第3話 そこにいる庭師

「指輪さん、お願い。私を愛して必要としてくれる人の所に導いて」


 指輪に話しかける私をお父様とお義母様、ミーアが指を指して笑います。


「あっはっは!お姉様がとうとうおかしくなったわ!見て、指輪に話しかけてる!」


「ふふ、愛してくれる人ですって。ミーアならまだしも、ねえ?」


「可愛らしいミーアならば、そんな男もいようが、婚約破棄された傷物は誰も必要ないだろう!」


 もう、この人達はどうでも良い。私は、亡きお母様とお母様の残してくれた指輪を信じます。


『導かずともすぐそこにおるではないか』


「すぐそこ?一体……」


 ふと、視線を上げた先に居たのはこの家唯一の味方と言っても良い、庭師のシューでした。


「シューが?私を必要としてくれる?」


 恐る恐るシューに尋ねると、答える前にシューは逆に聞いて来たのです。


「ユーティアお嬢様、


 シューは何かを知っているようです。ですから私は答えます。


「ええ、


 なるほど。シューはそれを確認すると、


「俺は平民……苦労しますよ?」


「この家に居て、奪い続けられるより素敵な人生が送れます」


 言い切る私に、ぶはっ!とシューは吹き出しました。


「違いねぇ!」


 そして、一呼吸置いてから


「俺を選んで良いんだな?」


「私を愛してくれるのでしょう?」


 それは愛の言葉というより、契約に近い言葉でした。


「約束する」


「お願いします」


 シューは貴公子のように手を差し出し、私は手を乗せた。


「あっはっは!お姉様が!お姉様が、よりにもよって、平民の!しかも庭師とですって!」


 淑女の拙い仮面すら被り忘れてミーアが大笑いする。なんて下品な顔なのでしょう。


「ほんっと!お似合いよ!庭師とですって!」


 お義母様も気品のかけらも無い。我が家に来てから貴族教育を受けているはずなのに、いつまで経っても薄くまとった貴族の皮が剥がれてしまう。

 もう他人事ながら、あれでアレクシス殿下の婚約者なんて務まるのかしら?王子妃、いずれは王妃になるのに国の威信を背負う事なんて出来るのかしら?


「その庭師も今辞めますから、ただの無職です。短い間お世話になりました。給料も相場以下の劣悪な環境のクソ貴族でしたね!」


「な、なんだと!言うに及んでそんなことを!貴様はクビだ!」


 お父様が顔を真っ赤にして叫びますが、辞めるって言ってるのにクビだとか。意味が分かりませんね。


「ユーティアもこの家とは縁を切るんだよな?もう何の繋がりも持たなくて良いよな?」


「ええ!私も平民になるわ。シューとバランスが取れるわね」


 シューはにっこり笑って「流石ユーティア。ラング家の良心にして最後の砦」

と訳の分からない事を言います。でも意地の悪い感じはしないから、きっと褒め言葉だと思っておきます。


「リズ!」


 シューが声をかけると、最近入ってきたメイドのリズが一歩前に出ました。この子、凄くよく働く子なのよね。

 何かと私を陰ながら気遣ってくれたわ。大っぴらにやるとミーアがうるさく騒ぐから、そっとだったけれど。


「はい。私もメイドをやめさせていただきます。ここのメイドは本当に手より口の方が良く動く者ばかり。誰が当主かも知らず、ただ阿呆のご機嫌取りばかり上手でした」


 並ぶ辛辣な言葉に、古くからいるメイド達はブルブルと拳を震わせ


「何言ってんのよ!新入りが!」「辞めるって!せいせいする!」


 罵詈雑言で辺りは騒然とします。これが長年侯爵家に仕えてきたメイドの言葉なのでしょうか。


「ではユーティア様、お着替えをお手伝いします。この家からは貴女様自身と指輪のみを持って行きましょう。服も、髪飾りも……下着もこの家に置いていきますよ」


「え?あ、はい!」


 私はリズに連れられて、何もない自室に向かう。


「ラング侯爵、私も辞めさせていただきます」


「し、執事見習いのレオじゃないか。お前も」


「ええ、この不正だらけの書類、赤字で火の車なのに、無駄ばかりの出費。笑えましたがもう良いです。リズ、これを」


「ありがとう、レオ」


 レオは柔らかそうな包みを一つリズに手渡す。


「シューが用意した一式です。この家の物ではありませんので安心してお召しになってくださいね」


「確かに。新品ね」


 どうやらそれは服のようだ。とてもありがたいけれど、用意してあったって事なの?どういうことなのかしら?


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