錬金術とゼリービーンズ

……いやぁ。

いま思い出しても、驚いたよねぇ。

目が覚めたら異世界で、しかもイマジナリーフレンドだと思っていた存在が、リアルな女子の姿でいたんだし。

ぴえんこえてぱおん、みたいな。


「また妙な言葉使ってる。向こうで流行ってるの?」


ハルが僕の心の声にツッコミをいれる。


「あ、また聞こえてた?」

「チアキはホントに、心の中お喋りだよねぇ」


夕飯出来た分を運んで、とハルは苦笑混じりに笑う。僕はそれに素直に従った。

今日の夕飯は、チキンとネギのソテー、ポテサラ、ネギスープ、ふかふかのパンだった。

ハルと僕はテーブルに着いた。この国のお祈りを始めたハルを横目に見つつ、両手を合わせて「いただきます」と一言。

まずは籠に乗ったパンを手に取ると、小さくちぎって口に入れる。

ほんのり温かくて、ふわふわした食感。あまりパンに詳しくない僕でも、とても美味しくて驚いた。


「すげぇ、パンがおいしい」

「でしょ。パン屋さんに入ったら、焼きたてを並べたばかりでさ。思わず買っちゃった」


料理は当番制にしてるけど、ネギスープだけはハルのこだわりがあるみたいで毎回出してくる。ハル曰く、「ネギを食べてれば風邪引かない!」だそうだ。

ハルは……というか、リーキの街の人々がネギガチ勢だ。街のお店の所々にネギ、玉葱、韮、等々のネギ関連野菜が売ってる。

いや、薬味としても万能だし、風邪を引いたらネギを首に巻くといいとか聞くけど、でもさ……


「ハル、毎回毎回ネギ料理のレパートリー、よく尽きないね」

「え?そうかなー。何しても美味しいし、健康にもいいのよ」

「僕どっちかっていうと玉葱のが…」

「だって、ほぼタダみたいなものじゃない」


この街の人々、こっちのもやしみたいな価格でネギ売ってるからなあ…いっぱい採れるからって、流石に安すぎるのよ。


「ワシは好きだぞ、ネギ料理」


バスケットボールサイズになっていたアズーロが、ネギスープをもぐもぐしている。

竜はマナと言われる魔法の素になる元素(があるらしい)をエネルギーにしてる。

で、そのマナは空気中にもあるし、自然界の物体、生き物にも宿ってるそうで、ドラゴンごとに草木に宿るマナを食べて生きたり、空気中のマナを吸ってたりして各々食事してるらしい。


