久坂 綾音(くさか あやね)

 「……楽に、なれたのかな?」


 渚杜の呟きに少女が「そのための死霊教化成仏だったんでしょう?」と返した。


 「君はあの人のこと何か知っていたのか?」


 少年の問いに少女は少し逡巡する。


 (彼は陰陽師で間違いない。それも高位の。でも、そんな人がこの町にいるなんて聞いてない。部外者へ聞かせてもいい情報じゃない。……けど、あの人の最後を看取ってくれた報酬は支払うべきよね)


 「いいわ。話してあげる。と言っても、私が知っている範囲だけだけど」


 「助かる。えっと」


 「久坂 綾音(くさか あやね)よ。久坂家と言えば大抵の陰陽師は何かしら反応を示すはずだけど、貴方何者よ」


 「あははは。最近ここに来たばかりの田舎者だから」


 「まあ、いいわ。彼についてだったわね」


 そう言って綾音は話しはじめた。


 男は四十代で妻と子供がいた。けれど、一年前に男が出張に行っている間に妻と子が通り魔に襲われた。出張先で聞かされた男は急いで戻ったが、二人は既に死んでいた。死因は刺殺による出血性ショック。妻は我が子を守っていたため刺し傷が多く、病院に搬送された時には既に息を引き取っていた。

 当初はニュースでも取り上げられ、二週間ほどで犯人は見つかったのだが、報道されることはなかった。犯人はとある政治家の息子であり、犯行の理由は”ただ、むしゃくしゃしていたから”だった。それを聞いた男は憤り、犯人に正当な裁きを下してほしいと警察に掛けあったが、相手は政治家の息子。権力の前には男の怒りも、嘆きも無念もすべてもみ消された。

 それでも男は諦めず何度も掛け合ったがすべて無駄に終わり、犯人はのうのうと普段通りの生活を送っている事が男の耳に入ってから男の何かが切れてしまった。正当な裁きを与えられないのなら、自分が裁きを与えようと。強い殺意が芽生えていく。殺意が恨みに、呪いに変貌していく。それを可能にしたのが陰陽師だった。


 「……」


 眉を寄せた渚杜に綾音は構わず続けた。


 「その反応だと分かっているみたいね。昔から変わらないのよね、こういうことは。化け物退治をするよりも呪殺法を教えて金を貰う陰陽師は多い。呪いを掛けるのは自分たちではないからある意味安全に金を稼げる。……ほんと、陰陽師って何なのかしら」


 自嘲気味に言う綾音に渚杜は言葉を探すが、見つからない。言葉を探している間に空いてから「続けていいかしら?」と言われて頷くと綾音は続けた。


 陰陽師から呪殺法を聞いた男は犯人へ呪殺を試みた。強い恨みから用意は周到に、そして強力な呪いを掛けた。犯人は突然苦しみ病院に搬送。処置を受けるも、疾患は特定されず入院することになった。どんなに検査を行っても疾患が見つからず入院しているにも関わらず衰弱していく息子を案じた件の政治家が頼ったのが陰陽師である久坂家。久坂家の陰陽師が男を診てすぐに呪詛を掛けられていることに気付き呪詛返しを行った。呪詛の痕跡を辿り、呪詛を掛けた男の元へ駆けつけると男は呪詛返しにより瀕死の状態でうわ言のように家族を殺した犯人への恨みを零していた。強い呪いに対して呪詛返しをすればその反動も大きい。男は間もなく死亡し、それを久坂家で看取った。


 「看取った後、死人になってまで呪い続けるなんてね……私たちの考えの甘さが招いたことよ。でも、呪いを集めて化け物になったら今の陰陽師たちは臆病者が多いから対処することから逃げるの。……陰陽師として恥ずかしい限りよ」


 「そっか。そんなことがあったんだ……。家族を奪われた悲しみと犯人への恨み、か。この人泣いていたんだ。姿が変わる前にさ。助けを求めるように。俺は祓う事しか、死霊教化成仏を唱えることしか出来ない。例え成仏出来ても家族の元に行ける保証は出来ない」


 「そんなの当たり前でしょう」


 「……そう、だよな」


 「でも、放置していれば彼は完全に理性を喰われていた。そうしたら本物の化け物になる。貴方も気付いていたでしょう。彼には九尾の呪いが混じっていたことくらい。あれは餌なの。九尾は十年前に負った怪我を回復させるためにいくつもの呪い、私たちはそれを陰と呼んでいるわ。陰を生み出してこの町に放っている。陰は強い恨みに引き寄せられて集まり、相手を喰らうの。そして化け物に変貌し恨みを晴らすまで暴れ続ける」


 顔を上げ、綾音を凝視する渚杜に少女は拳をギュッときつく握りしめた。


 「恨みと恐怖心を集めた陰はやがて主の元へ戻り九尾の養分となる。その前に倒さなければ九尾は力を取り戻し再びこの地に姿を現すわ。悲しいことにそれを率先してやる人材は少ないのが現状よ。久坂家も弥生家も篠宮家も皆、力は衰え臆病になっていった」


 渚杜が綾音へ何かを言おうと口を開きかけたところで彼女のスマートフォンが鳴った。電話に出ると少女は「分かったわよ! 戻ればいいんでしょ!」と声を荒げ、スマートフォンの画面をタップした。


 「貴方はこの町にいるのよね? お互い陰陽師なんだからまたどこかで会うかもね。その時は同じ獲物を狙うライバルになるか、味方になるか分からないけれど……」


 そう言い残して綾音は去っていく。遠ざかる少女の背中を見送りながら渚杜は「九尾の呪い、か……」と零した。

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