お見合い相手の恋愛事情

井戸まぬか

彼と彼女の色んな事情

プロローグ

01 若い彼女の恋愛事情

 


 カッコーン。



 日本庭園の中に作られた日本家屋の一室いっしつに、ししおどしの音が響き渡った。

 その音が鳴った瞬間、解放されていた縁側から風情あるそよ風が四人の間に流れ一時的に会話が止まる。


 気持ちのいいそよ風を堪能したあとは、「まぁまぁ」「オホホ」という母親同士の社交辞令な笑い声がまた始まり、それをBGM代わりに聞きながら目の前に座っている男性の観察を再開した。



 ダークな色合いのスーツを着ている彼のご尊顔は、いわゆる女には困ること無さそうな派手顔の美男子で、そのお肌はさわってみるまでもなくツルツルな質感なのが見て取れる。


 自己紹介の際に聞いた年齢は三十歳。


 世間的にはおっさんの域に片足入れてる歳だし、妻の一人子供の一人がいても全然おかしくない歳だけど、見た目だけならまだまだ二十五歳前後でいけると思う。


 ちなみに高身長・高学歴。それに一般的な知名度は低いけれど、知る人ぞ知る成長著しい会社にお勤めしているらしい。ただ今までの態度を見るかぎり、ご本人よりお隣のお母様の方がこのお見合いに乗り気だ。



「それじゃあここからはお二人で」

「また一時間後に戻ってきますからね」



 お見合いの定番「お若い人同士で」って言葉を合図に立ち上がった二人を見上げた私に母は目もくれず、素早いサササッという衣擦れの音をさせ相手の母親と共に部屋の外へと消えていく。


 母親二人が消えたことで部屋に変な緊張感が漂い始めたので、それから逃げようと解放されている縁側へと視線を向け、どうでもいい感想を述べた。


「綺麗なお庭ですよね」


 しかも梅雨真っ只中だっていうのに、これでもかという晴天。


「はい。元々は大名の邸宅だったとか」

「へぇ、歴史あるお庭なんですね」

「──あの」

「はい」


 お庭から目の前の男性へと視線を戻すと、彼はわざとらしい咳を二回ほどコホンコホンとしたあと喋り出す。


「母からお見合いの話を聞いたときは正直かなり戸惑いました」

「そうですか」


「はい。それであの……決して柚葉ゆずはさんの事が気に入らなくて言う訳ではないんですが、ただでも柚葉さんには私のようなオジサンではなく、ご年齢に見合ったもっといい方がいると思うんです」


「……はぁ」


 お見合いって、後から合否の連絡が来るもんだと思ってた。


「はい。それに──」

「そうですね。私もそう思います」

「はい……って、え?」


 まだまだ続きそうな話をぶった切ると、彼は意外だといわんばかりに目を剥いた。



 なに? なんか文句あんの?

 あんたが言う通り、私はまだ十九歳なんですぅ。

 それに私は遊んでそうなのより、真面目な男が好きなんですぅ。


 だからあんたよりスペックが低かろうと顔が絶賛平凡だろうとも、若くてピッチピチの誠実な男との恋愛結婚が第一希望なんですけど?



「私も野々村さんには、そのいい方が他におられると思います」


「え? ……あ、そうですか」


 更に大きく目を剥いた彼はしばらく沈黙し、それから今の発言の真意を質すような視線で私をジロジロと見てくる。


 数十秒後、あからさまにホッとした表情になった彼は、もう一度「そうですか」とつぶやいてから少しくだけた雰囲気で腕を上げ、その手首に巻かれている時計を確認した。


「母親達が戻ってくるまでまだかなり時間がありますね。──柚葉さんは今なにか趣味とか、ハマっていることなどありますか?」


 初めて笑顔を出した彼が繰り出したザ・見合いな質問に、私はコテッと首を傾げてみせる。 


「ハマってること……そうですね」


 それから首を戻し背筋を伸ばすと、つられた彼も居住まいをサッと正した。 


「野々村さんって輪廻転生とか信じてますか?」





 **






 輪廻転生。生まれ変わり。蘇る前世の記憶。

 まわるまわるよ魂はまわる。


 まぁどんな表現でもいいけど、この記憶は自分の前世のものかもしれない……と思いだしたのは、ほんの最近のことだ。


 私は幼少の頃から二つの夢を、繰り返し見ていた。

 といっても何年かおきにだけど。


 一つ目はこんな感じ。



 おじいさんとしか呼べない外見の男性の後妻になっていて、何かというとこいつが若い妻を馬鹿にする説教をかましてくる。そんな彼にウンザリはしていても言い返せず我慢しつづけている、という夢だ。


 そして夫婦の子供を抱いて旦那さんと道を歩いていたら「お孫さんですか? 可愛いですね」と見知らぬオジサマに言われ、祖父と間違えられショックを受けている旦那を見て溜飲を下げたとこで毎回夢は終わる。



 二つ目の夢では、私はとても美人さんだった。


 好きだったのは一緒の村に住んでいた同い年の優しい男の子で、私たちは純粋な恋を育てていた。そこに現れたのは権力もお金も持っている、かなり年上であろう強気な金持ち男性。


 夢では間をすっ飛ばして同級生ではなく年上男性と私はなぜか結婚していて、いつの間にか離縁されていた。そして元夫に寄り添う若い女と姑が抱いている我が子を、私は呆然と見ているってとこで毎回夢は終わる。



 そして先々週末。


 母親から「お友達の息子さんとのお見合いが決まったから。十歳年上だけど写真で見たらイケメンだったから安心して!」と言われたその瞬間。


 突然心の底から違和感がわき出てきて、考える前に心で叫んでいた。


 嫌だ。私は今度こそ若いピッチピチな男と結婚して、同じ時間の流れで老けていきたいの!



 結論。もしかしたら私、人間三回目──かもしれない。



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