第14話 いえいえ、いやいや
私達は早々と陛下の御前を失礼して別室へ通された。中へ入ると一人のご婦人が立っていて、深々と頭を下げてくださいました。誰か、と聞く前に上げたお顔を拝見してああ、シューのお母様だとすぐに分かりました。顔がそっくりでしたので。
「グラフィル様、この度は我が愚息の為にお力添えをいただき誠にありがとうございます。ユーティア様にもご無理を申し上げ、本当に申し訳ございません」
「アンナ様、貴女は今は側妃の立場なのだから、臣下である私に敬語は要らないんですよ」
そう仰るフィル兄様ですが、シューのお母様、アンナ様はいいえいいえ!と激しく首を振られます。
「グラフィル様のお陰で私も息子もここで生きていられるのです!」
どういうことなのか私にはよくわかりません。私の隣にいるシューにそっと目配せしてみますが、
「どうしたの?ユーティア」
と、目をぱちくりさせるだけで何も伝わりません!シュー!私は説明が欲しいのですよ、もう!
「アンナ様、まずきちんと紹介しましょう。そして話は座ってしようじゃないか。ユーティアは慣れない王宮で疲れているからね」
「あっ!申し訳ございません!」
アンナ様はごめんなさい!とまた頭を下げます。そういえば無理やり側妃に上げられたとか。アンナ様の態度はそういう過去があったからなのでしょう。
「この可愛い子が私の妹になったユーティアだよ。そしてグラフの指輪の持ち主で、シューの正式な婚約者だ。隣の国でいじめられていたので連れてきちゃった」
「まあ……それはお辛かったでしょう……良く耐え忍ばれましたね……」
「ありがとうございます」
アンナ様は何と言うか素直な方で、流石シューのお母様と言ったところです。
「ユーティア。こちらがアンナ様。シューの産みの母で、元々リリアス家の侍女だったのですが、王妃様の侍女として王宮に上がった子だよ。そこをあのアホに捕まってしまってね、側妃になっちゃった子なんだ。だから私の事をまだ主人だと思っている節が強くてねえ、もっと偉そうにしていいのに」
「いいえいいえ!私のような子爵の娘がこの王宮でやっていけるのはグラフィル様のご助力と王妃様のお慈悲があるからこそです!お二人がいなければシューがこんなに大きくなることはなかったのです!感謝してもしきれません」
「アンナは真面目なんだよね~」
お話をまとめると、リリアス家から王妃様の元へ侍女としてアンナさんはやってきた。王妃様とは良い関係を築き、仲良くやっていたのに、アンナさんはある日突然陛下に襲われて、身ごもってしまう。正直に王妃に伝え、静かに消えていくつもりだったのを王妃は許さず、アンナさんを庇った。
そして生まれたのはシューであり、二人は王妃様の邪魔にならないようにひっそり暮らしていたらしい。
「母さん……母上の口癖は「絶対に王子様達の邪魔をしてはいけない、私達は市井に降りるのよ」だったんだ。まあ俺もそれでいいって思ってたし、そのつもりだったのになあ~」
「まあ……あの陛下の血筋ならどこかで「やらかす」可能性は大いにありますからね」
「俺も「やらかす」可能性があるってことだろ?」
「その為に私がいますから。私だってアンナならと思って王宮に行かせたのに、あのアホに手を出されるとは……迂闊でした」
寂しい思いをしていた王妃様の侍女に有能なアンナさんをと、グラフィル兄様は送り出したのに、予想外に陛下の目に止まってしまったそうです。
「それからあのアホの顔を見たくなくて夜会なんかをすっ飛ばしてたんですけどね!シューの為なら仕方がない、ちゃんとしますよ、ちゃんと!早くあのアホを追い落としてシューを王にしちゃいましょう」
「やだな~ホントはそんなめんどくせえことしたくねえよう~フィル様」
あーーーと変な声を出しながらだらしなく椅子に転がるシュー。そんな姿を見ると庭師の頃を思い出してくすりと笑ってしまいます。
「ユーティアもごめんな。俺達の都合に巻き込んじゃって……。いきなり婚約者とか言われても困るよな?でも、ユーティアは真面目な人だからきっと嫌って言えないだろ。あんなクソ家族の中でも頑張って暮らしてたのに更にめんどくさい所に連れてきちゃって……悪かった」
これはシュー。
「ま、まあ!グラフの指輪の主様!?という事はリリアス家ゆかりのお嬢様!?そ、そんな高貴な方をシューのお嫁さんなんてとんでもない事です!シュー!貴方には勿体ないご令嬢よ!本当に申し訳ございませんっ!愚息にはよく言って聞かせますので!」
これはアンナ様。
「本当にあのクソ家族の酷い事と言ったら……長い間気が付かなくてごめんね、ティア。君のお母様が亡くなったと聞いた時点でこっちに来てもらえば良かったんだけれど、グラフの末をそんな風に粗末に扱うなんて夢にも思っていなくて……」
これはグラフィル兄様。
「わ、私はそこまで言われるほど大した人間ではございません……ごく普通の者ですから」
いやいや、そんなことはないよ、いえいえ……と、ややしばらく謙遜のしあいが続いたのでした。
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