第2話 二人のこと②そして、時々麻婆豆腐
仕事終わりの暗い夜道。
駅を出て少し歩くと、私の住むマンションの明かりが見えてくる。
ゆっくりと、明かりが灯るあの一点に向かって帰る。この時間が意外と好きだ。
町の小さな本屋を通りすぎると、下り坂に差し掛かる。
仕事で疲れた足と、スタイルをよく魅せるために履いているハイヒールのせいで少し歩きづらい。
いつもより歩幅を狭くしてよちよちと道を下る。
今のお仕事は、好きだ。元々アニメが好きで、アニメに関わるお仕事がしたいと思い、声優という職業を志した。
「好き」を仕事に出来ている。
しかし、苦しいことも多いわけで。
連日オーディション不合格が続いたり、マイクの前で失敗できないというプレッシャーだったり。
SNSで少しエゴサすると、「宮村琥珀は可愛くない」だの、「演技が下手」だの言われ放題なのを目にしてしまう。
最近流行りの「群青」という歌の歌詞に、
【好きなことを続けること
それは「楽しい」だけじゃない】
という部分があって少し共感した。
苦しいことも沢山ある。けれど、今の私には応援してくれるたくさんの人がいる。
私が演じたキャラのお陰で人生救われましたって言ってくれたり、琥珀ちゃんのお陰で毎日幸せですって言ってくれたりする。
直接何かしてあげた訳でも無いのに、声を通して幸せになってくれる人がいる。
不思議な職業だなぁと思う。
そんなことを考えていると、もう家のドアの前まで来た。
私の家には、もう一人住人がいる。
いつも一番の味方でいてくれる大切な住人であり、心の底から愛おしいと思える住人が。
「ただいまー」
「お帰りー!」
菜々ちゃんは、まるでご主人の帰りをずっと待っていた子犬のように私に抱きついてくる。最近はこの一連の流れがルーティン化している。
部屋は食欲を刺激するいい匂いで満たせれていた。
「今日のご飯は、麻婆豆腐?」
「おー!正解!冷めないうちに食べよ」
「うん」
私は、手洗いうがいを済ませ、食卓につく。
麻婆豆腐とほかほかのご飯、中華スープにサラダ。
栄養満点だ。菜々ちゃんは、料理が本当に凄く上手い。バイト先の飲食店でもキッチンを任されているそうだ。
「今日はいつもより辛めにしてみたよ」
「菜々ちゃん辛いの大丈夫なの?」
私は、事務所のプロフィールに「好きなもの:激辛料理」と載せていまうくらい辛いものが大好きなのだか、菜々ちゃんは余り得意ではない筈だった。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!お米と一緒に食べれば...ごほっごほっっ辛っ!!」
「ほらー私が辛いもの好きだからって合わせなくていいんだよ!」
「大丈夫。そう言うときのために必殺!温泉卵を準備しておりましたので!これで少しマイルドになるはず」
菜々ちゃんは得意げに2つの温泉卵を私に見せつける。
パカッと麻婆豆腐の上に卵を落とす。
そこにスプーンを割り入れると、間から半熟にも満たない黄身がとろっと溢れ出す。
卵と麻婆豆腐、それからほかほかのご飯をスプーンに盛り、口に運ぶ。
菜々ちゃんの小さな口には量が多かったのか、少しの間もぐもぐしてから、
「美味しーい!」
と顔の前で親指を立てサムズアップする。
私も麻婆豆腐を口に運ぶ。ほどよく効いたニンニクと、豆板醤のピリリとした辛さが口の中に広がる。旨味のエキスが染み込んだ豆腐とお肉は、噛めば噛むほどふっくらと柔らかで優しい味がする。私が好きな辛さだった。
「どう?」
菜々ちゃんが私の反応を気にする。
「美味しすぎる。菜々ちゃん天才!」
私も菜々ちゃんのように親指を立ててサムズアップする。
「えへへそうでしょ!私、料理の天才だから」
「毎日ありがとね。大変だったら外食とかスーパーの弁当とかでもいいんだよ?」
菜々ちゃんは、私が仕事先でご飯済ませてくる日以外は、基本毎日ご飯を作ってくれる。
「ううん。私料理好きだし。楽しいからね。ちょっとご飯おかわりしてくる。」
菜々ちゃんは満足げにうなずくと、台所へ向かった。
明日も愛おしい彼女と美味しい夜ご飯が待っている。
そう思うと仕事帰りの夜道も楽しくなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます