカモなんじゃないかって心配で。……まぁでも、とりあえずお父さんとおばあさまに相談してみるわ」


「それがいいかもねー」


 私が他人事として呑気に返事をしたこの数日後、事態がちょびっと動き出した。



「葉月。お父さんはな、せめて二十歳までは清いお付き合いをした方がいいと思うん──」

「パパ、キモイ」


 父、あさっての方向に撃沈。


「葉月ちゃん。葉月ちゃんは前々からおばあちゃんみたいな専業主婦になりたいって言ってたはず。今の彼氏さんではそれは厳しいんじゃ」

「うん、厳しいと思う。でもね、彼が売れるまで私が金銭的に支えてもいいかなって今は思ってるの」


 祖母、呆然。




 そして先日、事態は大きく動いた。


「ほら。葉月の彼氏が……芸人さんだってのは知ってるよな」

「うん、知ってる。売れたら結婚する約束してるらしいね」

「え、それお父さん聞いてない」


(しまった)


 固まってしまった父の背中を、母が慰めるタッチでトントンと叩きだす。


「……まぁ、それでな。お父さんの会社は同族経営なのに家には娘しかいないから、今後の為にもできれば娘には婿養子に来てくれる、そして優秀な相手との結婚を希望している。あ、無理強いはしないからな! お父さんは柚葉の幸せが一番大事なんだ!」


「──はいはい」

「ということで」


 父が喋るのを止め、母の方にチラッとアイコンタクトする。

 それを受けた母親が私にニッコリ笑いかけてきた。


「そうなの。ということで、お母さんのお友達の息子さんとのお見合いが決まったから。十歳ほど年上だけど写真で見たらイケメンだったから安心して」


「……え。いや、無理無理!!」

 

「柚葉。これは名目はお見合いだけど、男性を見る目を養うお勉強会なの。ほら、柚葉たちは小中高一貫の女子校だったから、そういう機会今まで少なかったのが良くなかったのかも…ってお父さんと反省してね」


「そうそう。双方が気に入ったらラッキー。ダメならこっちからも全然断れる人としかセッティングしないから。だから、ね?」


 なにが、ね? だよ。

 五十のおっさんが首傾げても可愛くないから!


 それでもお見合いなんて絶対に嫌だと拒否り続けたけど、最終的には、柚葉ちゃんまで変な男に捕まったら小田山おだやま家は終わりよぉぉ~~と祖母に泣きつかれ。


 そんな姑を鼻で笑った母からは「あの必死なおばあさまが選ぶお見合い相手とか、きっと経歴重視で外見や性格は二の次よ。ハイスペックイケメンを用意したお母さんの努力に感謝してさっさとお見合いしなさい」と微笑まれ。


(確かに。どうせ会うことになるなら、イケメンの方がまだマシ……)


