第7話「抱きしめられちゃった……ゃば※時雨視点」


 やばいやばいやばいやばいやばい~~~~~~私、抱きしめられちゃったんだけど!? 

 

 ヤバくない? 凄くヤバくない?


 もう語彙力無くなっちゃったけど、ヤバくない⁉


 と、昼休みが終わって直後の数学の授業中、私の頭の中はピンク色のお花畑一色だった。


 いや、まぁ、このくらい皆にだって理解はしてほしいのだよ? 

 だって、元カレとは言え、あんなことされたらときめいちゃわない?

 やばいって、だってだって助けられたよね?


 雄太めちゃめちゃカッコよかったんだけど!? 

 私のためを思ってバレたら危ないからって自分の身を挺して守ってくれたよね!!!


 ま、まぁ……別に嬉しいわけじゃないんだけどね!


 でも、それでもね!


 颯爽と、別に何かを迷うわけでもなくゆ、じゃなくて烏目君はすぐに動いていた。私が呆気に取られて何も動けずにいる中、彼だけが自分で動いてくれた。


 かっこいい、かっこいい、はぁ……。


 嬉しくはないけど、カッコよかったの!


「好きぃ……」


「はい、鹿住さんは微分公式の何が好きなんですか?」


「えっ」


 ハッとした時にはすでに遅かった。


 口を押えて前を向くとそこにいたのは数学教師の椎名先生だった。


 男子生徒から絶大なる人気を誇る超絶美人な先生が私の机に腰かけて顎をくいッとさせながら尋ねてくる。


 え、何これ?

 

 同じクラスの男子生徒はドワッと声をあげて女子は黄色の声援を送る。


「え、えと……」

「あらあら、恥ずかしがらなくてもいいのよ?」

「っ——」


 吐息を含んだ低温の効いた美声が私の耳元で広がり、思わず肩をビクリ。先ほどの烏目君との出来事を軽く塗り替えられそうで顔が一気に熱くなった。


 やばい、あれ。

 私は女の子に恋をするんだっけ?


 そんなふうに自分を疑ってしまうくらいドキドキした。

 しかし、すんでのところで隣の席に座る烏目君が喉を鳴らした。


「んん……先生、あんまりおふざけが過ぎるんじゃないんですか?」


 いたって真面目な表情でそう言うと、気が変わったのか先生も「それもそうね」と私から離れていく。周りの男子からは「もうちょっとで百合が見えたじゃねえか!」「クソッたれ委員長!!」「ふざけるんじゃねええ!」と罵声の嵐。


「授業中だって言ってるんだ。いいからさっさと席に着けって」

「んだとぉ⁉」


 真面目に答えて反感を買うと椎名先生はその生徒の元に近づき、


「静かにしてねぇ~~」


 色気むんむんな声で告げて一気に教室がしんとした。


 一体、何があったんだと固まっていると烏目君がぼそりと呟く。


「(なんか上の空だったぞ……しっかり集中しろよ)」


 少しだけ棘のある声。


 って、何がうわの空だ。誰のせいだと思っているんだ。誰かがあんな風に抱きしめるからこっちは恥ずかしくなって……嬉しくなってぼーっとしちゃったんだぞ?


 まったくもう、素直に言って来ればいいのに腹が立つ。


「(う、うるさい……わね)」

「(じゃあしっかりやれな)」

「(知らないわ……そんなの)」

「(はいはい、とにかく授業は受けろよ。定期テストどうせ悪かったんだろうしな)」

「っ」


 なんでそんなこと知ってるのよ!

 と思わず叫びそうになったが何とか堪える。こいつ、ほんと何言ってくるんだ。やっぱり別れて正解だったのかな。


 なんて思ったその時、烏目君の頬が少し赤くなっているのが見えて私は考えることをやめたのだった。








 その日の帰り道。


「でねでね、私抱きしめられちゃったの! こう、ぎゅーって! もうこれが顔真っ赤になっちゃってヤバくて!!」


 私は授業中に溢れて漏れてしまった昼休みの出来事を有紗に話していた。


「うん、で、それでウチに自慢をしに来たわけ?」

「え、自慢⁉ いやぁ、そんなわけでもないんだけどぉ~~」

「時雨、それは自慢――いや、惚気って言うのよ?」

「の、惚気……いやでもそれって付き合ってる男女の話じゃ」

「そんなの大差ないわよ。どう? もしもウチが時雨の前で——今日はね、仁志田君とクレープ屋さん行ったんだけどね。クリーム口につけっぱなしにしてたら彼が指でとってくれて食べちゃって~~もう可愛くて嬉しくて最高だったの! ——って言ったらどう思う?」

