お見合い相手との再会事情
03 派手顔男、油断してしまう
「牧田さん。これ優先でやって欲しいっていいましたよね。なんでまだ出来てないんですか?」
他部署への用事を済ませ部署に戻ったとき、入社ニ年目の
一体何事かと二人に近寄り、米谷の手元の書類をのぞき込んでみる。
「在庫打ち込み? これ、そんなに急ぐの?」
「……あ、いえ。今朝頼んだのにまだ、だったので……」
今朝? えっと今何時だっけ? と時計を確認しようと書類から顔を上げると、近くにいた畑田と偶然にも目が合った。
すると畑田が非難する感じに眉をよせて米谷を眺めたあと、次に牧田さんを気遣う目の動きをしてみせる。あーなるほど、そういうことか。
つーか米谷さぁ、まだニ年目のくせになんで十年選手である木村主任よりお前の方がお局感満載で派遣イジメしてるんだよ。性格悪すぎ。
「……ふへ」
ふへ?
あ、米谷が泣いた。
──って、嘘だろ。俺いま、質問しただけだよね?
そりゃ非難する空気感を多少は出したよ?
でもそんな泣くまでの事はしてないはず。
ほらさぁ、事情知らない周りの奴らが凄い冷たい目で俺を──
「野々村くん、ちょっと」
あ、課長に呼び出しくらった。
なんでこうなる。
結果。
「わ、私が、私が悪いんです。牧田さんが理解できるように分かりやすく伝えなかった、私が悪いんです」
てな感じで若い社員の女が健気にかばう装いでアラフォー派遣の牧田さんをちゃっかり貶め、そして元々大したことない理由で始まった事件だったので、じゃあそういう事で…という適当なノリで解決済みとなった。
なんでこうなる。
・
・
・
「いやーびっくりしました!」
「私はなんとなーく勘づいてた」
「え、嘘。うわー、さすが年の功!」
「畑田、……刺すよ」
会社終わり、興奮冷めやらぬ後輩と先輩に『ちょ、語るよ!』と当然のように引きずり込まれたイタリアン。
引きずり込まれた店では畑田と木村主任がキャッキャと会話しており、そしてそのそばには、ただもうひたすらワイングラスをクルクル回す抜け殻の俺がいる。
「野々村さんは気が付いてました?」
「いや全然」
「ですよねー。まさか課長と牧田さんがスピード婚するとか、予想外ですよねー」
そう。あの米谷が泣いた事件のあと、全く反省しなかった米谷が牧田さんを影でチクチクまたいびっていたのを偶然にも発見してしまった課長は、まるでヒーローのようにそのとき颯爽と助けに入り、そこから二人は──
今日聞いたばっかりの嘘か誠かが全く不明である二人が付き合いだした経緯をイラッと思い出し、グラスに入ってた白ワインをグイッとあおってからドンとテーブルに戻す。
ちゅーか、予想外も予想外。
競馬だったら万馬券級確率。
あのお腹ポンポンで子ダヌキみたいな、もうどっからどうみても糖尿病予備群な後期中年おっさんの課長が、十歳も年下の牧田さんとくっつくとは誰が思う? 思わねーよ。
「しかも牧田さん、結構いいとこのお嬢さんだったらしいよ」
「いっやっーあぁぁ! 課長のくせに、課長のくせに逆玉とかムカツク!」
両手で頬を押さえ叫んだ畑田にアハハッと爆笑する木村主任を横目に、さっきと同じワインのおかわりを店員に頼む。
「まぁでも、課長は見た目はあんなだし出世も見込めないけど、人柄はいいからねー」
「でも課長が女性押し倒す姿とか……いっやっーあぁぁ! 想像できない!」
俺さぁ、課長と違って常識がある人間だから、牧田さんの派遣期間が終わる日に告白しようと思ったんだよね。仲よくもなれてたし、畑田と三人でだけどご飯にも楽しく行けてたし。
なのにその派遣終了する理由が ”結婚するから” だったとか……ふっ、笑える。
「あ、牧田さんから返信来ました」
「えーなんてなんて?」
「今からそっちに向かいます、だって」
「よっしゃ、畑田ちゃん偉い! 相手が課長ってのがいまいち萌えないけど、とりあえず色々聞きだそう!」
「了解です!」
そして牧田さんが現れてから二十分後。
まだまだ盛り上がりをみせるテンション高い三人について行けなくなったので、すいません…と俺だけ先に店を出た。課長のどこが良かったのか、とか聞きたくないんで。
店を出たとこで大きく深呼吸し、それから一歩足を踏み出すとカバンの中で高らかにスマホが鳴った。
『もしもーし、
「なに?」
久しぶりの母親からの電話に機嫌悪く応える。
『あのねー。いま彼女いる?』
失恋ほやほやですが、なにか?
