第10話 魔物と人間と神


「え…?何で皆、そんな顔で俺を見てるの?え?怖いんだけど…」


 黒煙が晴れ露わになったシールの顔は、首から上が化け物の顔になっていた。その顔に魔物達、盗賊達は、騒然としだした。


「ぎゃああああ!!」「化け物だぁあ!!」「うわああああ!!」


 シールの顔を見た魔物達の一部が一斉に叫びながら逃げ始める中、一番シールの近くに居たシモシ達は、衝撃のあまり動けずに居た。


「お前達!気を持てぇ!!戦場ここに立ったからにはお前達は、盗賊では無い!1人の戦士だ! 俺がヤツの腕を切り落とす!シモシは、ヤツの持ってる武器を握れ!シモシの部下!援護を頼む!」


「う、うっす!」「お、おう!」


 ジトは、呼吸を整えながらそう言うと先陣切ってシールに突っ込んだ。

 ジトに続く様に銃を構えるララは、シールに目掛けて引き金を引き、パンも槍を構えると風の音と共にシールの背後に回り込んで足から胴体に掛けて槍の刃で斬り付けた。


 全ての攻撃を避ける事無くシールは、呆然と体制を保ったまま。音も無く斬り落ちる腕に気付く素振りも見せないまま、光の届かない奈落の目で周りを見渡していた。


“あ~あ、何か、面倒臭くなっちゃったよ”


「ルドン国王?何で俺を虐めるの? それに化け物って…まるで本当に俺が化け物みたいじゃんか! 俺は王国を救った勇者!英雄なんだよ!? こんなにさ!皆に認めて貰おうと!皆と仲良くしたくて!こんなにも頑張ってるって言うのに…酷いじゃんかぁ!!」


「…っ!」


 シールの言葉にルドンは、苦虫を噛み潰した様な顔で下唇を噛み締めた。


「ケッ!化け物が…人間ぶりやがって!鏡見てから物を言いな!」


 ジトから短剣を受け取ったシモシは、そう言って刃先をシールに向けた。


“鏡…?そうか…!”


「あぁ!なるほど!そうか!だから怖がってたのか!それなら皆!見てて!!」


 シールは、何かに気付いた様子で周囲に声を響かせた。途端、その場の誰もが時間を止められたかの様に固まってシールへ一斉に視線を注いだ。


 すると、シールは、自分に刃を向けたまま動けず冷や汗を掻くシモシに近付いた。


「特に魔物達は聞いてて欲しいんだけど! 人間って生き物は、普段はこう言う同じ様な見た目の皮を付けてるんだ! 俺は、ちょっとその辺の管理が下手でね。でも、ルドン国王もギーじいさんも皆!その皮の下は、俺みたいになってるんだよ! 化けの皮って言うでしょ? 試しにこの人の人の皮、剥がすからね! これを見て人間は皆、俺と同じだって事分かってくれたら嬉しいな! …ゴメンね、魔物達と皆の理解を得る為には必要なんだ…あまり驚かすとアレだから直ぐに戻ってね!」


 シールそう言うとシモシは「ヤメ、ロ…」と小さく呟くと、その体は、溶ける様にしわくちゃにただれ出し、あっという間にローブと服に沈んだ。


「驚くかもだけど、見ててね。目瞑っちゃダメだからね!」


 シールは、切り落とされた腕の断面を肥大化。地面に溢れ落ちる肉塊から、長い指を伸ばしてシモシの服とローブを退かした。


 そして、露わになったシモシの姿は、産毛の様な無数の手足に覆われた大腸の様な胴体。その胴体には、大小様々な沢山たくさんの鼻の無い平らな顔が浮かび上がり、末端にはミミズが集まったかの様なうごめく眼球が生えた見た目に変わっていた。


「逃げろ!」「イヤだ…」「ララ!パン!逃げてくれ!!」「ころしてくれ…」


 浮かび上がる顔の一つ一つから泣き叫ぶ様な声を上げる変わり果てた姿のシモシは、波打つ様に体を蠕動ぜんどうさせて、産毛の様な無数の手足で這いながらシールから離れ様としていた。


「皆ぁ!これで分かった!? 俺は化け物じゃないし!それ言ったら人間皆同じだからね! それじゃ戻って良いよ!」


 シールは、満足そうに言うと固まっていた体が解かれ、一連の光景を見ていた魔物達はあまりにもショックに一斉に気を失った


「お前達…!」「あ…あああああ!!」「ララ!!パン!!逃げろおお!!」


 シモシの泣き叫ぶ声だけが響く中。ララとパンは、その場に崩れ落ちて動けずにいた。


 ママルマ、ギーとジトは、これでもかとシールを睨み付けていた。その視線にシールは、溜め息を着いた。


「えぇ…?まさかの納得して無い感じ? もう良いじゃん!今は分からなくても少しずつ分かれば良いんだからさ! ほ、ほらさ!君もそろそろ元の姿に戻りなって!」


 シールは、お道化る様な様子でシモシを突いた。だが、シモシは、呻き声を上げて戻る様子を見せなかった。


“あーあ、ほんともうイヤになっちゃうよ…”