「ん……っそ、それは……なんか嫌ね……」

「そそ、つまりはそう言うことよ」


 確かに少しは自制しなければ……ほんと、私はなぜ別れた元カレの惚気話をしているんだか。


 そう言えば、仁志田君って烏目君と仲がいい人だった気がする。


 二年生になってからのクラス替えで有紗だけ違うクラスになっちゃって離れてしまったけど、どうやら1年生の頃から彼の事が好きらしい。


 今でもたまに休み時間に顔を出すらしいし。

 まぁ、それに対して律儀に答えてくれる仁志田君も仁志田君だけどね。こんだけ一緒にいてまだ好きだってこと気づかないんだから、女の敵ね。


 あ、でも。

 いやぁ、さすがに、ねぇ。


「おーい、何一人でブツブツ言ってるのぉ~?」


 鈍感じゃない……よね?


「おーい、聞こえてるか?」

「ん、あ、あぁ。ごめん。考え事」

「隣に友達いるんだから、考え事は家に帰ってからしなさいっ」

「ぐへっ」


 有紗の攻撃、まきわりチョップ炸裂。

 

「いだい……」

「あはははっ。お返しよ? これでチャラ」

「暴力はずるい」

「違うし~~、愛がこもってるから~~」

「そしたらDVありになっちゃうじゃん!」

「あれは愛は籠ってないしノーカン」

「くぅ」


 何を言っても言い包められて私は泣き寝入りするしかなかった。




「——有紗って仁志田君のことやっぱり好きなの?」

「ん、まぁ、好きだね」


 即答だった。


 さすが切り替えが早いで有名な有紗。

 思い立ったら即行動の精神が私にはまねはできない。


「そうなんだ……有紗は凄いね、なんか正直になんでも考えられて」

「うーん、そうかしらね? 別に考えたことないけど」

「凄いよ。私なんか烏目君の前で全然正直になれないし……」

「……」


 すると、有紗は立ち止って私のほうをジーッと観察する。


「あぁ、確かにね」

「え?」

「ほら、時雨ってウチと話すときはリラックスしてるじゃない? なんか語尾が女ったらしくないし、ウチは思いっきり『何々よね』とか言っちゃうけど」

「まぁ、言われてみればそうかもしれない……」

「そそ、殻を被っているというか……だって烏目君といるときの時雨って、なんかぎこちなかったし?」

 

 思い返せばそうだったかもしれない。

 彼といるときは常に気を張っていて、休めたことはなかった。ただ、好きだった気持ちがその疲れをなきものにしていたけど。


 恋と言うものはこれだから怖い。


「でもだからと言ってすぐに直す必要はないと思うけどね?」

「そうなのかな?」

「うん。ウチだってたまに仁志田君と遊びに行く時は少しかわい子ぶってるし」

「え、有紗が⁉」

「そうよ? だって、男子ってあざといくらいが好きって言うし」

「……私には無理そう」

「はははっ、確かに! 時雨は普通にちょっとツンツンしてる感じの方がいいかもね?」

「別にツンツンしてるわけじゃないわよ……」

「男子には評判いいみたいよ?」

「え、ほんと?」

「ほんとぉ~~、きっと烏目君も可愛いと思ってるって」

「も、もう……揶揄わないでよぉ」


 にやけた顔で言ってくる有紗だけど、確かにそう思ってくれているだろうか。

 そう思ってくれていたら、私は嬉しいかも――しれない。


「そういえばさ、どうして苗字で呼んでるの?」

「ん?」

「ほら、烏目君って呼んでるじゃん」

「いやぁ……だって別れたのに名前はおかしくない?」

「……うーん。いつも通りの方が本人にとっては楽だと思うけど」


 そういうものなのかな?

 確かに、私的には言い間違えるし、今度は名前で呼んでみようかな。





【あとがき】


 今日から少しだけ時間を変えてみることにしてみます! 三連休だし、こっちの方が読みやすそうな時間帯なので!


 次回、「実際のところ、俺は復縁したいらしい」です! お楽しみに~~!




 PS:今期はモブサイコⅢが面白そうですね。

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