第5話 魔界の城


 ──…数年前…──


 空は、夜明けと日没が混ざった様な星の広がる幻想的な紫苑しおん色に染まっていた。


 魔王。ママルマが現世と魔界をへだてる結界を破壊したのだ。そして、ママルマは、一通の手紙を託したケンタウロスを一体送っていた。


 たった一体のケンタウロスだったが、王国は、騒然そうぜんとし、兵団も応戦するも魔法で武器を無力化され成す術を無くしていた。


 ケンタウロスが城の前までに迫っていたその時、シールは何処からともなく現れ、ただ一人で立ち向かった。


 敵意は無いと言うケンタウロスの言葉に耳を貸す事も無くシールは、強大な魔力であっという間にケンタウロスを退しりぞけた。


 そして、当時、神官だったギーの言葉に耳を貸す事無くシールは、教会を半壊させ、水晶玉と鏡を持ち出し、魔界へ繋げると間髪入れずに鏡に飛び込んだ。


 ──…魔界…──


グ二ィ!「っ!?」


 地面から少し離れた高さから落ちたシールは、着地と同時に片足をくじいてしまった。


“いてぇ…くそぉ…!”


 その場に座り込み足首の痛みに歯を食い縛っていると。突然現れたシールに魔物達も人間と同様に騒然とし始めた。


「おぉ!?何だ何だぁ!」「に、人間だぁ!すっげぇえ!」「え?本物?え?え?」


 しかし、逃げ惑っていた人間に対して魔物達は、興味津々にシールを取り囲んでいた。

 すると、苗木の様な魔物の子供がシールの元に近付くと「おいジジィ。怪我してるの?」と心配そうに言った。


「ジ…おいガキ、今何つった?」


 シールは、顔を上げて苗木の魔物を見上げたがその時には「はいはい」苗木の親のと思われる樹木な魔物が魔物達を掻き分けてやって来ていた。


「んん?こりゃ捻挫ねんざだね。手を離してくれるかな?」


 樹木の魔物の言う通りにシールは、手を退けると。樹木の魔物は自分の頭の大きな葉っぱを1枚千切ってシールの足首に巻き付けてつたでシールの足を固定した。


「それはマンドラゴラの葉だよ。少し休めば半日も経たずに治るよ。しかし、まさか人間の患者を診る事になるとはね。良い思い出になったよ」


 樹木の魔物は、そう言いながら立ち上がると満足そうに笑みを浮かべて苗木の魔物を手を繋いで場を離れた。


「お大事にねぇ!ジジィ!」


 笑顔で手を振る苗木の魔物にシールは、小さく手を振り返すと「いけね!こうしちゃいられねぇ!」と自分に言い聞かせる様に呟いて立ち上がった。


 そんなシールを心配そうに見つめる魔物達にシールは、余裕の笑みを浮かべた。


「ありがと皆!悪いけど今すぐにでも城に行かなきゃダメなんだ。そうだ、コレほんの気持ちだよ!」


 シールは、そう言うと手から光る粉を生み出して空高くに振りいた。光の粉は、星とは違い本当に宝石の様な輝きで、瞬く間に魔界の街を包み込んだ。


「わぁ!」「綺麗ね~!」「確かにそうだけど、人間ってここまでの魔法使えたっけか?」


 魔物達が空に気を取られている隙に、シールは、街の中心にそびえ立つ城を目指した。


 魔界の街は、その殆どが王国と同じだった。家や商店街、その一つ一つが王国と違わなかった。

 明確な違いと言えば、住んでいるのが人間では無く魔物だと言う事と教会破壊対象が無い事くらいだ。


 ──…魔王城内…──


 シールは、体を透明にさせ、表門から堂々と城に入って行った。当然、誰一人として、その姿を認識する事は無かった。

 それでも、城内はシールの放った街を包む光に誰もが戸惑い騒然としていた。


 城の中まで王国と同じでシールは、迷う事無くあっという間に王室の手前の待合室にまで辿たどりり着いた。


「ちょっと休憩~!おぉ!お菓子あんじゃん!」


 シールは、ソファーに座るとテーブルのお菓子に手を伸ばして包装ごと頬張った。その時。


「な、なんじゃこりゃああ!?」


 隣の王室から城自体が揺れる程の大きな声が聞こえて来た。


「んぐぅ…っ!?」


 その声に驚いたシールは、お菓子を喉に詰まらせ慌てて胸を叩いてると、自分が入って来た扉の向こうから、ドドドド…!とこれまた床が揺れる程の足音が聞こえて来た。


 血の気が引く程に嫌な予感がしたシールは、喉の詰まりに助けを呼べず、今にも泣き出しそうな顔で王室の扉にすがり付きながら恐る恐る振り返った。


 バァン!!


