02 派手顔男の恋愛事情



 初恋は小学三年生。


 同じクラスの目がくりっとした女の子で、ちょっとしたことでギャンギャン言い返してくる他の女子とは違い、男子にからかわれるとへにゃっとした泣き顔で黙ってしまう大人しい子だった。



 二回目の恋は中学一年。

 相手は隣の家に引っ越してきたお姉さん。


 いつも誰かとつるんでギャアギャアうるさかった近所の女子どもとは違い、社会人の彼女はいつも一人で、今にも消えてしまいそうな儚い感じの女性だった。


 ちなみにこの翌年、引いても引いても押してくる肉食獣とその取り巻きの攻撃に負けてしまい、同い年のめっちゃ気の強い彼女が出来た。平手打ちで振られたけどな。怖かった……



 そして三回目の恋は高校一年の夏。

 アルバイト先にいた三十代前半の女性で、離婚後パートさんとして働いていた。


 友達は不幸そうな童顔のおばさんじゃね? と評していたが、俺からするとふと遠くを見てため息をついてたり、手伝ってあげると寂しげに微笑んでくれたり、他のパートさんからの嫌みにジッと耐えてたりするのが、ツボで──


 この年上パートさんに約一年片思いしていた中、文化祭のステージにて顔の愛らしさに反して超肉食獣な同級生に公開告白をされてしまう。


 大量の学生らの視線と圧力に晒された俺は「お、お友達からで」とつい日和ひよってしまい、ここから流されるままお付き合いが始まった。……ただ、早々にやることはやってしまったので彼女とは一年ほど続くことに。思春期のホルモンが憎い。



 こんな感じで。

 好きな人出来る、肉食に狩られる、ばっさり振られる、を繰り返した三十年。


 今となってはもう、本能レベルでは肉食女子が好みなんじゃないかと思わざるを得ない結果だ。実際のとこ、周りにも完全にそう思われてる。


 まぁでも、どんだけ外堀を埋められようと脅されようと。


 全く好みでも好きでもない女性に押されて負けてとりあえず付き合ってしまう。そんなことを今まで何度も繰り返してきたのは自分だし、悪いのは相手ではなく頷いた自分の方だとは分かってはいる。


 でも、これは! という女性と仲よくなろうと頑張って声を掛けても、更には正式な告白までしても、毎回毎度


「私、お金持ってませんよ!」

「からかうのもいい加減にしてください!」

「宗教の勧誘ですか?」

「ごめんなさい。ほんともうごめんなさい!」


 と、まともに取り合ってもらえないってパターンが続けば、誰だってちょっと投げやりになるんじゃないだろーか。


 ただそれでも。


 よわい二十九にして出会った彼女とは、もしかしたら上手くいくんじゃないかと。そう思っていたのに。





 **





 三十六歳・薄幸顔の牧田さんが新しい派遣さんですと職場で紹介された時、『まぁ悪くない。付き合えるゾーンには入ってる』という程度の興味しか湧かなかった。ただ日が経つにつれ気になって仕方なくなり、その姿を目で追うようになっていた。


 くりっとした目に影を宿している彼女は儚げな空気感を常にまとい、機嫌が悪い社員から八つ当たり的な注意をされると、言い返しもせず哀しげに黙ってうつむいしまう。


 時間内に仕事をこなすためかいつも慌ただしげにパソコンを操っている、その手を止めたわずかな時間には疲れを逃すようにフーッと小さく目立たない息を吐き、そのあと必ずうつろな視線で目を細めてから再び指を動かす。


 そんな態度や仕草を影ながら観察し、機会を窺っては一言声を掛ける俺に寂しげに笑って応える彼女──。これはもう絶対にお近づきになりたい! と常にお誘いアンテナを張ってはみたものの。


 ……知ってたさ、知ってるさ、知ってたべさ。


 そう。毎回のことながらこういうタイプは、純粋な好意からでしかない俺の行動を違う意味にしか受け止めてくれないってことはよく知ってるべさ。


 ……知ってはいたけれども。


 それでもやっぱりいつものように誤解され不審げな視線を送ってくる彼女にちょっと苛立ってきた、そんな頃。歓迎会と称した単なる飲み会が開かれることになった。


 牧田さんも参加? よし、俺も行く。


 飲み会当日。しれーっと隣を陣取り、派手な容姿してるから勘違いされやすいけど、実は年上女性いけるんですよー、ちゅーか地味めな女サイコー! という俺の性癖をちょっとでも感じ取ってもらうことだけに集中し、にこやかに喋り掛け続けた。


 そして飲み会が終わり店を出たあと真っ先に駅へと歩き出していく牧田さん……に気づいた俺はすぐに追いかけて捕まえ、笑顔をみせる。


「牧田さんも二次会不参加なんですか?」

「あ、はい」

「なら駅まで一緒に行きましょう」

「あ、はい」

「のっのむっらさーーーん」


 ちっ、邪魔が入った。 


「お疲れ様でーす」

「お疲れ」


 一心不乱に駆け寄ってきた部署の後輩である畑田に軽く頭を下げる。 


「あ、牧田さんだ」


 後輩が現れた時から二,三歩俺から離れ、できる限り存在感を消す努力をしてた様子の牧田さんに笑顔の畑田が視線を向けた。


「あぁ。二次会行かないもの同士、駅まで一緒に帰ろうとしてたとこ」

「あ、なるほど。牧田さんと隣の席だったんで仲よくなったんですね!」


 畑田。お前……空気が読めるいい女だな!

 それに今ので存在感をまた出した牧田さんが、元の位置に一歩戻ってきたぞ!


「そう、俺と牧田さんは仲良しになった」

「へー。じゃあ帰りましょ。私も二次会行かないんで」


 畑田、空気を読め。


「あ、はい」


 間を置かず聞こえた牧田さんの声にサッと隣を振り返れば、ちょっとホッとした顔をして畑田に頷いていて、少し酔ってるっぽい畑田が「うふふー」と嬉しげに牧田さんに近寄り肩をポンポンしだした。


「そういや野々村さん。前に夕飯奢るーって約束したやつ、ちゃんと履行してくださいよ!」

「……あぁ、じゃあ近くの定食屋で」

「え? ダメですよ。うら若き女性と行くんですからイタリアンですよ! イタリアン!」

「夕飯にスパゲッティとか、無いわ」

「どこのおっさんですか! それを言うならパスタですパスタ!」


 いちいちギャアギャアうるさい畑田からススッと離れ、落ち着く牧田さんの近くに寄り彼女の顔を覗きこむ。


「牧田さんも夕飯はパスタより白ご飯の方がいいですよね~」

「野々村さん? なに脅してるんですか。ていうか、イタリアンにもパエリアっていうご飯ものがあってですね」

「それ、スペイン料理です」


 牧田さんは静かに畑田の間違いを訂正した後、ちょっと楽しげに微笑んだ。




 この時は『畑田、邪魔しやがって』と心の底から思っていた。


 が、牧田さんと俺が同僚として仲良くなったというのを畑田がすんなりと受け入れ、そして次の日から彼女も牧田さんと仲良くするようになったことで、牧田さんの警戒心が多少緩んだらしい。


 行き遅れた地味な年上女を面白がってからかう為に俺が構ってきている訳では無いと安心したのか、しばらくしたら今までとは違う感じの、素直な態度で喋ってくれるようになったのだ。


 ……後輩・畑田さま、どうもありがとう。

 お前は何かとギャアギャアうるさいけど、ほんと性格はいい奴だよな。


 ただ、畑田様を拝んでいた俺の知らぬ所で問題が起こっていたことに気づいたのは、ここから数ヶ月も先だ。



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