「いないけど」
『あ、そ。じゃあ、お見合いして欲しいんだけど』
お、見合い……?
「は?! なんでまた急に」
『まぁちょっと色々とね。それでねぇ──』
「あ、ごめん。いま外なんで長話はムリ」
『外? あぁじゃあ、家に帰ったら電話ちょうだい』
「分かった」
ピッと通話を切り、一度ため息をついてからカバンにポイッとスマホを投げ込む。
お見合い。そうか、お見合いかぁーー
お見合いとか全く眼中に入ってなかったけど、そういうので知り合うってのも悪くないのかもな。だってこっちの好みを指定したら、それに合う身元確かな人を探してくれるんだろ? なんて効率的。
しかも会ってダメだったら仲人が代わりにお断りの連絡してくれるとかさ。よくよく考えれば、なんて便利なシステム。
一時間後、順調に自宅にたどり着き、とりあえずシャワーを浴びようとスーツを脱いだとこで着信音が部屋に響いた。
「もしもし」
『総士? 家に帰った?』
「うん。というか、帰ってきたばっかだから、また──」
『それでね。お見合い相手なんだけど、お母さんのお友達の娘さんで今は十九歳の大学……二年生? それでね、できたら来月の頭あたりの週末で会う話を進めたいんだけど、いつが都合いい?』
は? いやいや、待てぃ。
今どき十九で、しかも大学生でお見合いするとか、かなり訳ありな子なんじゃないのか?
「あのさ。さすがに十九歳は若すぎなん──」
『大丈夫よー。あちらさんは総士の写真見て気に入ってくれてるし、母さんも写真見たとこ良さそうな娘さんだったから』
「だとしても」
『それにね。ほらほら、総士が小学生の時に好きだった子いたじゃない? あの子が成長したらこんな風だったかなっていう清楚な子で』
「え?」
え。それはちょっと心惹かれ………いやいや! その前に。母親に当然のように好きな子バレしてたとか、今更ながらめっちゃ恥ずかしいんですけど?
『だから昔はねー、総士は大人しいタイプが好きなんだと思ってたの。でも気が付けば我の強よそうな子とばっかり付き合ってるから、昔と趣味が変ったのは知ってるんだけど』
違うし。変ってないし。
『でもねー。もしかしてってこともあるじゃない? それに、ちょっと会わせてみようか~って程度のノリのお話だから、会ってダメなら断るのも問題無し。だから会うだけでも会ってみてよ』
うーん、好みとしてはもう少し年齢が上……そう、希望としては二十八歳以上。あーでも、若いからノリで見合いできるのか。そうだよな、あんまり本気で来られても正直困るし。
それに初恋の子に似てるかもしれないんなら……
「分かった。それでもうちょっと詳しい──」
『ほんと? よかったー! じゃ、来月の空いてる日メールで知らせて。よかったわー、じゃまたね!』
ババア、話、最後まで聞けよ。
素早く切られた電話の画面をしばらく眺めてから、フーーッと息を吐く。
そのまま画面を見てたら、幸せそうだった牧田さんの顔をふと思いだしてしまい、更に大きく息を吐いた。
「疲れた。風呂、入ろ」
スマホを定位置の棚に置いてから、またスーツを脱ぎ始めた。
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