第13話「時雨、さすがに趣味が悪いと思うよ」


「よろしくね」

「お、おう」


 重なる手と手。

 温かい彼女の手が俺の手に包まれる。


 柔らかくて優しい手触りのそれを見て俺はグググっと何か来るものがあった。






 あれは一時間前。


 俺が不覚にも時雨の部屋の見てはいけないものをピンポイントで引き当ててしまい、発狂した時雨をなんとか収めている時の事だった。


「まぁ、うん……こういうこともあるよなぁ? だから、うん、大丈夫だ。俺は引いたりはしない! 安心してくれ!」

「全然慰めになってないわよ……うぅ」

「あ、あぁ――すまん。いや、だってまさかあんな場所にあるとは思わないじゃん? もっとこう、タンスの奥にあるものだと」

「だって、忘れてたし。あそこにあるの」

「いや、途中でそこはやめてって叫んでたじゃん」

「あの時に思い出したの!」

「っわ、悪かったよ。そこまで怒らないでくれよ」

「怒るわよ! てか何で私が怒ってるのよ!」


 自分で言ってきたくせにと思いながらも、俺も紛いなりに時雨の気持ちはわかっているつもりだった。


 匂いを嗅いでたあの日の事も、今日の同人誌の事も毎度の事時雨ばっかりに恥ずかしいことさせてしまっている自覚はある。


 別に俺に悪気があるわけでもないがそれにしても連続しすぎてる気がするし、良くないとは理解している。


 時雨は恥ずかしさマックスの真っ赤な顔を両手で覆って、地面をひたすら見つめていた。


「——悪かったよ。まじで、ごめん。ほんとに気にしてないから、いや気にしてないわけじゃないけど——こう、安心したって言うか」

「安心って何がよ。こんなエロ同人誌持ってるのがってこと?」

「い、いやぁ、そう言うわけではないけど、なんかちゃんとそう言う欲求があるんだなぁと」

「舐めてるの? 舐めてるのね?」

「いやいやいや!!! そういうわけじゃない、いいからその手に持ってる『まん〇タイムびらびら』持って殴りかかろうとするんじゃない!!」

「声に出して読むなぁぁ!!!」

「ちょ待てっ、こっち来たらやばっ――」

「うるさいうるさいうるさっ——」


 ドガっ。


 殴りかかってくる時雨から逃げるようにソファーの端に寄ったが手元に何もなく転げ落ちてしまった。


「たたた……って、しぐれ?」

「っぅぅぅ……ぁ、ぃ」


 ソファーとテーブルの間。

 挟まる様に仰向けで落ちた俺の上に時雨の胸元がこんにちは。

 まさに、距離にして数センチ。


 今にもキスしてしまってもおかしくない距離感に俺たちは固まった。


 真っ赤な顔で震える時雨に、ゴクリと生唾を飲みながら目を瞑る。


 やばい、くる。

 時雨の渾身のツンデレパンチが炸裂する。


 歯を食いしばって待っていると、ポコッと一発弱弱しい拳が頭上に落ちてきた。


「んっ……あ、あれ」

「な、何目瞑ってるのよ」

「え、いや、てっきり殴られるのかと」

「殴らないわよ……別に」

「いや、さっき殴ろうとしてたじゃん」

「それはそれ! これは、これよ」


 恥じらいながら立ち上がる時雨、顔は真っ赤だったが何事もなかったかのようにソファーに座ると続けてこんなことを言ってきた。


「馬鹿にしてるでしょ……」

「い、いや、別に馬鹿にはしてない」

「ほんとに?」

「あぁ、もちろん。嘘はつかない」

「そ、そうね。雄太が私についた嘘は一回だけだわよね」


 必死で頷くと分かってくれたようで、うなだれた声が少し高くなった。

 まぁ、ただ一つ、言わせてもらえるとするなら——俺は現在進行形で時雨に対して嘘をつき続けている。


『そうかよ! もういいよ、なんか冷めたわ。別に好きじゃないし、別れよ』


 たった一月前の俺はカッコつけてそんなことを言ってしまっていた。こんなのあからさまな嘘だ。


 あってはならない言葉を付け加えてしまった。時雨に対してどんな言葉を投げかければムカつくのかを無意識に考えていた。


 だから俺は時雨に対して二回嘘をついている。


 時雨は俺の気持ちを知らないんだ。


「そのさ、私イラストレーターになりたいんだよね。だから、こういうのを買ったの」

「そうなのか?」

「うん。この前、SNS見てたらちょっと、その……え、えっちなやつ上げてるアカウント見つけて……なんか、共感したと言うか、その――自分もこう言うことしたいなって」

「あぁ」

「だから参考に買ったって言うか、ね」

「ま、まぁ。それにしては性癖混み混みだったけどな」

「うるさいし、それは良いでしょ。全部好きな先生の作品なんだから」

「言われてみればそうなのか」


 目をやると確かに作者は有名な人ばかりだった。

 

「こんな話、雄太にしか言わないからね?」

「あ、あぁ、分かってるよ。そのくらい」

「なら、いいんだけど」


 そう言いながらもまだ小刻みに震えている。

 恥ずかしさからなのか、不甲斐なさからなのか。正直なところ、時雨は少し天然なところもあるし、驚きはしたが普通なくらいだ。


 別にそこまで落ち込まなくていいのになと思いながらも、しっかりと打ち明けてくれたことは地味に嬉しかった。


「それじゃあさ」


 嬉しさには嬉しさで、恩には恩で。

 今まで至れり尽くされりだったからとふと思いついた言葉をそのまま投げかけることにした。


「ん?」

「時雨の夢、応援させてくれよ」

「おうえん?」

「そうだ、応援。俺も一応美術部やってたんだ。せっかくなら時雨の作品とか、ほら、その白い紙に書かれてるやつさ。結構うまくできてると思うしSNSで投稿した方がいいかもだろ?」

「いや、でもまだ……うまくないし」

「優秀賞取ってるやつが何言ってんだよ。十分上手いし、最初は皆ゼロからのスタートだろ?」

「だけど」

「いいから、俺がその辺はやるから、たくさん書いてくれ」

「でも、委員長の仕事は?」

「え、あぁ――そう言えばそうだな」

「うん。雄太だって学校ので忙しいじゃん」

「まぁそうだけど大丈夫だ。なんとかするし、相沢だって頼りになるしな。分かってくれるよ」

「なんか、私のために瞳まで使わなくても」

「いいんだって、俺とあいつの関係はWINWINでつながってるから」

「……どういうこと?」


 ギリッと光る視線。

 ちょっと不味った。女子は他の女子の名前を出されるのが嫌いだったっけ?


「お互い手伝い合ってるから、分かってくれるってことだ! うん、そう」

「ま、まぁ、そこまで言うなら恩恵は受けるわ……」

「おう、そうだ」

「じゃあ、よろしく」


 そうして差し出した右手。

 時雨も若干驚きながら小さな右手を出してきて、重ね合う。


 久々に感じた時雨の手の体温はあの頃と同じでもの凄く暖かかった。








「まぁ、趣味は悪いかもだけどな」

「〇す」

「おいおいおい、またはやめろって――うがぁぁ!!!」


 そんなこんなでまだまだ俺たちの関係は続くみたいです。

 






<あとがき> 

 というわけで次回、「デートなんて誘ってみるのいいんじゃない?」です!

 おたのしみに!


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