04 派手顔男、お見合いに行く


 カッコーン。



 安っすい昼ドラのお見合いシーンみたいな、そんなふざけたししおどしの音が遠くから聞こえて一瞬静まった場に、母親たちの楽しげな喋り声がまた響く。


 会話からしてお義理ではなく本当に仲が良さそうな二人をチラ見したあと、お見合い直前に聞かされたお相手の情報を頭の中で反芻はんすうしてみる。



 まず、地元では有名な会社のご令嬢だった。そしてそこは同族会社、かつ今んとこ本家には御息女しかおらず、ごく近い分家にもまだ児童な御子息しかいないので、彼女と結婚すれば自動的に次期社長候補の一人になってしまう。なので当然ながら婿養子。


 ……やばいじゃん。

 相手ガッツリ本気で見合いにのぞんでんじゃん。

 なんていうか、だから十九歳から見合いとか始めてるんだよな。


 というかこのだだっ広い日本庭園の離れに案内された時点で思ったけど、母親がいう「軽いノリでのお話」の信憑性薄いだろ。大体さ、母さんも見合い直前まで隠してるとかないわ。


 まぁ学歴・年齢・名前という単純な情報しか与えられなかった事を疑問に思わなかった俺も俺だけど、母親から聞いた話の流れからして、釣書を出すような本格的なお見合いだとは考えてなかったんだよな。



 無意識でため息をつきかけたのに気づき、それは失礼だとグッと息を吐くのをこらえたとこで、お見合い相手であるを改めて観察してみた。


 ゆるくパーマが掛かっている肩上までの髪は艶のある黒で。淡い色合いの少しレトロなフォーマルワンピースは、若い子が着るからこそ映える独特の雰囲気を醸し出している。


 容姿に関しては可愛いという奴もいれば、中の下とかいう奴もいそうな微妙なライン。

 でも確かに母さんが言うとおり、あの初恋の子に何となく似てるし、それに男子にからかわれたら言い返すよりうつむいちゃいそうなか弱い感じなのはとても良い。


 ただでも、やっぱりもう少しこう熟成してる空気感が欲しいかな。そう、牧田さんみたいな大人の女性の切なさというか、多少の人生諦めた感というか。


 あ、若い人同士でとか言われてとうとう二人っきりになった。


 どうする、普通に仲良く喋ってもいいけど。……でもきっと、見合い相手として悪くないと思われたから今ここに俺がいるんだよな。


 そんな状況で下手に彼女に気に入られたりなんかしたら、いざというとき断りづらくなるんじゃ。母さんもやけに乗り気だし。とりあえずここは、俺の方はお見合いにそんなに本気で挑んでないことを伝えておかないと──



 えっと、輪廻転生? なぜにそんな話をいま……え、もしかして超常現象とか都市伝説を本気で信じてる系の子だったりする?


「んー。おとぎ話的な感覚でなら受け入れてますけど、本気で信じてはいないですね」

「まぁそうですよね」


 ……もの凄く普通にサラッと流された。

 なるほど。これはさっき彼女が嫌みったらしく言い返してきた


 『冗談こくな。私もおっさんには興味ねえよ』


 というパンチのある発言のあと微妙な空気になった、そんなこの場を和ませようと柚葉さんが放ったわざとらしい天然砲だったのかもしれない。


「そういえば、先ほどお母さまからは簡単にお聞きしましたけど、野々村さんのお仕事ってそんなに忙しいんですか?」


「そうですねぇ、開発系なので期日が迫ると勤務時間はあってないようなものになるときもありますし、更にプロジェクトリーダーなどになると、家でも職場でも絶えず仕事してるという感じになりますよ」