「女王陛下ぁあああ!!」


 扉が壊れそうな程の勢いで開くと同時に現れた足音の正体は、全力で走る翼の生えた巨人だった。


 テーブルを飛び越えたミサイルの様な巨人は、血眼で一直線にシールの縋り付く扉に走って来ていた。


 巨人のあまりの形相ぎょうそうにシールは「~っ!!」と声にならない叫びを上げた。


 バガアアン!!


 巨人は、シールを挟み潰しながら扉ごと吹き飛ばした。


「がっ!ブッ!!ぐへ!」ドゴォン!


 体を床にバウンドさせ、喉に詰まったお菓子を吐き出すシールは、壁にめり込んだ。

 そんなシールに気付く事無く「どうされましたかぁ!?」と巨人は、部屋の奥へ駆けて行った。


 ベランダから街を見下ろす赤い大きなマントを羽織はおった白竜。魔王のママルマは「モーリ!これは何が起ってるんだ!?」と翼の生えた巨人に言った。

 モーリもベランダからの光景に「な、何だこの光は!?」と声を震わした。


 その頃、シールは、身をよじり壁から抜け出していた。喉の詰まりが解消した事に安堵あんどするも束の間、壁が崩れ出しシールを下敷きにした。


「た、助かったぁ…! って…ぎゃあああああ!!」


 ガラガラ!ドドォン!!


 背後から聞こえる叫び声と物音にママルマとモーリは、振り返った。


 そこには、瓦礫がれきの中から這い出る、今にも泣きそうな顔で脱げたズボンを履き直すシールの姿があった。


「「…だれ?」」


 ママルマとモーリは、そんなシールの姿に声を合わせた。


「ちょっと待ってて…。グスッ!ズビィッ!」


 シールは、声を震わせてそでで顔を拭い、鼻を噛むと改まった様子でママルマとモーリに向き合った。


「ゴホン!俺は、王国の誇り高き勇者!シールだ! 魔王!今すぐに現世から手を退くんだ!さもないと街の住民、全員が消し炭になっちまうぞ?…決まったな…!」


 シールは、服の汚れを払いながら満足そうな笑みを浮かべながら二体に近付いた。


「コレは君がやったのか? …ママルマ様、お下がり下さい。…おかしい。ここまで来るまで君の姿は、見当たらなかった。透明になるなら、まだ一部の魔物でも可能だが。ただの人間がコレ程の魔力…神官どころか並大抵の魔物ですら保有してるハズが無い。…キサマ、何者だ?人間では無いな!?」


 モーリは、咄嗟にママルマを背にシールと向き合うと、これでもかとシールを睨み付けながら拳を固めた。

 その様子にシールは、わざと怖がる様にお道化どけながら両腕を広げてモーリの背後に居るママルマを覗き見た。


「怖ぁい怖ぁい!ってか、失礼だな。俺はどこからどう見たってただの人間だろうが。おーい魔王ぅ? このままだと皆消し炭にしちゃうよ?良いのかなぁ!?薄情な王を持った民が可哀想だなぁ!?」


 シールの挑発的言葉にモーリは「キサマァ……っ!!」とモーリは、拳を振り上げた途端───ガボォオオ!!


 ママルマがモーリを押し退けてシールに火炎弾を放ったのだ。


 バグォオン!


 火炎弾は、見事にシールの顔に直撃するもシールは、微動だにしなかった。


「お前が人間だろうと別の何かだろうと、アタシの事は好きに言うと良いさ。けれどな、人質を捕る何て…! このっ!ド腐れ外道がぁ!!お前だけは、アタシが倒す!」


 そう意気込んでいたママルマだったが、煙が晴れた時。そこにあったシールの顔にママルマとモーリは、言葉を失った。


 露わになったシールの顔は、人間とも魔物とも付かないモノになっていた。

 ドクンドクンと蠕動ぜんどうするブヨブヨの頭部。両目は、底が見えない程に落ち窪み。鼻は、元の顔と比べても遥かに大きく肥大化しケロイド状に垂れ下がり。鋭い牙が生え並ぶ口は、肩まで裂けていたのだ。


「ぎゃは…ぎゃははは!」


 シールは、笑い声を上げながらモーリに視線を向けた。その瞬間、モーリは、気を失いその場に倒れ込んでしまった。


「モーリ!?おい!しっかりしろ! お前…お前ええええ!!」


 ママルマは、体を白から真っ赤に赤熱化させ、口から青い炎を溢してシールに襲い掛かろうとした。


 しかし、同時に街を覆い尽くした光が一斉にママルマの全身を包んだ。


「まぁまぁ。取りあえず、生まれ変わろうな?」


 シールは、笑顔でママルマをなだめる様に言った直後。


 ポン


 ママルマを包んでいた光は、一斉に破裂した。すると、ママルマは、バラバラと炭になり崩れその場に山を作った。


 シールは顔を、シミが広がる様に戻しながら炭を集めて、ママルマの羽織っていた赤いマントで包むとモーリのそばに置き、意気揚々と現世に戻って行った。

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