第25話「第一回義兄妹会議」


「うぉ~~、こりゃ旨そうだなぁ!」

「お父さん食べ過ぎぃ~~」

「良いだろぉ? 今日は俺が車出してるんだから酒の代わりに甘いものが食いたいんだよ!」

「えへへぇ、啓二さんすっごくかわいいですねぇ」

「あぁあぁ、沙苗さんにお酒ばっかり飲ませてるからぁ」


 ——と会話を聞けばわかると思うが俺ら家族の席は色々とてんやわんやだった。そんな中、俺と時雨はタイミングを見計らいアイコンタクトで店の外にやってきた。


 先に時雨に行ってもらい、俺がドリンクバーをおかわりすると言って店の外に出ると時雨はレストランの薄暗い照明が当たる壁に寄りかかって待っていた。


「ごめん、待った?」

「待ったわよ……もぅ」


 少し歯切れが悪そうに答える時雨。

 弄っていたスマホをポケットに入れるのを見て俺は隣に寄りかかった。


「ち、近いわよ」

「近いっていつもこのくらいじゃなかったか? ご飯食べるとき」

「そ、それはそれよ」


 いつもとは少し尖った姿に驚きつつも表情を見ると、案の定時雨の頬は赤くなっていた。


 今までのツンツンしていたところと少し違うというか、甘みも混じったツンツン具合と言ったらいいか。


 あまり見ない姿には少しだけ緊張してしまう。


 まぁでも、思えば――俺と時雨は今や義兄妹になったも同然なんだもんな。そりゃドキドキするよな。俺も正直なところ、どうすればいいのか分からないし。


「それで――どうする?」


 もとより話そうと思っていたはずなのに、俺が訊くと空気は若干重くなった。

 隣の時雨の表情は言わずもがな。いつものムスッとした感じではなく、困った様な崩れた印象を受ける。


 無論、聞いた俺もどうすればいいかなど分からなかった。


「それ……私に聞くの?」

「まぁ。だって俺と時雨の関係だし。この状況を他人に言うわけにはいかないだろ」

「……正論ムカつくんだけど」

「それは自覚してるよ。実際、俺もどうすればいいか分からないんだ」

「最初から、そう言いなさい」

「ははっ、ごめん」


 静寂が訪れる。

 しかし、すぐに時雨は呟いた。


「だいたい、何よ。お義母さんって……馬鹿じゃないのっ」



 すると、急にムスッとしていた顔を崩して吐き出す様に笑い出した。

 唐突な笑い声に驚いたが、馬鹿にされている気がして言い返す。


「し、仕方ないだろうが——だいたい、あんなこと言われるとは思っていなかったし。姉さんだっているともう自制が効かないんだよ」

「っぷ。あ、案外――可愛いのがちょっと面白くて……なんか馬鹿みたいでっ」

「ば、馬鹿って言うな! てか、急に笑うんじゃねえよ、どうするって話は結局――」

「時雨さんって……ぷぷっ! いつもは呼び捨てのくせに呼び捨て無理とかっ」


 クスクスと肩を小刻みに揺らしながら笑い始める時雨に俺は内心驚いていた。

 さっきまでそんなの知らないと怒っているように見えたがどうやらそういうわけではなかったらしい。


 まぁ、それでもいい気分ではないけどな。

 せっかくだ。ここまで馬鹿にされるものなら俺だって言い返してやる。


「それを言うなら時雨の方だって、何が啓二さんだよ! だいたい、親父も年頃な女子高生に言われて嬉しそうだったし、それに対してさらに赤くなる時雨も時雨だよ!」

「それは——だ、だって。なんかお父さんって呼ぶのは気恥ずかしかったって言うか!」

「どうせ俺の子と笑った手前にそう言えなかっただけだろうがっ」

「そ、それを言うならぁ~~」

「んだとぉ~~!」


 とお互いにヒートアップして、目が合った。

 すると、なぜだか分からないけど、俺も時雨も飽きてしまってお互いを睨むのをやめて壁に体重を預けた。


 そうして――


「——っぷぷ」

「ははっっ——」


 同時に噴き出してしまった。


「な、なんで——笑ってるんだよ」

「あ、あんたも――ていうか、雄太笑いすぎなんだけどっ」

「お、お前――時雨の方が笑ってるって」

「んなわけないってっぷぷ」


 おかしくておかしくて腹を抱えて笑い出してしまった。

 ブハハと堪え切れず数分と笑い続けてようやく落ち着いてくる。隣でクスクスと笑い合うのは久々で少しだけ不思議に思えた。


「はぁ——おかしいぃ」

「んと、困ったぜ」


 はぁ——と音ついて一服。

 笑い合って落ち着くとなんか冷静になれた気がした。


「どうするも何も、二人の仲を尊重するに決まってるでしょ」

「まぁ、それは違いないな」

「うん。だから、この関係は2人だけの秘密にするわ」

「あぁ。分かったよ」


 お互いに一致する。

 以外にも考えがあっていたのはこれまた面白くて再び吹き出しそうになってしまった。


「——っあ。そうだ。弁当とはどうするんだ?」

「ん。そうね……でも私たちまだ一緒に住むわけじゃないし大丈夫じゃないの?」

「いやぁ、怪しまれないか?」

「それは、まぁ。あ、でもそれなら仲良くするためって言えばいいんじゃないの?」

「仲良く……それも一理あるな。安心させるなら行動で示すのが一番いいか」

「えぇ」

「じゃあ、そうするか」


 そうして俺たち二人の方向性が決まって、波瀾の展開に栞を挟む算段がついたのだった。










「あら、二人でどこに行ってたの?」

「ドリンクバーの帰りに会ったから一緒に戻ってきただけですよ。沙苗さん」

「うん。たまたまだよ、ママ」


 不愛想に答える時雨に少し苦笑しながらも、沙苗さんは肩を撫でおろして呟いた。


「そっかぁ、よかった。私なんか心配しちゃって……裏で嫌気がさして逃げちゃったのかと」

「ははは、さすがにそんなことしないですよ」

「ママ、それは少し失礼なんじゃない?」

「そ、そうね。うん。ありがとう。二人とも仲良くしてくれて……」


 元恋人を見て逃げるのは良い判断かもしれないが歪んだ関係になってしまった今逃げ出せるわけもない。


 苦笑しつつ、沙苗さんの悲壮感を漂わせた表情は何とも言えないものだった。

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