第9話「おひるごはんを一緒に」
屋上前の階段にて。
「ね、ねぇ……特別な話って何?」
案の定。
五郎が告げた嘘を時雨は素直にも信じていた。
「いや、別にそんな話はないって……あいつが勝手に言っただけだ。気にしないでくれっ」
「な、何よ……それ」
少し不満そうに呟く彼女に俺は焦って付け足した。
「ま、まぁ――時雨の弁当が楽しみだっただけだ」
「っ——し、仕方ないわね」
くいっと顔を下に向けて弁当を用意する時雨。
髪で隠れていない耳のふちが赤くなっているのでどうやらフォローは合っていたようだ。
ふぅ、一安心だな。
もちろん時雨の料理を食べれるのは久しぶりで楽しみだったのは本当なのだが……こう、元カノと食べる弁当程気まずいものはないだろう。一昨日の夕方までの俺では考えても見なかっただろうに。
人生というのはどうなるか分からない。
これの言葉の意味が人生で初めて、ようやく理解できた気がする。
そんなこんなでぼーっとしながら考え事をしていると隣に座った時雨が懐から用意してくれていたお弁当を取り出した。
二段に重ねられた弁当を分けて、一つを俺の方へ膝の上にぽっと渡す。受け取ると制服越しに保温された温かみを感じた。
「おぉ……あったかいな」
「まぁ、そうね」
「これが所謂保温機能付き弁当箱ってやつか?」
姉さんが毎日のように作ってくれた弁当はかなり冷えていた。それに比べてると明らかに暖かくて、冬にはもってこいなんじゃないかなとも思える。
無論、弁当というものが元から冷えている——という常識はわかっているつもりだったがやはり温かい方がおいしいのは変わらない。料理がうまい姉さんだけど、冷たいと味は少し、いやかなり落ちてしまう。
そこを踏まえての画期的な弁当箱に少し見惚れてしまっていた。
「ね、ねぇ……中身は見なくていいの?」
「え、あぁ――っ。すまん、保温ってのが珍しくてさ」
「そう、かしらね? 今なら大抵あると思うけど……」
「そうなのか? マジか……今の最先端技術すげえ」
「私にも原理は分からないけど……そこまで高くはないと思うわよ?」
「安いのか⁉ それなら俺も姉さんに買ってもらおうかなぁ」
「おすすめはしておくわ。そっちの方が美味しいものね」
「あぁ、そりゃな……でもよ」
「なに?」
「俺のために同じ弁当、わざわざ買ってくれたのか?」
「っ——⁉」
何気なく、気になったことを訊ねてみると時雨は肩をびくりとさせて固まった。
「だいじょぶか?」
「え、えぇ」
別に何もないわと言わんばかりに後ろ髪を手で靡かせるが、明らかに挙動がおかしかった。一瞬完璧に動きが止まってたし。
「あ、あと、別にそう言うのじゃないわよ。ぱ、パパの新しいお弁当を買ったついでよ……」
「そ、そうなのか……まぁならいいんだが」
「も、もちろんよっ。別に雄太のために買ったわけじゃないからねっ!」
「い、いや、別にそこまで否定しなくても……」
「っひ、否定してるわけじゃない、し」
「なら、いいけども……」
微妙な雰囲気が流れて、困った挙句。
俺は弁当を開いて中身を見てみることにした。
「開けるぞ?」
「うん」
パカリ。
そこまで頑丈ってほどでもないがメタルの音がして、蓋を開ける。
すると、中から立ち込めた湯気と出しの効いたいい香りがして思わず鼻に神経を尖らせた。
「うぉ」
小さな声が漏れて、再び時雨がビクッと体を揺らす。
しかし、そんなことには目もくれず俺は弁当の中に目を向けた。
「……すげぇ」
中身は一言で言って圧巻だった。
さすが時雨。
付き合っていたときに実際に時雨の手料理入りの弁当自体を食べたことはなかったが思っていた通り、やはりお弁当の中身は洗練された彼女の料理でいっぱいになっていた。
まずは日本人としてご飯には欠かせない白米。特段詳しいわけではない俺でも見て分かるふっくらの仕方で、柔らかすぎず硬すぎを追及してそうな見た目。その上には海苔が刻んでおかれて、弁当屋さんののり弁の姿を思い出す。
そして、仕切りの横に置かれたおかず。副菜だとか主菜だとかがちんぷんかんぷんな俺でもよく分かる色彩の良さ。
ニンジンとトマトの赤みに、ピーマンとレタスの緑、そしてだし巻き卵にカットステーキが少々。
ん、カットステーキ⁉
急なディナー要素に驚きはしつつも、考え抜かれた中身に度肝を抜かれて声が出なかった。
すると、横から心配そうな声が聞こえてくる。
「ど、どう……かなぁ」
無論、こんなのは食べる必要もない。
「やばい、美味しそう……てか絶対にうまい!」
「……そ、そっか……ぇへへ」
心の声が漏れてますぞよ。と言ってやりたくはなったが目の前の豪勢な弁当に待ち切れず涎が垂れそうになる。
「た、食べてもいいか?」
こくりと頷いたのを確認して俺は犬のように、かぶりつく様に食材を口の中へ運んでいく。
「んっ、はぁむ! んんっ‼‼」
うまい、うまい、これもうまい!!!
