まだ実感がありません

僕の部屋にある姿見用の鏡の前で、自分の姿を見つめる。

顔が小さくなったからか、少しきらきらしている目、すらっとした鼻に、ふわっとした頬、桜色の唇…

これは本当に、自分の顔なのかな…?

確かめる様に、ぺたぺたと自分の顔を触る。

……やっぱり見慣れないんだよなぁ、女子化した僕の顔。

僕…チアキがこちらの世界で目が覚めた時には、体が女子化していた。

ううう、なんか胸がでかいし、恐る恐るぱんつの中覗いたら……大事なものを失ってた……!

あー、由々しき事態だ……!


「女になってた事、まだ悩んでるの?」


ひょっこりと、亜麻色の髪をした女性がこっちにやって来る。

この家の主のハルだ。


「なんつーの。アイデンティティの喪失だよ!?……ハルだってさ、異世界に飛んで、いきなり男になってたらショックじゃない?」

「…確かに。でもね、なるようにしかならんよ」

「そうだけど、納得いかなくね?」

「じいじが言ってた」


おい。

彼女の言う『じいじ』というのは竜のアズーロの事。ハルは幼い頃からアズーロに育てられたから、感覚的にもおじいちゃんみたいなものなのだ。


「でもさ。この世界に来たチアキを私が拾うって…やっぱり縁があるんだね」


にひ、とハルが悪戯っ子のように笑う。コイツ、こんなふうに笑うんだとつい考えてしまう。

まあ、ハルとはついこの間までずっと、奇妙な間柄だったわけですし。

そういう意味では、僥倖ってやつなのかもしれない。


「ね。それにしても、よく見たこともない僕の事が分かったね」

「わかるよー。私達の魔力の波長、おんなじなんだから」


また、僕みたいな異世界人にぴんとこない事を言い出した。

ハルの瞳が僕を覗き込んでいる。

こうしてると、いつもの脳内会話をしている時の感覚みたいだ、と思ってしまう。

そういえば、ここに来た直後もパニクっていたけど、ハルの事は妙に信頼出来ちゃったんだよね。

やっぱり、……だからなのかもしんない。

僕は、少しこっちに来た直後の事を思い返していた。


………………。



ちゅんちゅん、ぴちちち…

テンプレっぽい鳥の鳴き声がした。

なんだこのBGM、と思い目を開ける。

……あれ、ここはどこだ?と辺りを見回す。おや、自分の部屋の天井じゃないぞ。


「??……えーとスマホスマホ…」


不思議に思いながら、ベッドの端に置いたスマホを手に取る。すると…電源はつくが、日付が写らなかった。え、画面がバグったのか?

なんなん、これは一体……?


「あ!おはよう、チアキ!」


不意に、女性の声がした。僕の部屋に来たのは、亜麻色の髪をした可愛らしい女性だ。


「え?……だれだよ、あんた」


……知らない顔だ。無論、彼女に名乗った覚えもなかった僕は初対面の相手という事もあって警戒をした。


「そっか。面と向かっては初めましてだもんね。私の声、聞き覚えない?」


あるわけない、と思っていた。

けれど…言われてみれば、一人だけ思い浮かぶ。けれどその人物は、僕の脳内のイマジナリーフレンドという奴で、現実に存在してる筈がない。


「……ハル、なのか?」

「そ!貴方の頭の中で話してた、ハル・ラッセンだよ!」


目の前の女性が、カラッとした笑顔を見せる。

いやいやいや、そんなバカな。


「まてよ、だってお前は僕のイマジナリーフレンドの筈じゃ…」

「あれ。私が架空の存在って、ずっと信じてたんだね」


そりゃ、チアキの世界には私はいないけどさ。と少し拗ねた口調でハル…らしき人がぼやいている。


「当たり前!だってさ、ハルの親は竜で、幼い頃から旅をしていて…錬金術師なんていう、いかにもファンタジーです、みたいな設定だったし」

「設定って何。それはお互い様でしょ」


私だって、魔法のない機械文明の世界なんか、中々信じられなかったわ。と言われちゃうと、全然違うもんな…と妙な納得をしてしまう。


「つーか、何か気付かないかなあ。ここってどこだと思う?」

「どういう意味だよ」

「じゃあ、見ててよ」


ハルは、木の枠がはめられた窓を指差した。彼女は『開け』と呟くと、フワッと指先が光り、部屋の窓が開いた。

開いた先に広がるのは…中世のヨーロッパのような町並みに、嗅いだ事のない匂い。

それと目を引く人間とは違う種族が歩いている姿…。


「……どう?この町並みは、貴方の言う『日本』って所とは違うっしょ?」


全く異なっていた。電柱がない。ビルがない!

……車も…見たことない形してる…。


「サエキ チアキ。ようこそ、この世界へ」


ど、どういうことなんだよおお!!


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