第3話 クッキーを作るんだ

「あっ、琥珀ちゃんだ」

仕事からの帰り道、声をかけられたので振り返るとエコバッグを持った菜々ちゃんがいた。

バッグからネギがぴょこんと顔を出していた。スーパーに行ってきたのだろう。


「おっ、菜々ちゃん」

10月に入り、夕方のこの時間はカーディガンを着ていても少し肌寒い。


「ちょっと寒いね」

私の方にてくてく歩み寄りながらそう言う。

菜々ちゃんも同じことを考えていたみたいだ。


「今日は帰るの早いんだね」


「うん、マネージャーさんにもう予定ないから帰っていいよって言われた」


「ほうほうそれはよかった。じゃあさ、お家帰ったらお菓子作りしない?」


「お菓子作り?」


「うん、私どうしてもクッキーが食べたくてさぁ。それで材料買いにスーパーに行ってきた」


「クッキーにネギ入れるの?」


「あはは、これは明日の夜ご飯で使うの」

菜々ちゃんは、バッグから顔を出したネギを見ながら言う。


「あっ、でもそしたら夜ご飯どうしよう」


「牛丼でも食べてく?」

私は、オレンジ色に光る看板を指差す。

牛丼屋さんと言えば、赤かオレンジの看板しか知らないが、私たちはオレンジの方によく行く。


「おっ、いいねー賛成ー」


吸い込まれるように二人で店内に入り、牛丼を食べる。

ここの牛丼は、出汁が効いていてあっさり食べられるので好きだ。オーダーは勿論つゆだく。

あっさりしていると言っても、味が薄いわけではなくガッツリ食べたいという食欲を満たしてくれる。





家に帰ると、二人で一旦休憩する。

クッキーを作る前の小休憩。

二人でソファーに腰掛け、テレビをつける。なんとなくプロ野球中継を見る。


「クッキーってさお昼に作るもんじゃないの?」

クッキーはおやつだ。お昼に作って、紅茶と頂く。アフタヌーンティーのお供だと思う。


「琥珀ちゃんは真面目だなぁ」

菜々ちゃんが、私の方に寄りかかる。

「私は、やりたいように生きるだけさね。クッキーが食べたいから食べる。作りたいから作る。それが朝でも夜でもぉ関係ない」


「なんかおばあちゃんみたい」


「なんだとー私は琥珀ちゃんより年下なのにー小さい頃からこうやって生きてきたからしょうがないんですー」


私は、菜々ちゃんのこういう所に惹かれた。おっとり、のんびりしていて優しい感じ。自由奔放て何かに囚われず生きている感じ。誰かに嫌われても気にしない感じ。


私とは、正反対だ。周りの顔を伺って、ペコペコ頭を下げてばかりの私とは。


菜々ちゃんは、出会ったときから私を適当に扱ってくれる。変に愛想を振りまくことなく素で接してくれるから、私も頭を使うことなくストレスフリーで接することができる。

そう言う人に出会えるのって幸運だと思う。


「そろそろ作ろうかなーはい」

菜々ちゃんはお揃いで買ったエプロンを渡してくれた。

一緒に買ったはずなのに、毎日ご飯を作ってくれる菜々ちゃんのエプロンの方が私のエプロンより色褪せていて少し寂しさを感じる。



私は料理もお菓子作りもさっぱりなので、クッキー作りは菜々ちゃんの指示に従うだけだった。

「はい、卵入れて~」

「はい、混ぜて~」

と、言われるがまま動いた。


それでも菜々ちゃんとキッチンに並んで作業しているという事実に心がときめく。そして、お菓子作りは意外に時間がかかることを知った。冷やしたり、成形したり。


こんなに手間隙掛かるクッキーが、スーパーで100円ちょっとで買えるのだから日本の製菓会社はどうかしている。

いや待てよ、スーパーとかに売られてるクッキーは、原材料費抑えるためにバターとか使わないって言ってたな。

それならば、私たちの手作りクッキーの方が凄いはずだ。だって、バター85gも使ってるし、アーモンドプードルとかいうなんか高そうな粉も使ってるし。


後は菜々ちゃんに任せてぼーっとしていると、オーブンの方からいい匂いが漂ってくる。バターと砂糖のふんわりと甘い良い香り。


100円ちょっとで買える売り物のクッキーもいいけど、こんな幸せな体験ができるのは彼女と家で作る手作りクッキーだけだ。



=========


「琥珀ちゃんまだっ!」

出来立てのクッキーを食べようとしたら怒られた。


「クッキーは冷ますんだよー、出来立ては柔らかすぎるから!」


「はーい」


「その間にお紅茶を入れます!菜々ちゃん明日も仕事だからノンカフェインにするねー」

「ありがと」

菜々ちゃんは、自由奔放マイペース人間だが、こういう所には凄く気がきく。

そのお陰で私の体調はいつも万全だ。


30分くらい経って、菜々ちゃんからOKサインが出た。

私は、クッキーを噛る。

ザクッッとした音と共に、口の中にバターの香ばしさと砂糖の優しい甘みが広がる。

外はサクッとしているが、中はふっくらしていて食感もいい。

クッキーの周りについたグラニュー糖がダイヤモンドのようにキラキラしている。

紅茶も頂く。ハニー、ベリー、アプリコットが甘くやさしく香るルイボスティーはクッキーと相性ピッタリだった。



「幸せだねぇ」

クッキーと紅茶を嗜みながら私の口から自然と言葉がこぼれ出る。


「琥珀ちゃんは私と出会えて幸せだねぇ」

菜々ちゃんも紅茶をすすりながら得意げに話す。


「うんめーですな」


「ふふっ、それどっちの意味?クッキーが美味しいってこと?それとも運命の出会いってこと?」


「どっちもだねー」



今日も一つ屋根の下、女二人、手作りクッキーと共に幸せをかみしめる。


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