「じいじは草食だもんね」

「草木にも自然のマナと命が宿っておるからの。わしにはそれで充分なんじゃよ」


ハル曰く、竜は肉を食べない。元々物質を主とする人間と体の作りから違うので、必須の栄養素も違うそうな。

ザ・ファンタジーの住人という感じだ。


「あ、そうだ。頂き物のお菓子があるの!」


ハルは立ち上がると、キッチンに向かった。直ぐに戻ってきた彼女の手には、お皿にのせられたホールのマロンパイだった。


「うわー、どうしたのこれ」

「この前の仕事のお礼にって、ギルドの友達がくれたのよ」

「例のやつ?」

「もち!」


うきうきしながら、ハルが手早く切り分けてくれた。フォークで切り分けて口に運ぶと、サックサクに焼かれたパイ生地が軽やか。

マロングラッセとなめらかなクリームが程よい甘さに纏まっていた。

例のやつ。ハルは大分悩んでたが、上手く纏まって良かった。

まさかゼリービーンズが美味しいパイになってお返しされるとは思いもしてなかったけどさ。


………

………………。



何日か前のこと。ハルはフラスコと試験管を片手に一つずつ持った状態で悩んでいた。

うーん、と唸りながら動かない彼女の後ろ姿が気になった僕は、手のりサイズになったアズーロにこっそり問い掛けた。


「……何やってるの、あれ」

「錬金術の実験が上手くいかないようじゃなあ」


ハルがいるのは、自宅にある工房だった。錬金術に使う道具や材料を置く棚、レシピが纏められた本棚、等が整理されている。

ハルは【錬金術師】と言う職業だそうだ。

僕は錬金術って聞いて、大きな釜をかき混ぜて薬を作るお婆さんが浮かんだのだが…少し違うみたいだ。

やってる事は、こっちの化学っぽいことをしてる。薬草や薬品を混ぜて薬を作ったり、鉱石から鉄や金属を抽出したりしてるらしい。

ただ、その過程に魔法を使っているから、全てが化学の理論じゃないみたいだ。

そんなハルは、石鹸をよく作って売っているようだ。あれもざっくり言うと油と物質の化学反応だもんな。

……僕の元いた世界の錬金術も、鉄から金を作る為の研究が大本らしいし、あながち間違っちゃいないのかも。


「うう、もう!あ……二人ともいたの?」


ハルは僕らに気付くと、あからさまに驚いて顔を赤くしていた。

まあね…。少し心配になったからさ。

アズーロがハルを宥めている間に、僕はキッチンで珈琲を入れることにした。インスタントね。

人数分のマグカップに珈琲を入れて工房の椅子に座るハルに渡す。少し落ち着いたみたいだ。

そこでハルに、「悩んでるなら話を聞くよ」と言って、近くの椅子を引っ張ってきて座った。当の本人は目を見開くと、力なく笑った。最初は口ごもっていたけれど、ぽつぽつと話し出してくれた。


「私の作るポーション、飲みにくいって言われちゃって」

「薬は苦いイメージあるしな」


ハルは、そのポーションの入ったフラスコから、中身を空の容器に少し注ぐ。

爽やかな色のついた液体に見える。


「味は配慮して飲みやすくしてる。でもちょっとドロッとしてて…」


恐る恐る触ってみる。指先にぷにっとした感触が、例えるなら、スライムみたいな固さ…。


「ハル、これじゃグミでは?」

「グミっぽいのう」

「やっぱり?全然さらさらにならないの!」


しかも、何の作用でこうなってるか解らなくて!と頭を押さえてしまった。

見た目的に…知育菓子でこう言うやつ、あったような気がするんだよなあ…。練って固めてグミにするやつ。


「寒天とかで固めてキャンディみたいにしたほうがまだ…」

「ふむ。見た目を菓子にするなら、もう少し甘くしたほうがいいだろう」

「ゼリービーンズとかいいんじゃないか?」


僕とアズーロでこんなことを話し出していると、ハルは顔を上げて立ち上がった。


「んー、やってみよっか!」


少し気が晴れたようだ。もう元気を取り戻している。

ハルは、僕と違って思い切りがいい。あっちの世界でも、コイツのそんな部分に救われた時は少なくない。そう言うところが羨ましい、と素直にそう思う。


「ねえチアキ、ゼリービーンズってどんなだっけ」

「ゼリーを細長い豆の形に固めて、砂糖でコーティングしてるお菓子…」

「んー……、ああ!カラフルなやつね。チアキが小学校の時によく食べていたやつ」


そうそう、と頷く。

お互いの事は昔からよく知っている。僕は最近までハルの事をただのイマジナリーフレンドだと思ってたんだけど…

ハルは、僕が異世界の住人だと早くから気付いていたそうだ。別の世界同士の魂の似通った同士の心が繋がりを持つことは、この世界ではたまに起こる事だ。

その現象を起こした者達の事は、潜在接続者フールと呼ばれる。彼らはお互いに影響を及ぼすそうだ。


確かに、端から見たら僕たちの知っている事は、世界の常識から外れた馬鹿みたいな事なのかもしんないけども。

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ニートの僕が異世界で職探しをする! 相生 碧 @crystalspring

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