第22話「不覚のヒロイン襲来」


 そんなこんなで烏目家の中で再婚についての話が一気に決まっていきあっという間にゴールデンウィーク前の週まで時が進む。


 その間俺と時雨の関係に何か大きな信頼があったわけでもないのだが、これから起きることも知らずに呑気に「なんとかなるかな」なんて考えていた。





 そんなある日の出来事だった。


 新しい家族ができるということで汚いところを家族総出で掃除していたんだが、途中でクラフトテープや雑巾など掃除用具が足りなくなったのに気づき買い出しを頼まれて近所にある100均までいき、買い物を終えて帰っている最中、俺はとある少女を見つけた。


 雨が降りしきる中、公園のブランコに一人でに座っている少女。果たして少女なのか、やや疑問だがおそらく小学校高学年か、中学生くらいの年齢だと思う。


 長く綺麗な黒髪が雨でべしょべしょになり、濡れた服が肌にべったりと密着していて幼いながらもしっかりしていた胸を支えるあの器具の線が浮き出ていて、少々目のやり場に困ったがさすがにあの格好でこの場にいるのも危ない気がして声を掛けてみることにした。


「ね、ねぇ、君。大丈夫?」

「……ん」


 正直なところ、年下になんて話しかければいいか分からない俺は「君」と「ねえ」と「大丈夫?」というあからさまに不審者みたいな声の掛け方をしてしまった。


 思うと同時に俺の方に視線を合わせる彼女。

 綺麗な黒の瞳がギリギリと睨みつけてくる。


 何この子怖い。もしかして今の小中学生って皆不良が多いのかな。

 姉しかいないから分からんけど、そうなのか?


 しかしまぁ、終始無言の少女。

 声を掛けたしまったせいで何も帰ってこなくてもこんなところで身を引くわけにもいかず、上着を脱いで彼女に掛けることにした。


「ほ、ほら、風邪ひくよ。俺のパーカー」


 抵抗はしない。

 少し驚いたのか目をやや見開くだけで、少女はされるがままだった。


 さすがにパーカーを掛けるだけなのもおかしい気がして、傘を差しだす。相合傘になってしまうが——別に子供相手に邪な思いは抱かない。


 と胸に刻みながらも結構可愛い少女に心臓をバクバクさせながら傘を差しだした。


「別に私、頼んでないんだけど」


 驚いた瞳はすぐに鋭くなりギロリとこっちを睨みつけた。心の中の俺が何歩も退いて逃げる中、本当の俺はお返しにきらりとした目で見つめ返す。


「風邪ひいたから困るからな。頼んでる頼んでない以前に俺が好きでやってるんだ」

「……余計なお世話よ」


 おう、さすが今どきの小中学生。

 言葉にバラのような鋭さがあるな。怖い怖い。


 ただ、俺は高校生。

 さすがにここまで言われて怯むような歳ではないのだ。


 

「余計なお世話って言うのはヒーローの本質だからな」


 キリッ☆

 こんな言葉年下以外に使えないけど、案外いいな、使ってみるのも。


「何それ、お兄さんヒーローなの?」


 あれ、案外信じてる?

 それならば――


「あぁ、俺はヒーローだ。正確にはヒーローを目指している学生でもある。ヒーローアシスタントってやつかな。あ、ちなみに好きな仮面ライダーはカブトだな」


「へぇ、中二病なんですね。お兄さん」


「んぐっ⁉ し、信じてたんだじゃないの⁉」


「信じるわけないじゃないですか。馬鹿なんですか、お兄さん」

「ば、馬鹿……これでも委員長してるのに」

「馬鹿な学校のですね、さすがですね~~」


 苦笑い。いや、嘲笑か。

 てかなんか全然純粋じゃないぞこの子。


「……一応、中央高校なんだけど」

「……嘘、ですか?」

「お、おい。学歴で決めるなよ、なんで急に目が輝いてる」

「んぐっ、べ、別に違います」

「図星か」

「違います! っていうか、何なんですか、いきなりパーカーと傘差し出してきて、怖いんですけど誘拐ですか誘拐なんですね?」

「んなわけあるか……ただ公園の横歩いていたら見かけただけだよ。さすがにほっとくわけにもいかないし、ほら、服も透けてて危ないかなって思ったからさ」

「……変態ってわけですか」

「だから違う!」


 形勢逆転、攻守交替。

 なんか変にかみ合わなくて不思議な気分だ。


「んで、それだ。こんなところで何してるんだよ、少女」

「少女? なんかきもいです」

「じゃ、じゃあ名前は?」

「名前を名乗ってほしいなら自分から名乗ってみたらどうですかね」


 ……さすがに生意気すぎるなこいつ。

 可愛いから許されてるけど、さすがに目上の人に配慮が足りないんじゃないか?


 まぁ小中学生に言うことじゃないかもだけどさ。


「はぁ、分かったよ。俺は烏目雄太だ。中央高校で2年してるな。んで君は」

「私は、吉岡香苗よしおかかなえ。中学2年生」

「ほ、ほう。香苗か。いい名前だな」

「誘ってるんですか」

「んなわけあるかっ。中学生は対象外だよ」

「ふーん」

「んで、香苗ちゃんはどうしてこんなところに? 部活とかやってないの?」

「——私は学校には行ってないですよ」

「へ、へぇ」


 不登校。

 ちょっと触れてはいけないことに触れてしまった気がして口ごもる。しかし、彼女は特に何か言うわけでもなく淡々と言ってきた。


「去年、いじめられたら行ってないの。まぁ、あんな低能たちと一緒の学校痛くないし、自分で勉強して中央高校行こうと思ってるの」

「お、おぉ、それはすごいな」

「うん。それがでも、最近両親がそろそろ学校に行くのどうだって言ってきて嫌になってここで雨浴びてるわけ」


 軽い気持ちで聞いたのだが香苗が言い出したことはかなり重いものだった。

 なんていいか分からなくなり、しどろもどろで「あーっと」とか「えーっと」とか言っていると冷静な目つきで指摘する。


「——ヒーローもあたふたするのね」


 皮肉込みの目。

 胸に刺さるが俺も俺で開き直って投げかける。


「悪かったな、弱いヒーローで」


 すると、目を見開いてくすりと笑みを浮かべる。


「なんか、急に開き直ってる……」

「不完全だからな、ヒーローも」

「そう、なんですねっ」


 いい笑顔。

 不意に浮かべた笑みはとても似合っていた。


 機嫌がよくなったのか、香苗は立ち上がり俺の傘の下に入ってこう言った。


「じゃあ、帰る」

「お、おぉ。行くか」








「んでよ、偶然も偶然だけど、香苗って隣だったんだな」

「昨日、越してきたから」

「声もでんな……」


 どうやら俺の日常は壊れつつあるようです。

 

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