第3話「鹿住時雨の発情」

♡鹿住時雨


 どうしよう……やってしまった。


 私は、なんてことをしてしまったんだ。


 あんなところを見られてしまった。


 それもただ見られたわけじゃあない。

 相手は私の知っている男子生徒。


 そんな簡単な相手でもない。


 相手は私の元カレだった。


 今、私の膝の上に置かれている学校指定の体育ジャージ。

 その持ち主である人に見られてしまった。


 もうやばい。

 一生お嫁になんていけない。きっと私はこのことを墓場までもって一人で死ぬんだ……どうしよう、ほんとにどうしよう。


『——ねぇ、聞いてる?』


「えっ——あ、あぁ、うん!」


『んもぉ、せっかくおかしな相談に乗ってあげてるのに……しっかり聞きなさいよっ』


「ごめん……」


 少しお姉さんっぽく語ったのは私の友達の斎藤有紗さいとうありさ


 同じ高校に通っていて、彼女との親交は小学生まで遡るほど長く、信用に足る人物でもある。


 そんな彼女になぜ電話しているかと言うと、つい数時間前にやってしまった私の失態について話を聞くためだった。


 簡単に言えば、元カレのジャージの匂いを嗅いで致しているところを見られてしまったことに対するアドバイスだ。


 もちろん、いくら親友だからと言っても私が学校の教室で自慰に走っていたことは言っていない。匂いを嗅いでしまったところを見られたと伝えている。


『うん、頼むわよ、ほんと。抜けすぎているのよ、最近』

「それは、まぁ。私も分かっているけども」

『分かっていてもやっちゃったんだからダメじゃん。だいたい学校で匂いまで嗅ぐって……もしかして、その、溜まってるの?』

「ち、ちがっ——‼‼ そんなことないわ!! 別に、そんなことは……」


 もちろん、有紗の言っている通りではある。


 私は溜まっている。


 いや、それ以前に彼との思い出が鮮烈すぎて——記憶が呼び戻されてしまった、と言った方が近い気がする。


 雄太……いやもう名前呼びは良くないか。烏目君とは先月とあることがきっかけで別れてしまった。


 所謂喧嘩別れというもの。


 その一時いっときの感情で私が一方的に怒ってしまい、気が付けば言うつもりがないことまで言っていて、結果的には後に引けなくなっていた。


 なんだかんだ、今日と言う今日まで後悔はしながらもきっとこういう運命なんだ――と自分の気持ちを抑えつけて前向きに生きていたけど、突如暴走してあんなことをしてしまった。


 それに、私だってあんなことをいきなりしてしまったわけではない。


 あの日は色々とあったからだ。


 朝は駅前でガラの悪い高校生にナンパされて駅員さんに助けてもらったし、学校ではこの前にやった定期テストが返ってきて国語と英語が赤点。


 それ以外も平均点以下の絶望的な点数だった。そのことで放課後には職員室まで呼ばれて大学に行けないだのと説教までされたのだ。


 だいたい、先週まで女の子のアレだったため、色々とストレスが溜まっていたというのもある。


 それらが総じて私に降りかかっていた——そんなところで、誰もいない教室で置きっぱなしの烏目君のジャージ。


 あの一瞬で、私の頭の何かが爆発してやってしまった。


 いわゆる魔が差したってやつだ。


『ほんとにぃ? 動揺に聞こえるんだけど?』

「ほ、ほんとだし……」

『はぁ、そう。嘘ってことね』

「いや、だからそんなことじゃ!」

『はぁ……』


 バレるわけにはいかまいと否定すると、数秒程静かになってからため息が聞こえてきた。


「な、何よ……」

『いや、少しだけ感心しちゃってね』


 呆れた声がスマホから聞こえて、私はぐっと身構える。

 有紗が何か重大なことを言う時は必ず「感心しちゃって」と告げる言葉だ。


『時雨ね。見え見えなの』

「……見え見えって、何がっ」

『何がってそれは自分が一番わかっているんじゃないの?』

「……分からないわよ」


 ぼそっと言い返すと有紗はさらに呆れた声を漏らす。


『——ほんとはまだ好きなんでしょ?』


「……べ、別に、そういうわけじゃ」

『嘘をつかなくても分かるわよ? そのくらい。時雨、嘘隠すの下手だし。だいたい別れてからと言うもの、全然身が入ってなかったわよね? ほら、この前のテストだって赤点だったわよね?』

