約束のパフェ
慎二が出て行った学長室に重たい空気が流れる。渚杜は何も言わずその場に立ち尽くしていた。和貴に自分が狐憑きであることを聞かれてしまった事、それを聞いた彼の反応が怖くていつものように笑うことが出来ない。和貴も渚杜へかける言葉を探していた。
「あ、えっと……。渚……」
あいつの言葉なんか気にするなよ! と言おうとして伸ばしかけた手を渚杜が振り払う。予想外の反応に和貴が目を丸くし、振り払った渚杜の目は後悔を宿していた。
「……っ、ごめん。でも、あの人の言う通り俺は九尾に呪われた狐憑きなんだ。だからこれ以上俺に関わると和貴まで悪く言われるよ」
そう言って視線を逸らす渚杜は唇をきつく噛んでいた。
「んだよそれ。今更じゃんか! 先に友達認定しておいて何言ってんだよ。だいたい俺たち三ヶ月以上一緒にいるんだぜ? なのに俺も久坂もなんともない。だから穢れることもないって俺たちが証明しているようなもんだろ? あいつの言う方がでたらめなんだよ」
それに、と和貴は続けた。
「俺は九尾の陰に会った時から知ってたよ。ごめん。盗み聞きするつもりなんてなかったんだけど、聞こえちゃってさ。それでも九尾を倒そうとするお前が俺には眩しくてカッコよく見えた」
和貴を見れば、相手は渚杜を真っ直ぐ見てニッ、と笑う。
「和貴……」
「そうだ! 気分転換にファミレス行かないか?」
「いいわね。賛成よ」
和貴の誘いに渚杜が答える前に別の声がした。声の主は綾音。いるとは思わなかった渚杜が目を丸くし、和貴が「なんでいるんだよ!?」とツッコミを入れた。
「……その、二人が心配だったから付いてきたのよ。そしたらあいつの怒鳴り声が聞こえて……盗み聞きをするつもりはなかったのだけれど、ごめんなさい」
謝罪する綾音に渚杜が静かに首を左右に振る。
「話を戻すけど、ファミレス行くのよね?」
「んん? そう、だよな? 行くよな、渚杜?」
「え? あ、う、うん?」
綾音の視線に二人は顔を見合わせる。
「丁度良かったわ。卯月、約束守ってもらうわよ。まさかあの時の約束忘れたわけじゃないでしょうね?」
「約束?」と疑問符を浮かべる渚杜に綾音が「まさか忘れたの?」と信じられない、と言わんばかりに渚杜へと詰め寄る。
「約束、約束……」
記憶を辿ろうとしている渚杜に綾音は小さな声で「まあ、そうよね……」と零す。
「久坂?」
「何でもないわ。呆れた、と言ったのよ。もう……! パフェ! これで思い出した?」
やけくそ気味に言う綾音に渚杜が「あ……」と期末試験中の事を思い出した。和貴たちの元へ向かうために悪鬼・悪霊たちを一人で引き受ける代わりにパフェを奢ると約束していた。渚杜の反応に綾音は呆れたように溜息を吐く。
「思い出してくれてよかったわ。じゃなきゃ、一人で悪鬼・悪霊たちを引き受けたの割に合わないじゃない」
(そういえば期末試験は渚杜と久坂二人だけのペアだったな。渚杜がこっちに来たってことは久坂が一人で戦ってたってことか。やっぱりこいつも強いんだよなぁ……。それにしても、久坂ってパフェが好きなのか。意外……)
和貴がジッと見つめていると綾音が「何よ?」と見た。鋭い視線に和貴は「何でもないです」慌てて首を左右に振る。
「あたしも行く!」
「主様が行くならお供いたします」
ぴょんぴょん跳ねながら挙手する黒緋と、小さく挙手する裏柳に和貴が「これは行く流れだぞ、諦めろ」と渚杜の肩を軽く叩く。キョトンとする渚杜の手を和貴と綾音が掴んで引っ張った。
「こほん。君たち、自習中という事を忘れていないかね?」
重蔵の言葉に和貴と綾音が一歩踏み出しかけた足を止めた。学長の視線に言い訳を考える二人に渚杜が声を殺しながら笑う。
「まあ、そうだなぁ。呼び出された後は解散。学長室を後にした生徒の動向は把握しておらん……、という事にしておこうか。他の生徒たちに見つからないようにな」
「ええ!? 学長がそんなこと言って……痛っ!」
「しっ! せっかく目を瞑ってくれるって言うのだから甘んじなさい。行くわよ!」
和貴のツッコミを肘鉄で黙らせた綾音に促されて二人は再び渚杜の手をギュッと握り歩き出す。その手を握り返した渚杜は重蔵へ会釈すると部屋を出て行った。二人が今までと変わらず接してくれることが嬉しくてほんの少しだけ双眸に涙を溜めた主の顔を式神二人はしっかりと見ており、顔を見合わせると互いに「良かった」と微笑み合った。
