第6話「★烏目雄太の懐抱《かいほう》」
なぜ、職員室ではなく、生徒会室でもなく屋上に呼ばれたのか?
それを道中ずっと考えてみたが結局答えは出てこなかった。
生徒会の担当の先生ってことだし、確か強面で有名だった……財前先生だっけか?
女性なのに身長が170を超えていて、いつもサングラスを掛けている色々な意味で威圧感がヤバい先生……だった気がする。
そんな先生が俺を呼ぶのに屋上?
……まさか、俺ってもしかして怒られるのか?
あんなヤバい先生に怒られるのか?
正直何かヤバいことをしでかした記憶は皆無なんだが……先生なりの他人のへの配慮だとして、屋上で罵声を浴びせまくる魂胆だとか。
そうか、それなら整合性が保ててるか!!
――って何を感心している場合か!!
俺は何もやっていない! 無実だ!
これまでも一度も学級委員長の仕事を怠ったこともないし、議事録だってすでに生徒会室に提出しに行っている。
でも、呼ばれたからには何かをしたからであってだなぁ。
……うん、やばい。
これはドラマでよくある冤罪ってやつだ。冤罪で極刑になっちゃう最悪なシーンだよな!
キムタクが弁護士でもしてないと勝てないジャッジアイズ的なやつだよな!?
「っく……逃げるか、ここまできちゃったのに」
すでに屋上の扉前。
鍵は開いていて、おそらくすでにスタンバっている状態。
ただ、ここで逃げれば冤罪がより重くなってしまうし……直談判しかないかっ。
迷いながらもドアノブをくるりと捻り、俺は覚悟を決めてその向こう側へと足を踏み入れた。
扉を開けて、足を踏み入れて眩しい光から瞳を手で覆う。
徐々に視界が明るくなっていき、燦燦と照り詰める太陽の光に包まれた向こう側の景色がおぼろげに見えてくる。
すると、その先に一人分のシルエットが見えた。
身長はさして高くはない。
俺よりも小さい。
――財前先生じゃないか?
でも、それじゃあ俺の目の前にいる人は一体?
そう考えた瞬間、聞き覚えのある透き通った声がした。
「ゆ、ゆう……じゃなくて、烏目くんっ」
知っている声だった。何度も聞いた俺の思い人の声。
ガラスのように透き通っていて、まるでブルーオーシャン。
変に例えるのなら海のほとりで聴けそうな声でありながらも高く、そして明るさも感じる。
そんな声が出せる人を俺は一人しか知らない。
そう、彼女しかしない。
昨日、俺の席の上で俺のジャージの匂いを嗅いでいた張本人。
「——し、しぐれっ?」
同じクラスにいる明るくも愛すべきおバカな女の子。
俺の元カノでもあり、今でも変わらず好いている彼女だった。
でも、どうして時雨がここにいる? 呼んでいたのは生徒会の先生のはずだったよな。財前先生じゃなかったとしても他の先生だと言う可能性はあった。
だが、なぜそれが——時雨なんだ?
もしかして、時雨も呼ばれたとか? いや、でも時雨は委員会には入ってないし……生徒会の担当の先生の部活もバレーボールと女バスだったはずだ。時雨は思いっきりの文化部系だ。
じゃあ、なんでここにいるんだ?
「烏目くんっ、言いたいことがあるの」
すると、耳を真っ赤にして半分だけこっちを向いた時雨はそう言った。
いつしか聞いた俺の苗字で、少しよそよそしく彼女は告げる。
視線は俺の方を向いているが体は半分。
手を組んで、まるで見下す様に尖ったバラのような視線を向ける彼女。
その目が久々でどこか胸がドキッとしてしまう。
「い、言いたい事って——ていうか、なんでこんなところにっ」
「べ、別に烏目君を呼ぼうと思っているだけだわ」
「呼ぼうって、呼んだのは生徒会の先生だって――」
「あれは私がそう言えって言ったのよ」
「え、放送局にか?」
「えぇ、放送局に仲いい子がいるから、頼んだのよ」
「ま、まじか……」
いつの間にそんなコネを……知らなかった。
確かに時雨にはいっぱい友達がいたが、まさかそんな有能なコネがあるとは思ってもいなかった。
それに、まさか時雨から行動を移すだなんて考えてもいなかった。
「そう、それで言いたい事なんだけどっ―—こっち来てくれる?」
すると、今度は恥ずかしそうに頬を赤らめる。招き猫のように手を動かしてくるので俺は疑わず近づいていく。
残り一歩のところで俺の制服の裾を掴み、聞こえないようにしたいのか耳もとで呟いた。
「(あ、あれ……見た、わよね……)」
「っ——⁉」
アレ。
あれと言ったらアレしかない。
無論、俺が昨日見たアレに違いない。
忘れるはずがない。