「ど、どうしてそれを――⁉」

『ウチをなんだと思ってるの? これでも時雨と10年近く一緒にいるのよ? 隠し通せるとでも思っていたのかしら?』

「……そ、それは」

『それに時雨が見栄っ張りなのも分かってる。私は真剣に聞いているんだからしっかり全部正直に言ってみなさい』

「う……うぅ」


 優しく諭されて嫌々ながらも私は言うことにした。


 実はまだ彼の事が忘れられていないということ。

 どうして嗅いでしまったのかと言うこと。本心として今の私が彼に抱く感情。そして世間体の不安。


 蔓延る心配をさらけ出していくと有紗は淡々と黙って聞いてくれた。


『ほうほう、それで――まだ気持ちは彼にあるって言うのが本心だと』

「……ぅ、ぅん」

『じゃあ、一応聞いておくけど——付き合いたいとは思ってる?』


 付き合いたい――と言われたらそういうわけでもない。

 ただ、付き合いたくないというわけでもない。


 気持ちを捨てきれていないが、気持ちを捨てられてもいない。


 正直言うが、私もよく分かっていない。


 一つ分かるのがまだ嫌いではないということだけ。


「分からない、わよ……」

『うん。それならもう縁も切りたい?』

「そんなことはない!! ゆ、ゆーたは私にとって……ぁ、ん」

『嫌い?』

「嫌いじゃない……そりゃ……嫌いだったら、あんなことはしないよ」

『そうよね……なら、まぁ、アタックでもしてみれば?』

「な、何を言ってるのよ……私が振ったんだしそんなことできるわけ」

『じゃあ、ジャージ返して終わり?』


 そりゃ返して終わりだ。

 私が振って、彼も認めて、そうして歩んできた1カ月。

 今更そんな、私が何かを望んで近づくなんて――できるわけがない。


 後悔はある。だけれど、どんなに考えたって後の祭りなんだ。この後悔を次に生かす。それだけだ。


「そう、よ……」

『いいの?』

「……それは——まぁ。よくはないけど、仕方ないじゃない」

『ねぇ、時雨』

「ん?」

『私さ、あんたが付き合った時すごく嬉しかったの。あんなに嬉しそうな時雨は見たこともないくらいに、それが凄く印象的で自分のことのように嬉しかった』

「うん……」

『だけど別れた後、何にも報告することなくただ愚痴だけ言って別れてすごくショックだったのよ?』

「それは——ごめん」

『別に強制はしないわ。でも、時雨がそれでいいの? 本当に、本当にそれでいいの?』

 

 よくは、ない。

 本音はそうだけど、それは今更。


「でも——」

『私は本当の気持ちを知りたいの』


 本当の気持ち。

 そんなことは考えてこなかった。

 分かってないふりをしていた。


 でも。


「仲良く……したい」


 気づかず私はそう呟いていた。


『んもぅ。そうよね……そう言ってくれると思ってたわ』


「え、何? 私なんて言った?」


『いいから、とりあえずは鼻に近づけてるそのジャージを烏目君に返すところから頑張ろうね?』

「っ⁉」

『じゃあ、明日から頑張って~~』

「ん、いやちょ――!」


 焦って聞こうとしたが口に出した時にはもう電話は切れていた。








 ていうか、どうして……知ってるの⁉

 このジャージが手元にあることを‼‼‼‼










【あとがき】


 次回、烏目雄太の焦燥、お楽しみに。


 もう気付いた方もいるとは思いますが各エピソードタイトルは涼宮ハルヒの憂鬱をもじらせていただいています!


 ちなみに皆さんはハルヒと長門とみくるの誰が好きですか? 

 僕は付き合うなら長門ちゃんですかね~~笑笑

 ツンデレっ子もいいけど、地味子が大好きなんですよね~~でも実はエッチ?的な!


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