第20話「もしも私に弟ができたなら」
その夜、私は重ね重ねで起きてしまった出来事に頭を混乱させてしまい結果的にとった行動は有紗への電話だった。
『うんうん、それでそれで~~うん。別にデート自体は上手くいったとぉ~~』
「そうなんだけどさ、そっちはうん。まぁどうでもよくって……いやどうでもよくないし私としては完璧に重要というかって感じで考えなくちゃいけないんだけどさっ」
『重要だけど、他にもっと重要なことがあると?』
「そうそう! それよそれ! ——って何を渡し嬉しがってるのぉ。ヤバいのにぃ~~ただでさえやばいのに何を呑気なこと言っているのよぉ~~」
『時雨、あんた今日情緒が不安定すぎるわよぉ? もっとまとめてから話してくれる?』
「だって……だってぇ」
『いやまぁ、なんか起きたんでしょ? その、結構言えない事がさ? それはわかってるけど、私にそれを言ってどうかしてもらいたいわけ?』
「うぅ~~そんなのただ聞いてほしいだけに決まってるじゃん! 話せる人他にいないし」
『それこそ愛しの雄太くんに聞いてもらえばいいでしょ~~。私だったら真っ先に仁志田君だもんね~~』
「べ、別に雄太とはそう言う……じゃないけど。その、いえ、言えないよぉ、さすがに」
『んもぉ、じゃあ何があったの? 実際さ、そのヤバいことって言うのは?』
有紗は私の涙声にはぁと呆れ交じりに訊いてくる。
どうせ何もわかってないんじゃないか、そう思いながらも言わないと始まらない。
まぁ、親友の有紗ならギリギリ話してもいいかな。そう思って、私はぼそぼそッと口にした。
「実は……私のママが、再婚するって」
『再婚かぁ、へぇ、良かったじゃん』
「そんなぁ、良くないよ! 他人事みたいに言わないで!」
『いやぁ、良いことでしょ? 別に他人の家庭事情に口出すわけじゃないけどさ、ほら、お母さんにもいい人見つかったってことでしょ?』
「そ、それはそうだけど……でもぉ」
勿論、有紗が言うように私だってママが再婚すると言うのは反対しないし、新しいパパができるのも嫌って言うわけじゃない。これでも大人になったし、親の幸せまで奪おうとなんか考えていない。
でも、そこじゃない。
私はそこに心配しているわけじゃない。
『でも何よ? なんか裏でもあるの?』
「裏じゃないけど……その、兄弟ができるって言われたの」
『兄弟? ってことは——じゃあ弟?』
「そう」
『まぁ、それはそれでいいとして……なんか問題があるの?』
「あるよ! 有紗、歳が離れた弟だと思ってない?」
『え、まぁ、うん。そうだけど、違うの?』
「違うわよ……」
『え、じゃあ何歳なの?』
「16歳、そして同じ学年。少し遠い所に住んでるらしいんだけどさ、ママってばすぐに引っ越す気でいて……その一緒に住むまではその人の家の前にあるアパートに越す予定で……私、そのどうしようって!」
『あぁ、雄太くんとのねぇ~~それでぇ~~』
「私はそんな呑気じゃないもん! だって、これじゃあせっかく取り繕えた雄太との仲もどうなるか……っ」
そう、これは現実。
この世界で体験したことないような、同じ学年の弟ができるという状況。正直、先輩がいるなら今すぐにでも召喚したいくらい何をすればいいか分からない。
だいたい、お姉ちゃんになることだってできないし、家族になったとしてもそれは形式上出会って実際には血が繋がっていないためにあらぬことが起きる可能性だってある。
私だって恋をしているから分かる。
人は人を唐突に好きになるものなのだから。私がその人を好きになることは今は無くても、その弟が姉である私を好きになる可能性は大いにある。
だからと言って彼氏がいるかとか聞けるわけがない。
そう、私は今、控えめに言っても恋愛史上ヤバい状況にいるのだ。
「怖いし……不安だし……」
『うーん、そうねぇ』
不安どころの話じゃない。
どうすればいいかに分からない上に恐怖だってある。
ふつうに知らない男の子と同じ屋根の下で暮らしていけるのかという不安。
その単純な不安い合わせて、雄太との関係だってあるし、唯一の癒しなのは私よりも年上の義姉も出来るということくらいだ。パパとは仲良くできるし、姉は大丈夫だとして……やっぱり懸念は弟。
義弟。
そしてその響きが私が参考に、あくまでも参考に読んでいる同人誌のビビッとくるような謳い文句に聞こえてきて興奮も収まらない。
変態で不安で、もう頭の中はぐっちゃぐちゃだった。
きっと、そんな話がなければただ今日の反省会をしていただけだろうに——帰ってきたら帰ってきたらでちょっと汗ばんだママからそんなこと告げられるし、ついてなさすぎるんだ。
「はぁ」
電話越しで溜息を吐くと、数秒程してから返答が返ってくる。
『それなら、いっそのことさ。烏目君に相談してみたらどう?』
「え——」
『うん、困ってるときこそ頼ってみるとか効果的なんじゃないのかなって思うんだけど』
何気ない言葉に私はハッとした。
確かに、その手があったか。不意に納得してしまった。雄太と付き合いたい私にとって、秘密を共有して雄太にも特別な気分になってもらいつつ、親密な関係を保ち、さらにそこからあなたにしか――そんな態度をとる。
完璧だ!
これならいける!
「確かに!!!」
ぶつりとスマホを切って、私はすぐに雄太にラインを送った。
『明日、また昼一緒に食べない?』
すぐに既読が付き、返信がくる。
『いいよ。じゃあよろしくな』
そうして、始まる秘密の打ち明け。
——しかし、私は知らない。
この異変がすべて……一言一句のすべてが私たちに振ってかかってくるということを。
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