第21話「なんか、そうだね奇遇だな」


 昨夜、夜に来た久々のランチタイムのお誘いに少しだけテンションを上げながら今日も今日とていつものように高校へ登校した。


 すれ違う小学生や会社員、そして中学生や大学生。

 みんな欠伸をしてやや退屈そうに歩いていく中で俺だけが陽気だった――気がした。


 まさか、自分は中二病でも再発したんじゃないのかななんて感じたくらい。しかし、そのくらい気分は晴れていた。


 何もないながらに、それでいて時雨との仲は良好。

 彼女のイラスト家業を応援するという建前も手に入った。


 いや、別に建前じゃないか。


 本心で思っているし、本音の建前という矛盾を孕んでいる気がするがその表現が一番正しいと言える。


 春が終わり、夏がやってくる。

 そんな季節感に胸躍らせながら、今年の夏こそは良いものになるのかもしれないと俺は思いを馳せていた。


 何か不安なことがあるとするならば一つだけ。


 親父の再婚だ。


 再婚には全く反対じゃないし、おれとしても本当の意味での母親ができるのは嬉しいくらいなのだが、親父の話ではその義母になる人に連れ子がいるらしい。


 歳は俺と同じ16歳。


 そろそろ誕生日らしく、俺とほぼ一緒で女の子。知らない女の子といきなり家族ってなかなかにして不安だし、仲良くなれるのか、何より血のつながっていない女の子の事を好きになってしまわないかとか。簡単にはならないと思うけど、人は絶対に間違える生き物だ。


 そう言う意味でしっかりと家族をこなせるのかが少し不安だ。


 ただまぁ、今の気持ちとしてはだ。

 家族のことを好きにはならないと思っている。いや、その確信がある


 不安だけど、お互い様だし、そう言う時こそ堂々といこう。


 俺には時雨がいるんだ。もう一度付き合いたいと思える女の子がいるんだから、今更他の子を好きになることなんてできない。


 いい兄さんになって、家族として楽しんでいけばいい。


 そう考えれば不安も多少なくなる。


 いつも通り、楽しんでいこうぜ!






 気分上々。

 そんな俺は今後、この一週間で起きる神様のいたずらを知らない。


 今日、この日、異変に気付けていたら多少は変わっていたのかもしれないって言うのに。









 4限目が終わり、俺は五郎と相沢さんに一言告げてから隣に座っている時雨に声を掛けて一緒に教室を出た。


「よし、食べるか」

「うんっ」

 

 いつもの屋上前の階段に座って受け取った弁当を開く。これも見慣れた光景だがやっぱり弁当の中身は洗練されていた。最初に食べた時は西洋風だったが今日は日本風。鮭の切り身に一面に張られた海苔ときんぴらごぼう。日本人ならば誰もが好きなソウルフードのり弁だった。


「おぉ、のり弁かぁ~~!」

「安かったからね……」

「え、もしかしてお金足りてない?」

「そう言うわけじゃないけど、いっつもギリギリを使ってたから」


 実は言っていなかったが俺はしっかりと時雨にお金を渡している。お互いに折半してやりくりしてもらっているがお釣りくらいなら弁当を作ってくれている代金として受け取ってほしい。


「まぁ、気にしなくてもいいよ。面倒だったら簡単なやつでもいいしさ」

「え、うん……」


 俺の言葉に時雨は頷きながらも少し曇った表情を見せた。俯いて、俺が食べ始めている弁当とほぼ同じものを見つめていて、何か言いたげだった。


 思えば、今日の時雨は少しだけおかしかった気がしなくもない。授業中はうわの空だし、浮かれているというよりも何かを心配しているというかそんな雰囲気が感じ取れた。


 それが朝からずっと。時雨も時雨でパッとしていなさそうだったので俺はせっかくの時間を使って聞いてみることにした。


「なぁ、昨日食べようって誘ってくれたけど……やっぱりなんかあったのか?」

「——ま、まぁ、うん」


 やっぱり、図星か。

 時雨が悩むときは顔に出る。悩まない時もそうなんだけど、時雨は基本的に喜怒哀楽が顔に出るし、こういうときは本当にありがたい。


 とはいえ、この感じじゃ哀寄りかな。

 不安を抱えているように見える。


「別に話せないなら言わなくてもいいし、無理強いはしないけどさ」

「いや、その違くて、私も今日はその相談しに来たの」

「相談?」

「うん。ちょっといきなり過ぎて心が準備で来てなくてね。怖いって言うか」

「心の準備……怖い?」


 ってことは、え⁉

 まさかあれか⁉


「——こ、告白されたのか⁉」

「違うわよ!! そ、そんなわけないでしょっ」


 焦って言葉にしてしまったがそれはすぐさま否定された。やや真っ赤になった頬を隠す様に時雨は顔を両手で抑える。


「あ、あぁ、なんだ。そうだったのかぁ」

「な、なんだと思ってるのよ。別にそんなことされないし」

「いやぁ、だって時雨可愛いし、ほらフリーだから狙われてるだろ? 絶対よ」

「か、かわ……ぅ、ぅるさいわねっ」

「事実だよ?」

「っ黙れ!」


 バシッと一発、時雨の平手打ちが俺の脇腹を刺した。


「んぐふっ⁉」


 意外と痛い一発にやられていると時雨が高ぶった声で言ってきた。


「何言ってるの! も、もう、雄太がそんなんだから私は困ってるって言うのにさ!」

「……いだぃ」

「自業自得ね! ってこんなことを言いに来たわけじゃないし! んもぉ、なんでこんな話になってるのよ……」

「……いや、それは時雨が意味深なこと言うからじゃないかぁ」

「勝手に解釈したのは雄太の方でしょ。違うから、最後まで聞いてからにして」


 照れているのか怒っているのかいつも通りのツンツン時雨さんは今日も健在のようだ。

 というわけで、色々と話して落ち着かせながら本題の話になった。


「再婚?」


 その言葉にビクッとしたが、まさかな——と思って俺はスルーした。


「うん、そうなの。ママが最近、いい人を見つけたらしくて、再婚したいって考えてるって言ってたのよ」

「へぇ~~そりゃすげえ」

「何が凄いのよ……私にとっては色々準備がぁ」

「あぁ、そりゃそうかもだけどさ、俺が言ってるのはそう言うことじゃなくてさ」

「ど、どういうことよ」


 ややジト目を向けてくる時雨に対して俺も言い返す。


「実はな、俺も親父が再婚するみたいなんだ」

「えっ、そうなの⁉」

「うん。なんか急に言われてな。すぐに越してくるわけじゃあないんだけど同い年の妹ができるって姉さんと話になって色々とドキドキしてるっつーかさ」

「へ、へぇ……妹」

「時雨はないのか?」

「わ、私は……そうね、たしか弟がいるってだけ」

「一緒だな。お互いにお姉さんお兄さんになるわけか」

「そ、そうなるわね……って、雄太はどうしてそんな平気なのよ」

「不安っちゃ不安だけど。別に家族になるわけで赤の他人と一緒に住むわけじゃないじゃん? こう、家族として住んでいくことになるんだし、緊張するけど何とかなるだろって思ってな」


 そう言うと何かハッとした表情で固まる。

 何か悪いこと言ったかなと不安になったが、そんなこと気にせずに時雨はバクバクと弁当を食べだした。


「お、おい、大丈夫か?」

「はひほほふ!!!!」


 どうやら俺は時雨の奥底に潜む変なスイッチを押してしまったようだった。

 

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