第5話「烏目雄太の困惑」

 


 結局のところ、あまりにも早く家を出てしまったせいで教室についても何もすることがなく、朝読書のために持ってきていたライトノベルを開いた。



「……」


 誰もいない教室でチクタクと音を響かせる時計。


 開いた窓の外からは朝の代名詞である小鳥のさえずり。


 小風にカーテンがなびいて、普段なら見ない教室の空気感を感じ、本を読むということに集中できていなかった。


 否。


 嘘をついた。

 集中できないのは本当だが理由は違う。


 もっと単純だ。


 よく思い出してみれば分かる。

 昨日、ここで行われていたことを。


 時雨が発情していた。

 その事実が俺の目には見えている。


 に腰かけながら、を荒々しく嗅ぐ姿。


 それが——今も脳裏に浮かんくるせいで読書どころではない。


 家にいた時は何も感じていなかったはずだと言うのにここに来てしまったとたん思い出してしまった。


 これが情景記憶ってやつなのか?


 夜にあれこれと考えて晴れたと思っていたのだがどうやらそうでもないらしい。


 思い出すと言うよりも浮かんでくる、どっちかというと強制的に見せられていると言っても過言ではない。勝手に浮かんできやがるんだ、時雨の姿が。


 ていうか、ほんと時雨あいつは罪な女だよ。元カレにこんなことを思い出させるんだからな。だいたい、俺は未練がある。できるならやり直したいと言う未練があるのせいでややこしいんだ。


 これが普通に別れたカップルだったら「きもいんだけど」「うっせぇ、〇ね」で終わる出来事だろうに。生憎と俺の胸の内は素直に復縁したいと思ってやがる。実際、時雨がそう思っているかは分からないが。



 ラノベは1ページも進まず、時間は刻々と過ぎていく。廊下はざわつき始めて、教室にも何人か生徒が入ってくる。


「いいんちょー、おはよ~~」

「——お、おはよぉ」


 彼女は俺の席の前に座り、挨拶を交わしたのは俺と同じ学級委員長(女子)を務める相沢瞳あいざわひとみだった。


 そんな彼女の後ろで俺は煩悩を抱いていた。


 片隅で元カノのナニしている姿が浮かび、そして片隅で世間話を名に話そうと考えている。


 ――煩悩との共存、これは中々きつい。


「どしたん、いいんちょー?」

「い、いや……別に何も」

「ん~? なんか汗かいてるけど……私の勘違いかな?」

「あ、あぁ。そうだ。俺はいたって平常心だぞ?」

「……平常心な人はそんなこと言わないと思うけどね」


 図星だ。

 無論、俺は今超絶に最高にドキドキしている。緊張というのか。学級委員長で人目に出るのには慣れている俺だがさすがにこの類の辱めには耐えられる自信はない。


 さすがはひとみ



 しかし、だからと言ってバレるわけにもいかずに口を紡いだ。


「まっ、いいんちょーも忙しいだろうし! あ、この前の議事録って先生に生徒会に提出しちゃった?」

「ん、まだだけど……」

「おけおけ! 昼休みまでに渡すね!」

「あ、あぁ」


 そう言って彼女は真っ直ぐ体勢を戻したところで、生徒もぞろぞろと入ってきた。時刻は8時20分を過ぎてクラスの半分以上の席が埋まり心音のバクバクが徐々に高まっていく。


 読書時間まで残り5分を切ったところで、ようやく時雨あいつがやってきた。


 ガラガラと後ろの扉が開き、俺の隣の席に座る。別れてからすぐの頃はこの異様な席順のせいで二人並ぶたびにクラスメイトからいらぬ視線を買っていたが今ではそれもなく自然だった。


 もちろん、今日の時雨も例外ではない。


 昨日までと一緒。あくまで平然を装い、いつも通り鞄を机の横に掛けて教科書を机の中に入れていく。


 俺の方など一度も見向きもしなかった。


 こうしてどきどきしている俺を隣に据えながらも、悲鳴を上げてジャージごと持ち帰った時雨は今日も今日とて美少女のオーラを出しながらすんっとしている。


 隣の女子友達に声を掛けられて仲良く話を始めて、それを見て我に返った。


「……まずいな」


 さすがに不味い。

 まさか、俺の勘違いか?

 こんな風に思っているのは俺だけなのか?


 ほんの十数時間前の事だぞ?


 疑問が募るばかり、しかしそれは晴れることなく朝読書が始まってホームルームまで一瞬だった。





 一時間目が始まり、チラチラと隣を見るも時雨は何も変わらない。普段通りの姿勢で授業に臨んでいる。

 

 少しおかしかったのは勉強は得意な方ではなかったはずだが今日の表情はいつになく集中していたところくらいだった。


 別に恥ずかしんでいたとか、気にしていたとかは無いように思えた。


 そんな時間はあっという間に過ぎて、いつの間にか昼休みになっていた。


 姉さんが作ってくれた弁当を取り出して頭の中でなぜかを考える。

 何がおかしかった? 

 なぜ時雨は何も感じていないような顔をしているのか?


 すべてが謎で、頭がパンクしかけていた。

 午前の授業の内容はほぼすべて頭に入っていない。


 時雨の事で頭がいっぱいで昨日決めたはずの時雨に声を掛けてまずジャージを返してもらうことも出来ていない。


 頭の中で考えるのと現実で会って話すのではこうも違うのだと、思い知らされたようで俺はなにもできなかった。


「おい、一緒に食べようぜ~~」

「あ、あぁ」


 パクリと一口、反対側に座る腐れ縁の仁志田五郎にしだごろうが声を掛けてきた――が生憎と楽しく話している余裕はなかった。


 そんなところで、校内放送が流れた。


『2年6組の烏目雄太くん、至急屋上前廊下に来てください。繰り返します。2年6組の烏目雄太くん、至急屋上前廊下に来てください。生徒会担当の先生がお呼びです』


 ん、俺?

 何か、悪いことしたか?


「うわ、まじか」

「意外だな、お前が」

「あぁ、正直身に覚えがないんだが……」

「ははっ。もしかしたら先生からの告白かもなぁ~~」

「んな、馬鹿なこと言うなよ」


 坊主頭のくせにへらへらとエロ漫画の様な事を言ってくる五郎を横目に、俺は一度呼ばれた屋上まで向かうことにした。







 ん、てか、なんで職員室じゃなくて屋上なんだ?

 それに……時雨のやつもどこに行ったんだ?


 まさか、時雨が? いや、さすがにそんなことはないよな……うん。










【あとがき】


 ということで、今回は短め!

 次回、第一章最終話「烏目雄太の懐抱かいほう」です! ようやく繋がる(?)二人が見れますよ笑笑 お楽しみに!

 


 すでに書くことがなくなってきたあとがきですが、そうですね。


 本作はやり直しラブコメなのですぐさまくっつくとかはありません!

 

 最初こそインパクトありでしたが健全に、でもたまにラッキースケベで進んでいきます。数か月間作品を描き続けられたらいいかなぁとも思っています。一応3話ほどのストックを溜めて投稿していますが、僕のゼミとの兼ね合いで書けなくなる場合もあるかもです……。


 無論、完結させる気はムンムンなので——じゃなくて満々なのでよろしくです!


 いやぁ、次の話結構力作なので読んでもらいたいですっ。









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