第12話「これって、もしかして時雨の同人誌?」


 というわけで、始まったお料理振舞い回。

 別に特段何か特別なことがあるわけでもなく、リビング横のテーブルでスマホを見つつ、たまに会話をしながら待っているとあっという間に料理が出来上がった。


 時雨が作ったのは若鶏の唐揚げとシーザーサラダだった。


 まさに最&高の料理のレパートリー。

 俺の好きなもの詰め合わせセットに涎がじゅるりと溢れてくる。


「食べてもいいのか?」

「えぇ、そのために出したんだからっ」

「お、おう」

「あ、でもいただきますはちゃんと言ってね。料理に感謝を込めて」

「ん、そうだな。うん、わかった!」


 こういうところは律儀な時雨にコクっと頷いて胸の前で手を合わせる。


「「いただきます」」


 揃って挨拶。

 こんな風に食べるのは何カ月ぶりだろうかと頭の片隅では考えながらも、お腹が減っていた俺は箸を持って唐揚げを突く。


 掴んで、口の中へ。

 そしてご飯も一緒にレディゴー。


「ん!」


 口の中に溢れる肉汁、そして柔らかすぎず硬すぎずちょうどいい触感に何とも言えない濃く力強い味。


 これこそまさにザンギ、いや唐揚げ。

 俺の大好きなザンギ兼唐揚げの味だった。


「どう、かしらね?」


 すると、食卓を挟んで反対側に座る時雨が心配そうにこっちを見ながら聞いてくる。


 そういえば言ってなかったなと思い、俺はすぐさま口を開けた。


「ふごふほひひふへふぁいほうはよぉ(凄く美味しくて最高だよぉ)!!!!」

「食べてから言いなさいよ……」

「ふぁふぁらひっへほしほうはっはら(だって言ってほしそうだったから)!!!」

「だから、ちゃんと飲み込んで」


 さすがに2連続は嫌だったのか睨みつけてきたので、差し出されたお茶を貰って喉から食道へ一気に流し込む。


 ごくりと一杯を飲み干し、一言投げつける。


「——最高だ、時雨!」

「っそ、そうね。よかったわ……」

「いやぁ、ほんと。よく俺が唐揚げ好きなこと覚えていたなぁ」

「だって、よく言っていたじゃん」

「え?」

「ほら、いっつも私にお姉さんが作ったお弁当見せてきて。姉さんの唐揚げが世界で一番好きなんだって」

「あぁ~~」


 そう言えば確かにそんなことも言った気がする。

 これもまた半年くらい前だった。


 実際、姉さんが作る料理は全て美味かったが俺は唐揚げが一番好きだった。それも普通の唐揚げではなく、北海道のソウルフードであるザンギとの融合を果たした唐揚げなのだ。これがまた最高なんだ。


 それを一緒に食べる時雨にも自慢したことがある。


『ねね、その唐揚げ食べさせてよっ』

『え、これか?』

『うんっ。それがこの前言ってたお姉さんの唐揚げでしょ?』

『あぁ、いいけど。あれか、レシピ盗むつもりか?』

『別に店じゃないんだからいいじゃんっ。それに味だけでどう作ればいいかなんて分からないわよ?』

『そうなのか?』

『えぇ……そりゃそうでしょう』

『ん、何、馬鹿にしてるのか?』

『別にぃ~~そろそろ姉から巣立たたなくていいのかなってね』

『時雨……俺は別にシスコンじゃないからな?』

『どうだか~~はいっ、いただくわよ~~』


 と、した記憶が蘇る。

 まぁ、生憎とまだ姉から巣立ってない気がするけど。

 いや、これからは時雨に作ってもらうんだし――時雨から巣立たないといけないのか? 