旨いと美味いのオンパレードに頭の中もぐっちゃぐちゃでさすがの料理の腕に感服だった。
だし巻き卵は優しい塩加減で昆布とかつおだしが効いているし、肉だって硬くもなく柔らかすぎず、野菜もご飯も程よく味が効いていて箸を持つ手が止まらない。
ご飯が進む。という言葉を実感しながらバクバクと食べ勧めていく。
「うまいな、さすがだな!」
「ま、まぁね。料理は得意だし……っ」
「ヤバいくらいに美味しいぞ、これ!」
「あ、ありがと……」
高校生が作るレベルではないのは確かで、褒める口も止まらない。あまりにほめ過ぎたせいか時雨の顔が今にも火を噴きそうなくらいに真っ赤になっていた。
「わ、私も食べるね……」
「あぁ!!」
そうして、階段に並びながら俺たちは昼のひと時を共有したのだった。もぐもぐと食べていく中、1年の頃の昼休みを思い出したのは言うわけにはいかまいな。
「なぁ」
「?」
「今度、家でも本格的な料理作ってくれないか?」
「……え、なんでよ?」
「なんでって理由必要か?」
「別に……そう言うわけじゃないけど」
「まぁ、でもそうだな……。久々に時雨の料理が食べたくなったていうか?」
「っ……」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫よっ!」
「えぇ……なんで怒るのぉ」
「別に怒ってないわよ……恥ずかしかっただけ」
「恥ずかしい?」
「自分の言ってること考えなさいよ」
「時雨の料理が食べたいだけだぞ? ん、あぁ……そういうことか。俺ら一回別れてるもんな」
「そ、そうよ……」
「でも、付き合わなくちゃ食べちゃダメなのか?」
「——っ」
「ただ単に弁当食べてたら食べたくなっただけだよ」
「……別に、これからも毎日弁当作るのに」
「——え、そうなの⁉」
「うん。というか、そうじゃなかった?」
「いや、俺はただ今日だけだと……」
「っ⁉ も、もう……‼‼‼‼‼」
隣に座る時雨がポコポコと肩を殴ってくる。
感情が高ぶっているのか、付き合っていたときよりも少し痛い気がする。
数発ほどポコポコすると疲れたのか、肩を撫でおろしながらため息交じりにこう言った。
「べ、別に……いいわよっ」
「お、ほんと?」
「嘘を言うわけないでしょ」
「ははっ、それもそっか! おけ、じゃあよろしくな!」
「今週末でいい?」
「おう、楽しみにしておく!」
「ほどほどにね」
少し苦笑いを見せて、チャイムと共に時雨は階段を下っていく。
その小さな後姿を見て、俺は小さくガッツポーズをした。
やっぱり、時雨もまんざらではなさそうだな。
【あとがき】
次回、第10話「掃除しなきゃやばい!※時雨視点」です!
昨日色々と整理いたしまして、章分けを訂正しました。勝手に変えてしまい申し訳ありません!
ようやくデートをできる? 的な展開になってきたのでがんばっていきますよぉ~~!
PS:19時にも投稿します。
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