「へー大変そうですね」


 お。なんかさっきまでとは違い大人の男に対する尊敬って感じの眼差しで見られてる気がするんですが。


 いや、正直ただの社畜自慢だったけどもし尊敬されたのならばちょっと、いやかなり気分がいい。


「まぁはい。柚葉さんはアルバイトとかされてるんですか?」

「いえ、したことないんです」


 軽くうつむいた彼女が、シュンと眉を下げた状態で再び顔を上げ俺を見てくる。


「野々村さんは学生時代にアルバイトとかしてましたか?」

「してましたよー。カフェ店員とか倉庫スタッフとか回転寿司の裏方とか、あとは塾講師の補助とかもしましたね」


 まぁカフェと塾講師は客と生徒に代わる代わるストーカーされたんで、怖くなってすぐ辞めたけど。


「へぇ、凄いですね」


 あっやめて。そんなキラキラした真っ直ぐな目で見ないで。

 俺、すぐ調子に乗るから。


「……いえ、大した事は」

「私、回転寿司って一回しか行ったことないんですけど、裏方ってどんな事するんですか?」


 胸の前でトンッと両手を合わせた柚葉さんが、またあのキラキラっとした目で俺を見てくる。なんだろ、妙な優越感が湧いてきた。


「そうですねー。ベタなのから言うと、機械でポンと作られるしゃりの上にネタを乗せ──」

「機械でポン?」


 ん? と不思議そうに柚葉さんが首を傾げたのについ笑ってしまう。


「そうです。テレビとかで見たこと無いですか、寿司のしゃりを作るマシーン」

「あぁなんか見た事があったような」


 お嬢様な柚葉さんが俺のバイト話を面白く聞いてくれたおかげで、母親たちから託された一時間ちょいのフリータイムはあっという間に過ぎてしまい。


 緊張の面持ちで再び現れた母親たちは、俺と柚葉さんが仲よさげに会話していたのを見てとるとホッとした表情で一時間前にいた席に再び座る。


「よかった。案外と話が合ったみたいね」

「ほんと。でもねぇ総士は年は食ってるけど中身はまだまだ子供だから、大人な柚葉さんが気を遣ってくれたのよきっと」


「まぁ、そんな。おほほっほほほっ」





***





「で? 気に入った?」

「うーん。良い子だとは思う」

「あ、やっぱり?! お母さんの勘、当たってたでしょ!」


 母親が嬉しそうに手をパンッと叩いたあと、俺の肩もバンバン叩く。痛い。


「まぁうん。……でも女性としては見れなかったかったかなぁ。まだ子供というか、結婚するならもうちょっと落ち着いた、せめて同年代の子がいい」


 それに野心があんまない俺からしたら、結婚に伴う責任が大きすぎる。好きになった相手がたまたま柚葉さんだったなら仕方ないけど、これはお見合いなんで大きい責任からは逃げたい。



 お見合いの感想に嘘ついても仕方ないので正直に答えると、分かりやすくガックリと肩を落とす母親。


「えーー、そうなの? 凄い残念」


 大げさな仕草でうつむいた母親が俺に聞こえる程度の小声で、「上の二人とは違った可愛らしい嫁がやっとくると思ったのに」とブツブツとつぶやいたのに思わず噴き出す。


 まぁ分かる。


 俺は三兄弟の末っ子で、兄二人はすでに結婚済み。

 ただその兄二人の嫁さんが、かなりのクセ者──


 うなだれてる母親を半笑いで眺めていたら、フンッと気合いを入れた母が顔をサッと上げた。


「じゃあ総士、今後の参考の為に聞くけど、柚葉さんみたいなタイプと今までの彼女みたいな綺麗だけど気が強いの、結婚相手ならどっちを選ぶ?」


 今後の参考ってなんだよ。

 第二弾のお見合い用意するつもりだとか?


 でもまぁ、その二択なら迷いなく速攻で答えられる。


「結婚相手なら、柚葉さんタイプの方がいい」

「そう、良かったわ。安心した。……総士、お母さん頑張るからね」


 グッとこぶしにした右手に力を入れた母親に心の中だけでツッコンだ。


(いや、頑張らなくていいから)


 




 

 お見合いしてから一週間ほど経った頃。


 同じ部署のやつらとランチをして会社へと戻っていた途中、スマホに着信がついていたことに気がついた。


「あ!」

「どーしたんですか?」


 畑田がひょいとスマホをのぞき込もうとしたんで、スマホを持っていた手を素早く上にあげる。


「ちょ、個人情報見ようとすんなよ」

「はい? 別に見ようとしてませんけど?」

「じゃあ。のぞき込むなよ」

「これは条件反射ですぅ。あんな驚いた声出されたら、誰が相手でも今と同じ動きしてましたぁ」


「あーそうですか」


 シッシッと畑田を追い払う仕草をしてから改めてスマホ画面を確認する。


(母さん?)