「ねえ、聞いてる?」

「——えっ」

「何ボーっとしてるの? 唐揚げ落してるって」

「い、いやぁ——すまん。そうだな、うん。唐揚げは嬉しいぞ、ありがとう」

「え、えぇ。こっちこそ。うれしがってくれたのならよかったわ」


 危ない危ない。

 付き合っていたときの思い出を思い出してたなんてきもいこと言えない。


 ふぅ、切り替えていこう。

 たとえ時雨に俺と復縁する気はなくとも、友達くらいにはなれるはずだ。


 だから、ゆっくり丁寧にいこう。


「よし、サラダも食うぞ!」

「きゅ、急にハイテンションねっ」

「あぁ、そらな! 好きな料理があるんだからどっと食いまくるぞ!」





 とお腹がタプタプになるまで平らげて、一緒に皿洗いをして今は2人ソファーに座りながら談笑していた。


 実際、今日はただ時雨の料理を食べに来ただけでその後の事は決めていたわけではなかったので少し戸惑ったが俺たちの本当の出会いの話で落ち着いてしまった。


「そう言えば、時雨って一応美術部なんだよな?」

「そうだけど、どうして?」

「いやぁ、なんかね。最近はあんまり絵描きしてなかったしなぁと思って」


 そう言いながら俺はリビングに飾られた一枚の絵画を指さす。

 1メートル四方の風景画で描かれてあるのは高揚した山々。


「これ、今年受賞したやつだよな」

「まぁ、そうね。一応春休みに書いたやつなんだけど、最近発表されて」

「優秀賞って……ほんと、上達したよな」

「めっちゃ書いてたからね。ほら、ピーちゃんの絵もあるし」

「ぴーちゃん……あれ、今日はどこにいるの?」

「今はおばあちゃんの家に預けてるの。ほら、最近近所で工事してるしストレスかなって言うので」

「あぁ、それもそうだな」


 ピーちゃんはさておき、俺たちが出会った日は実は席替えの日ではない。


 というのも、後で二人で気づいた話だが俺たちはそれぞれ違う中学校の美術部に所属していて、年に一度の作品展覧会で一度だけ顔を合わせたことがある。


 かなり閑散とした出会いでほとんど覚えていなかったけど、時雨の印象は静かで真面目そうな地味子だったな。


 あれはあれでありかもだけど。

 高校入ってからは結構垢抜けちゃったし。まぁそこに惚れたんだけどね。高校生の男の好きになる理由なんて外見だけみたいなところだ。


「そう言えばさ、最近は何か描いてるのか?」

「うーん。美術室にならおきっぱの絵があるけど、あれかな。最近はほらタブレットで描けちゃうしそれ印刷してるわよ?」

「おぉ、見たい」

「えぇ~~、なんか恥ずかしいしやだな……」

「いいじゃん。せっかくここまで来たんだしさ」

「だからそれは雄太がお願いしたからでしょうが……」

「いいからいいからっ」


 我ながら酷いことをしているかもしれないが元カノのイラストを見れるのなら、それでいい!


 その精神で乗り越えたのが最悪の結果を導くとは――このときの俺は知るわけもない。


 



 それは、時雨に指差された棚に手を入れた瞬間だった。


 ふぁさっと数冊の薄い本とひらひらと落ちる数枚の紙。落ちていく中、まるで走馬灯のような世界で「まって、それは——っ」と腕を伸ばす時雨が見えた。


「えっ——」


 そうして、地面に落ちる本と紙。


 ゆっくりとひらひらと、まるで紅葉で散っていく蜜柑色の葉っぱのように、はる終わりに散っていく桜の花びらのように。


 落ちていったそれが裏返る。


 そこに見えた文字と絵柄は目を疑うようなものだった。




『ぬるぬる汗汗学園の汗嗅ぎおほおほえっち学園天国』

『おっぱいの大きな女の子だって恋愛したいんですおほぉ』

『貧乳は希少価値だ、剛毛はステータスだ』

『まん〇タイムびらびら』

『俺の妹の汗がこんなに臭うわけがない』

『とある幼馴染の性器目録』


 の六冊。



 そして素っ裸でどこか時雨に似たような女の子の裸体のラフ絵。




 俺は生唾を飲み込み、恐る恐る振り向く。


「こ、これって……もしかしてなんだけど、時雨の同人誌……ですか?」


 ぽろっと敬語が出てくる。


「っ……しねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

「お、おいおいおいおぉ――――っどごぶしゃぁくぁwせdrftgyふじこlp⁉」








【あとがき】

 さてさて、またまた時雨ちゃんの秘密に触れてしまいましたね~~。

 次回は「時雨、さすがに趣味が悪いと思うよ」です! 

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