 母の説得に渋々納得した私は、父と祖母に『一回だけなら』とお見合いを了承したのだ。





 ***





「それで柚葉ちゃん。イケメンだしいい人だったし、お友達としてはどう?」

「うーん。どうだろ」

「また会うことになったらお母さんお気に入りのフレンチのお店、予約してあげる」

「んー。さっきも言ったけど、相手の人その気ないと思うよ」

「そんなの分かんないじゃない」


 いや分かる、って返事しかけたとき、葉月がグイグイっと会話に割り込んできた。


「え、それってママの奢りでデートするってこと? ずるーい。私もフレンチに行きたい!」


「じゃあ今度、皆でいきましょう」

「違う。彼氏と行きたい」

「なら行けばいいじゃない。場所も知ってるんだし」


 母親が葉月に苦笑いで返事している。


「え~。……そういえば、お姉ちゃん。その服、自分で買ったの?」

「私、着替えてくる!」


 心なしかお金の話に敏感になっている気がする葉月を無視し、ソファーから立ち上がった。


 したくもないお見合いなんだから、そのための服を買って貰って何が悪い。

 文句ならお母さんに言え。


「じゃあ、あとでまたね」


 またまた苦笑いの母親と、もの凄く不服げにプンプンしている葉月を横目にリビングからさっさと逃げた。








「二週間ぶりです」

「そうですね」


 あのお見合いから約二週間後。

 母が指定した中華料理店で、私はいま野々村さんと向かい合って座っている。


「このたびは、えっと……ご迷惑をお掛けしまして……」


 私のおぼつかない謝罪の言葉に野々村さんが小さく笑う。


「いえ、全然問題ないです。それに私の方も母がお嫁さん探しに必死になりだして困ってたので、渡りに船というか」


「そうなんですか? 野々村さんなら必死にならなくても結婚できそうですけど」


 目を見開いた私に野々村さんが苦笑いする。


「まぁ、そこは柚葉さんと同じく事情がありまして。それで、このあとなんですけど」

「はい」


 返事をしながらテーブルに置かれていたお茶を手に取った。







「柚葉。ちょっといい?」

「なんでしょうか。お母


 これはお見合いをした一週間後の話。


 お見合いの話を切り出そうとした時と同じ雰囲気を醸し出して部屋のドアを開けた母を、ベットに座っていた私が思いっきり構えた表情で迎えれば、母が辛そうに眉を寄せた。


「あのね、先日のお見合いはお断りの方向で話を進めて欲しいって柚葉は言ったわよね」

「うん、言った」

「そうよね」


 うんうん頷きながらススッと隣に座ってきた母が、私の左腕にそっと手を乗せる。


「ただそれを二人に伝えたら、おばあさまが『じゃあ次の相手を探そう』と。お父さんもそれに同意してて」


「え。一回だけって約束だったよね」


 黙って微笑んでいるだけの母親を私も黙って見つめ返すと、母がふぅ…と肩から息を吐く。


「柚葉。この間会った野々村さんね、あの派手なお顔立ちや佇まいから受ける印象とは違って、思いの外よさそうな方だったとは思わない?」

「思うけど。でも」


 この流れ、結局のとこ野々村さんとお付き合いさせる方向で進めようとしてるんでしょうか。でも私の勘が正しければ、向こうもお見合いに全然乗り気じゃなかったはず。



 話がどこに行き着くにしても嫌な予感しかなくムッと眉を寄せたとき、母が落ち着かせるように私の左腕をポンポンと軽く叩いた。


「お母さんはね。柚葉と同じ立場であるはずの葉月は自由にさせといて、柚葉にだけお見合いさせるのは可哀想だと思ってるし、言うこと聞きそうな方に強制しようとしてるあの二人には正直かなりムカついてるの」


 そして再び微笑む母親。


「それに前回も今回も、お父さんやおばあさまが選んできた男性の釣書見たらね」


「……見たら?」

「ほんとどういうつもりなのか、もうね」


 優しく私の左腕に乗っていた母の手にグッと力が入った。


「十歳以上も年上のもっさいのばっかり! お見合い写真でアレってことは本物は相当よ? そりゃね経歴はバッチリよ、学歴やお勤め先やキャリアに関してはね。でもね──柚葉より私との年齢の方が近いってどうなのかしら。せめてお顔がいいならまだしも──」


 ハッと我に返った様子の母の手から、一旦力が抜ける。


「いえ違うわね、お顔の造作は生まれつきのものだから仕方ないわ。見た目はあれでも性格はよろしいのかもしれないし、そこは譲歩しましょう。……でもね、若い方が一人もいないってどういうことなのかしら?」


 徐々に目を血走らせてきた母親が、ドンドン早口になっていく。


「なんなの? あのババ ……いえ、おばあさまは若い男やイケメンに恨みでもあるの? 小綺麗な男は悪で、もっさい男は善だとでも思ってるの?」


「うちの柚葉はね、社長令嬢でしかも可愛い十九歳、鴨が葱を背負って来たと言えるまれにみる好物件。もういくらでも選べる立場なのよ? なのに、なんでわざわざ── !」


 ヒステリックな面持ちでキィィ~! とキレかけた母が、落ち着くためかふぅぅぅーーと全身から息を吐き肩から力を抜き、それから口元だけでニッコリ笑う。


「だからね。お母さんがアノ二人を締め──いえ、懐柔する間だけ野々村さんとお友達しておいてくれない? あちらには事情を話してすでに承諾は頂いてるから、あとは柚葉ちゃんが頷けばいいだけ」


 えっと、要するに、お見合いを回避するために、パパンとおばあ様には野々村さんとお友達からのお付き合いをしてると思わせておけ…と。


「それでいい?」


 笑ってない目で真剣に聞いてきた母親にコクコクと首を振る。


「いいです」

「そう、よかった。おばあさまにはお母さんが伝えておくから」


 満足げに微笑んだ母親はベットから立ち上がり、じゃあね…と頼もしい後ろ姿を見せて部屋を出て行く。


 お見合い回避できそうなのはいいとして、それよりもあんなに母を興奮させた ”釣書” の方々に、違う意味での興味がすっごい沸いてきたんですけど。



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