閑話「二人の馴れ初め」
まったくもって、もうない話だと思っていた。
だって、こんなことありえないから。
今でもそう思うくらい。
しかし、神様というのは自由気ままななのだと。もしあの瞬間を説明するのならそうとしか思えない。
神は凄くいたずら好きで、いじわるなのだろうと今は思う。
でも、本当はあの日、あの席替えの日にほつれを含んでいたのかもしれない……。
彼女と出会ったのは懐かしい1年ほど前のある日のことだった。
高校に入学し、慣れない環境に身を投じながらも始まった1年生の春。
最初はもちろん出席番号順で男子が廊下側、女子が窓側。そんな席順で初めて話をしたのは後ろの席に座っている知らない男子だった。
そいつとも仲良くなり、加えて同じクラスに小中が一緒の腐れ縁もいてそこそこ楽しい1カ月を送ることができたある日のこと。
担任の女教師がウキウキでこんなことを言ったきた。
『そろそろ最初の席にも飽きてきたし、席替えでもしましょう!』
その言葉に俺はぞっとした。
せっかく仲良くなれた友達と物理的に離れるのは単純に怖くなった。
もしもこれで周りに女子しかいないような席になったり、思いっきり一番前で授業中に内職できなくなるんじゃないかと思っていたのだが、やってみるとそれが窓際の一番後ろの席で皆から羨ましがられる限りだった。
そんなときだった。
俺は隣に座った一人の女の子に目がいった。
「……ふぅ、後ろね」
クールに髪をふぁさっと靡かせる彼女。
紛れもない、俺の元カノの鹿住時雨だった。
この時はまだ髪が黒色で入学と同時に黒染めをしていたらしいが、個人的にはこの時の色と雰囲気が好きではある。
まぁ、俺の好みは置いておいて――初めて見る時雨は何か吸い込まれるような魅力があった。
煌く黒の長髪に、ブロンズ色の瞳。
背は低めで、体形は痩せているわけでも太っているわけでもなくて、胸も控えめくらい。ボンキュッボンの破壊力で押す感じではなく、総合的な美しさで押す新鮮さでその時の俺の目には強烈に映っていた。
なんて、綺麗なんだ。
思わず声に出てしまいそうだった。
美しさ、そして多少の幼さもあり高校生の身の丈に合ってそうであっていない――そんな魅力に気づいてしまってからというものの俺と言うとは時雨と話す度に心をドキドキとさせていた。
今まで見ていたはずなのに、こうして隣で見るとこうも違うのかと呆気にとられる。
そんな感想を抱きながらまじまじと見ていると目が合って、時雨は不思議そうに目を丸くしてこう訊ねてきた。
『あの……前髪に何かついてた?』
『い、いや……別に』
内心焦って、ボソッと呟く俺。
それはもう、傍から見たらなんてダサかっただろうか。
そう今でも思うくらいだが、しかしまぁ、普段から冷静を貫いていたはずの俺がここまで冷静さを欠いたのは初めてだった。
『そ、そうなの。なら、いいんだけれど……』
『ご、ごめんっ。めっちゃ見てたな……つい、綺麗だなって思って』
『きっ——ん、んんっ。も、もう、お世辞は止めてよね。別にそんなあれじゃないわよ』
『いやぁ、綺麗だよ。こう、つい見惚れちゃったわけだしさ』
強く否定する時雨に俺も否定し返してしまった。
いやはや、本心とは言えもっとうまく言えることも出来たのだろうに。
この時の俺にはそんな余裕はなかったようだ。
当時はあまり考えていなかったがこの時の時雨も相当に頬を赤らめていたと思う。いつもの白い肌がこのときだけは若干の桃色になっていて、言葉の端々が震えていた。
『べ、別に私はそんな……』
『ははっ。謙遜だな』
『そういうつもりはないよ。私はそう思ってるのっ』
『それをブサイクな奴に言ったらどうなるか』
『どう、なるの?』
『発狂した後にギャン泣きだな』
『っ——ほ、褒めるのがうまいわね』
そこまで普通に話していたのにボっと赤くなる時雨に気づいて俺も急に恥ずかしくなる。
『え、あ……ごめん。俺めっちゃ変なこと言ってたか⁉』
『言ってたよ……も、もう、初めて話すのにそんなこと言ってきてびっくりするわよ』
『あははは……なんか、あれかな。姉を褒めるのには慣れてたからかな……』
『姉?』
『あぁ、5個離れてる姉がいるんだけどさ。扱いが難しくて……』
『へぇ……忙しいんだね』
『まぁ、忙しいのは姉の方だけどな』
隣に座る空かした時雨との会話は初めてながらもこうして弾んでいった。しかし、その反面どこか悲しそうな顔をしていたがどうしてなのかと疑問を感じる。
俺、しっかり褒めてたよな。まぁ別に、褒めるも何も事実を言ったまでなんだけども。
――という、馴れ初めも越えて俺たちは日に日に仲良くなっていた。
授業中には分からないところを教え合い、昼休みには机をくっ付けながらご飯も食べる。もちろん、俺と時雨二人きりではなく、腐れ縁の五郎が一緒。時雨の方も仲良くなった友達の斎藤有紗さんも連れて楽しく4人で食事。
気が付けば俺たちはいつもこのメンバーで遊んでいたわけだ。
それからゴールデンウィークは一緒に花見に行って、夏になったら休みにプールに行き、時雨のスレンダー目な美しい水着姿と斎藤さんのボンキュッボンなグラマラスな水着姿を見て鼻血を垂らしながら肩を組んだり、夏休みにはビーチでBBQをしてビーチバレーを楽しんだし、最後には手持ち花火で感傷的な気分に浸ったり。
そんなこんなで学生らしいと言ったらそれで終わりな話だが、高校生の身の丈に合いながらも楽しい青春な日々を送っていった。
ここで俺の頭は思春期ながらの脳内ピンクお花畑に染まったわけだ。
時雨の魅力に気づいてからずっと彼女と同じ日々を過ごし、休みの日だってほとんど一緒に遊んだ気がする。
そんなに一緒に遊べば心も変わる。
俺は恋をしたのだ。
少しだけツンとしていて、でもたまに見せる照れ顔が可愛くて、強くもなく弱すぎることもない彼女に一丁前に好きになった。
そこからは五郎と相談しながら、斎藤さんにも色々協力してもらって告白をして付き合った。
今となっては甘酸っぱい思い出だ。
告白した時の何とも言えない顔は今も脳裏に浮かぶほど。
まぁ、あれは俺だけの思い出だから誰にも言う気はない。
――――あの楽しい日々が今更蘇るとなんて思ってもいなかったんだけどな。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます。ふぁなおです!
おすすめレビューいただきました! いやぁ、これがもう嬉しいのなんのって……まぁ口で言ってたからなんですけど。それでも嬉しいことには変わり有りません!
というわけで、次回は第2章「初めてのデート(55回目)」の「抱きしめられちゃった……ゃばっ(時雨視点)」です! お楽しみに!
PS:ゼミの初めての輪講終わってほっとしてます。6時間ほどかけて作った資料が無駄にならずに済みました~~('ω')ノ
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