 普段なら仕事終わってからかけ直せばいいか、と放っておく母親からの電話。

 ただ今日の着信は立て続けに何度も付いていたのでなんだか気になり、歩く速度を遅くしてから発信ボタンをポンと押した。



『はーい。総士?』

「そう。さっきから何度も電話もらってたみたいで。なんか緊急?」

『そう、あのね、この間お見合いした柚葉さん』

「うん」

『ちょーっと面倒なことになってるらしくって』


 面倒?

 揉めごとに巻き込まれでもしたんだろーか。


「えっと。面倒って、大丈夫なの?」

『まぁ大丈夫といえば大丈夫なんだけど、実は総士とのお見合いのあとすぐに次のお見合いが予定されたみたいなんだけど』


「あぁ。あの感じだとそうなるよね」

『そうなの。まぁそれはいいんだけど、お姑さんや父親がなんでだか小田山さんから見ても超ダッサイ中年男ばっかり選んでるらしくって』


(ダサい中年?)


 ポンポコな子ダヌキが頭に浮かんだ。


『まだ十九歳の柚葉さんに、さすがにそれは無いんじゃないかって小田山さんが嘆いてて。それでしばらくでいいんで、総士が防波堤になってくれないかってお願いされてるんだけど、ダメかな?』


 今度はポンポコ子ダヌキと柚葉さんが並んで立っている場面が浮かんだ。

 そのとたんイライラっとした怒りがこみ上げ、しっかりキッパリと応えた。


「ダメじゃない。要するに、お見合いは上手くいってるって話にすればいいんだろ? それくらいなら全然OK」


『うわーありがとーーっ。さすが総士、優しいわーっ。早速小田山さんに返事しとく。じゃあね、ありがと、また連絡する』


「分かった」


 よし! と何かに勝った気分で気持ちよくピッと電話を切ったとこで、畑田が俺に歩調を合わせ隣に並んできた。


「野々村さん、お見合いしたんですか?」

「したよ」


 気分がいい状態のまま元気に顔を上げ隣を見ると、驚きの眼差しで固まった畑田がいる。その畑田の横から後輩男がひょっこりと顔をだす。


「うわ、野々村さんのお見合い相手とか凄い気になります。どんな人ですか?」

「十九歳の大学生」

「……犯罪。野々村さん、それ犯罪です!」


 話に割り込み、いつものごとくギャンギャンわめきだした畑田。


「うるさいな。親公認の見合いなんだから、問題ないだろーが」


 未成年でもあるまいし…とムッと言い返せば、そんな俺をじっと見ていた後輩男が大きく息を吐き恨めしげにつぶやく。


「それで、お付き合いすることになったんですか?」


 ”お付き合い” はする予定だけど防波堤としてだからなぁ。でもま、色々説明すんの面倒くさいんで適当に頷いとこう。


「うん」


 ……こら、ちょっと待て。

 なんで揃いもそろって、そんな白い目で俺を見てくるのか。



「はぁーーっ、これだから男は」


 やれやれと首を振る木村主任。


「ほんとですよ! 野々村さんは他の男とは違うって思ってたのに!」


 眉を寄せしかめっつらで怒る畑田。


「イケメン爆発しろ」


 すっかり敬語を忘れてしまっている後輩の山下くん。


「……十代の威力って凄いな」


 順繰りに当たり前のように責められ心の声が思わず口から漏れると、木村さんが小さく噴き出し後輩男は大きく頷く。そして畑田にはこのエロオヤジが! ってな目で蔑まれた。


 なんでこうなる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る