静かな元カノの焦燥を覚えていないわけがない。
むしろ、鮮烈すぎて忘れたくても忘れられない自信がある。
記憶を消す装置でも出なければ忘れられないほどに焼き付いてしまったのだから当たり前だ。
「あ、あれっていうのは……」
「バカッ! 声がでかいわよ!」
「(え、別に変らんと思うが……っ)」
「(いいから、従いなさい!)」
恥ずかしさが入った声が耳元で響く。
なんか懐かしい記憶を思い起こすが——だめだ。
今は一度冷静にならねば。
「(わ、分かったよ……)」
「(そ、それじゃあ言うけど……もう一回。見たんだよね?)」
今度は若干の威圧がこもった声だった。
これを言う時は怒る数秒前――だった気がする。
すぐさま、喉を鳴らして呟いた。
「んん……(い、言っていいんだよな?)」
「(えぇ、そのためにここまで来たんだから)」
こんなことを言っていいのか、やっぱり言わない方がいいんじゃないかなと思ったがここで言わないのは勇気を出していってくれた時雨に悪い。
現実は残酷だと言うが、告げるのが正ってことだろう。
「(見た……ぞ)」
あくまでも紳士的に、そして丁寧に、狼狽えている素振りを見せずに呟いた。
声が聞き取れたのか、時雨は肩をビクッとさせた。
「(だ、大丈夫か――?)」
そう呟くと時雨は首を横に振ってさらに頬を赤くさせる。
やっぱりか、言わない方が良かったのではと言い返そうとして彼女は握った拳を自分の太ももに降ろした。
「(な、なんでもないわっ!)」
「(そ、そうか……)」
「(そ、それで……うん。私が悪いから、烏目君は悪くはないわっ)」
まぁ、そりゃ。
俺が普通に教室入ろうとしてたら時雨がしてはいけないことをしていただけだからな。
「(だから……怒らないけど)」
「(あぁ)」
「(も、もしも……誰かに言ったらぶ、ぶっころs……からね)」
「(っこ、怖いこと言い出すなよ)」
「(誰かに言うかどうかは別ってこと! いい?)」
さすがツンデレっ子だ。
殺すと言うからにはやりかねないし、時雨は意外に運動神経がいい。
俺なんかがかかっても勝てないほどだ。
俺も馬鹿ではないし、誰にも言うつもりはないが……。
いや、待てよ。ここで俺がうんと言ってしまったらこの後はどうなる?
無論、何もない。
別れたカップルだ。今更復縁なんかするわけがない。
この後はこのおかしな秘密を抱えたままただ別々の人生を進んでいく。
ならば、ここで何か一つ。
残しておくべきではないか?
まだ好きなら、時雨と今後も一緒にいることができる指標というものを。
「(——だ、駄目だ)」
「(な、ど、っどうしてよ!!)」
「(俺が誰にも言わないのには条件があるっ)」
「(……っく、な、何よ)」
すると、目の前で自らの体を抱きしめながら狂犬のように睨みつけてくるがいつも通りのことだ。落ち着こう。それに、体で払えなんて言うつもりはない毛頭ない。
「(べ、弁当を作ってくれないか?)」
「(え?)」
「(料理上手かっただろ?)」
「(そうだけども……)」
「(それじゃあ頼む!)」
なぜか頭を下げて頼みこんでいた。
じりじりと視線を泳がせて考える時雨。
迷っていたところで後ろから声が聞こえた。
「うわ! 屋上開いてるじゃん!」
「え、ま⁉」
二人組の男の声が聞こえて、俺は焦って時雨の肩を抱き寄せた。
「っひゃ」
「っく」
すまん。そう心の中で呟きながら、男二人に背中を見せる。
「ん、誰かいるぞ」
「あ、ほんとだ」
「まぁ、さきにいるんならいいか」
「そうだな~~」
そう言って去っていく二人。
安堵しているとお腹をぽこんと叩かれる。
「は、離れなさいよっ」
「あ、ごめ……」
離れて謝ろうとすると時雨は背中を見せた。
耳が隠れていないので赤いのが丸見えだったが言うのはやめておこう。
恥ずかしそうにしながらも喉を鳴らして彼女は向き直る。そして、微妙に視線を合わせずにこう言った。
「そ、その……いいわよっ」
「え?」
「だから、弁当の件……別に、作ってあげてもいいわよって」
「い、いいのか⁉」
「うん。だから、その代わり言わないでよねっ」
「あぁ、もちろんだ!」
そうして颯爽と去っていく彼女。
俺はその日、復縁をするかもしれないきっかけを得たのだった。
【あとがき】
次回は閑話になります。
内容は秘密ですが回想となっているので甘ぁ~い気分になれると思いますよ!
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