陰陽寮を出てバスに揺られること数十分。町に降りた三人はファミリーレストランに入った。平日の昼間はさすがに客足が少なめだった。店員に案内され一番奥の席へと着く。綾音と和貴が隣同士で座り、向かいに渚杜と式神たちが座る。メニュー表を眺めていた渚杜がふと、二人の名を呼んだ。顔を上げた二人の視線を受けながら渚杜は口を開く。
「あのさ、さっきはありがとう。呪いを掛けられているって知っても変わらず接してくれて。……その、嬉しかった」
照れたように微笑む渚杜に面食らった二人が目をしばたたかせて互いに顔を見合わせ、次に渚杜を見る。友人としては当然の言葉だったのだが、改めて言われると照れる。
「あ、改めて言われると照れるだろ!」
「そうよ。だいたい私は約束を守ってもらおうと思っただけなのだし」
「って言いながらどうやったら渚杜が元気になるのか考えてそうだ、痛っ! 足! ちょっ! 今、足踏んだだろう!?」
余計な一言を言う和貴の足を思いきり踏んだ綾音は涼しい顔をしながら「何か?」と圧力をかけてくる。その反応の時点で図星なのだが、当人は気付いていない。式神二人も呆れながら「今のは和貴が悪い」と深く頷く中、渚杜だけは疑問符を浮かべていた。
「あ、貴方は知らなくていい事よ。それよりも何か頼みましょう! メニュー選んで!」
「……パフェ奢るのは渚杜なんだよなぁ」
ポツリと零した和貴は綾音に睨まれて口を閉じた。何も言っていないと首を振りアピールしながらメニュー表に視線を落とした。少ししてからテーブルには昼食がてら頼んだピザやハンバーグ、日替わりランチ、パンケーキが並んでいた。
「ところでさ、久坂は渚杜の式神ズは見えるようになったのか?」
「ちょっと、食べながら喋らないでくれる? 行儀が悪いわよ」
綾音に指摘されて和貴は口を閉じた。内心、俺の母親か! とツッコミは入れていたが、口に出す勇気はない。同じく気になっていた渚杜が「俺も気になってた」と便乗する。
「見えるようになった、が正しいわね。弥生の言う通り入学してしばらくは気配は感じるけれど視認は出来なかった。見えるようになったのは、術で霊力を上げているからよ。任務をする上では支障なのだけれど、式神クラスを視ようとするならこれくらいしないと私には出来ないのよ。兄だったらこんなことしなくても視認出来るんでしょうけど……」
「マジか! 短期間で視えるようになるとかやっぱすごいな!」
「最初から視えている弥生が言うと嫌味にしか聞こえないわね」
感心した和貴に綾音はため息混じり返した。食べ終わった皿を店員が片付け、綾音の頼んだトールグラスにチョコレートムース、コーン、バナナ、チョコプリン、チョコアイス、生クリーム、チョコレートブラウニーがトッピングされたパフェが運ばれる。表情を輝かせる綾音は年相応に見える。普段の喋り方や立ち振る舞いから大人びて見えるが、アイスを口に運び、頬を緩ませる彼女は可愛らしく見えた。
「久坂はその表情の方が可愛いな」
「は!? い、いきなり何を言い出すのよ!?」
素直に感想を口にする渚杜に綾音が手を止めた。動揺する綾音の頬が赤く染まり、声が裏返っている。綾音の反応にニヤケ顔をする和貴と本音を口にしただけで深い意味がない渚杜はキョトンとしていた。
「弥生、後で覚えておきなさい」
「何で俺だけ!? 渚杜は!?」
ジト目でそう告げた綾音はパフェを食べ進めることに専念しようと決めたのか、和貴を無視してプリンを口に入れた。
食べ終わりテーブルにはコップが三つだけ残っていた。
「今さらなんだけどさ、式神ズって一般人には視えないだろ? この子たちが普通に食事していたら店員さん疑問に思わないか?」
和貴の疑問に答えたのは綾音だった。
「大丈夫よ。座る前にこのテーブルに結界を張ったから。秘咒の応用みたいなものよ。それでも視える人がいればそれは特殊な目を持つ人か、陰陽師くらいよ」
「ああ、だからここだけ他と違うように視えたのか」
「久坂、この子たちのこと気を遣ってくれてありがとう」
礼を述べた渚杜に黒緋と裏柳も同じく礼を述べる。
「べ、別にお礼を言われるほどの事はしていないわよ。……少し、他に聞かれたくない話をしたかったから結界を張ったの。だからお礼を言われるのは……」
「素直に受け取っておけよ、久坂。お前も分かってるだろ? こいつは素でこう言う事言うやつだぞ?」
「……それもそうね」
諦めたように肩を竦めた綾音はカップを手にしてカフェオレを一口飲んだ。一息ついて、カップをソーサーに置いて意を決したように渚杜を見た。
「卯月、貴方に謝らないといけないことがあるの。聞いてくれる?」
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