狐憑き陰陽師

秋月昊

序章 

 灰色の空の下、祭殿の中央に生贄として捧げられた少年。左右に松明が二本。少し離れたところには上質な狩衣を着た陰陽師たち。今から始まるのは怨霊を鎮めるための儀式。


(ごめん。……ごめんね。約束を守れなくて。ごめん……)


 死ぬ間際に思い起こすのは温もりと、思い出と、そして……愛しさ。視界が滲む。泣かないと決めていたのに、自然と溢れる涙を止めるが出来ず、せめて零れないようにと上を向いた瞬間、左右で燃えていた松明が消えた。ドロリ、とした感覚が肌を撫でる。現れた怨霊を鎮めるための祝詞を陰陽師たちが唱え始めた。が、


――無駄だ


 声が脳に直接届いたと思った時には遅かった。少年の耳に届いたのは陰陽師たちの悲鳴。数名いた陰陽師たちは一瞬にして怨霊に殺された。白い雪の上に鮮血が飛ぶ。形を持たない怨霊は黒い陰のようだ。怨霊は最後に残った少年の元に近づくと陰を鋭くしてその体を容赦なく貫いた。


 祭殿の中央に倒れた少年の上に雪が積もっていく。少年を探していた女が見つけて駆け寄り抱き起すも、少年の体は既に冷たくなっていた。目の前の現実を受け入れることを拒否している。何度も名前を呼んでいるが、動かない。


 「あ、ああ……! あああああ!」


 言葉にならない声を上げながら泣き叫ぶ。何故、この子が死ななければならないのか。この子が何をしたというのか。自らの腕(かいな)に抱いて力を込める。昨日まで笑っていた少年は何も語らない。


 「もう、話を聞いてくれないのか? もう……触れてくれないのか……その声で名を呼んで、くれないの……か。約束……したではないか」


 頬を伝い流れた涙が冷たい肌に一粒、一粒と落ちていく。止まらない涙と胸の奥から湧き上がる憎悪。誰だ、この子を殺したのは。涙に濡れた瞳で睨んだ先にいるのは既に絶命している男たち。ここで何らかの儀式が行われ、少年が生贄として捧げられたが失敗したのだろうと女は推測する。冷静に推測する一方で、感情は、少年を殺された恨みは膨らむ一方。女の背後に二本の尾が現れる。


 「……っ、許さん。絶対に許さんぞ……! 人間ども!」


 そう告げた刹那、忍び寄っていた黒い陰が背後から覆い被さった。陰は女の全身を覆い、纏わりつく。


 「なんだこれは!? 離せ! 私に触れるな!」


 抵抗する身体に陰は腕、顔、腰と侵食を始める。反動で少年の体が雪の上へ落ちた。少年へと手を伸ばそうとするが、陰はそれを許さないと言わんばかりに腕を締め上げた。


 「くっ! や、めろ! ああ、……あああああ!」


 ――ああ、これは良い。心地良い恨みが満ちている……この身体もらうぞ


 声が直接脳へと届いた。抵抗する間もなく闇に呑まれる。女に化けていた狐の霊力が変質し妖力へと変わる。それは増していき二本だった尾が裂けて九本に成った。だらりと力なく両腕を下げていた女は突然肩を震わせ始める。


 「ク、ククク、カカカ! あははは! いい、この身体、我に馴染む……」


 灰色の空から一転。空が暗く染まる。その中で九尾の狐は真紅の瞳を細めて嗤った。

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