「キサマあああああ!!!」「テメェえええええ!!!」


 喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げながらララとパンは、シールに攻撃を仕掛けた。


 無抵抗のシールの体は、徐々にボロボロに裂け始め、傷口から体液と一緒にゴボゴボと張り詰めた肉が雪崩なだれの様に溢れた。


 ママルマは、モーリの腕を飛び越えてシールに火炎弾を放った。火炎弾は、ララとパンの隙間を抜けてシールの直撃した。


 ガボォウン!


 その爆発に動けずにいた魔物達は、奮い立たせる様に雄叫びを上げて、シールに攻撃を始めた。


「ママルマ様に続けぇえ!!」「やってやる!やってやるぞお!!」「化け物がぁあ!!」


 ママルマは、咳き込みながら苦しそうに顔を歪めてルドンに振り返った。


「ゲホッ!ゴホッ!はぁはぁ! ルドン王!もう、ヤツを倒すしか無いよ!」


 変わり果てたシモシをローブに包み抱えるギーは「ここまで来ては取り返しが効かないでげす! どうか、ご決断を…!」と言うと、2体の使い魔へ気絶した魔物達の保護指示を始めた。


 シールの体は裂け始め徐々にその全体像を明らかにした。頭部と同じ様に体も元のシールの姿とは、掛け離れていた。

 肩まで裂けた口から下は、大きく肥大化し。沢山の心臓の様な肉の塊がドレスの様に足元を覆っていた。スカートの様な肉の隙間から見える足は、白骨化した指の無い脚が一本だけ立っていた。ブクブクに膨れ垂れた肉の腕は、振り袖の様にも見える。


 そんな変わり果てたシールからは、攻撃を受ける度に幹部からゲル状の血を溢れさせた。


「あ、ママルマちゃん? そう言えば世界がどうとか言ってたよね? もし、それが今の魔物と人間が一緒に居る世界の事を言ってるなら…俺はそれが正しいとは、思わないなぁ? ルドン王?きっとこんな状況だから混乱して俺を虐めてるんだと思うんだけど。だったら、もう一度、俺が世界を救ってあげるよ!」


「な、何をするつもりだ! っ!」


 攻撃など物ともしないシール。訴える様にシールに詰め寄るルドンは、ふと、重なった月と太陽を見上げた。


 シールの言葉に重なった月と太陽は、その光度を急激に強め、世界を焼き尽くさんばかりの輝きを放った。


「止めろ!止めるんだシール!!」


 そう叫ぶルドンだが、シールは「ママルマちゃん。残念だけど、もうお別れだね!」とママルマを見つめて優しく語り掛けていた。


 意を決しルドンは「お前は、お前の名前は…!アガンダラ!」と声を響かせた。その言葉にシールは、ピクッと動きを止めてルドンを見下ろした。


「聞こえなかったか!?お前の事を言ったのだ! 女神、アガンダラ!!お前の名前だ!」


「名前?ルドン王。…やだなぁ。おれわ、シー…ルだよ? め、神じゃな…くて、勇者だよ…?」


 アガンダラと呼ばれた途端、その体は、泥の様に崩れ始めた。しかし、アガンダラは、冗談でも聞いてるかの様に笑っていた。


 月と太陽の光も治まり出し。ジトや盗賊の二人と魔物達は、攻撃を止めて、崩れ行くアガンダラから離れ様としていた。そんな中、ルドンはその隙を掻い潜るとアガンダラの目の前に立った。


「る…どん…おう…? みん…な、いっしょ…」


「シール! 君は…勇者失格だ!!」


 トドメと言わんばかりにルドンが言い放った瞬間、アガンダラの体は、完全に崩れ落ちた。

 すると、アガンダラの体から衝撃波の様な波紋が広がった。その波紋に揺れる空は、晴れ澄み渡る元の青色になり。シモシの姿も何事も無かった様に元に戻っていた。そのまま、波紋が世界中に広がる頃。シールに関する記憶を覚えてる人は、誰一人として居なくなっていた。


 そして、世界は、魔界と現世が繋がった人間と魔物が共存する元の姿を取り戻していた。


 王国に戻ったルドンは、王室でただ一人、古びた本を開いた。

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