雫が学校にやってくると、出迎えかなと思うぐらいにみんなが集まってくる。その中には隣のクラスの子もいるし、女子だけじゃなくて男子もいる。 

 僕はその様子を自席でぼうっと眺めていた。あそこに混ざるような意気地は、僕にはない。


 「まーた鈴谷さん見てんのか」

 「え? あ、うん」


 振り返ると、友人がよっ、と手を上げている。それに軽く返し、二人並んで雫の方へと視線を向けた。


 「相変わらず今日も美しいよなぁ。それでいて誰とでも分け隔てなく会話してくれるんだもんな。ほんと、女神かなんかかよ」 

 「そうだねぇ」

 「でも好かれてると勘違いしちゃうやつが本日も出たとのことで。見事な玉砕喰らってたよ」

 「そうなんだねぇ」

 「対してお前はいいよな。幼馴染みなんだもんな」

 「そうなんだよねぇ」

 「仲もいいんだろ? ワンチャン付き合えるんじゃね?」

 「…………っ」


 い、言えない。

 付き合ってること以上のことをしてるとか、言えるわけがない。

 内心で冷や汗ダラダラになっている僕をみて、友人が詰め寄ってくる。


 「なんだその反応、まさか」

 「つ、付き合ってはないから!」

 「付き合って"は"?」

 「あぁいや、その……言葉のあやというか、なんというか」

 「よく分からんけど、ま、いいか。オレがお前の立場だったら絶対、嫁になってもらうけどなぁ」

 

 友人がぼやいたその言葉に、ビクッと肩が震えた。

 そんな気軽に言えるなんて、コイツとんでもないな。感嘆の眼差しで、見つめてしまいそうになる。

 

 僕が雫と必要以上の間柄になれている、その理由。

 それはいわゆる、――結婚の約束をしたからだった。


 小さいころ、成り行きで指切りをしたそれを、雫はいまも覚えていて、文句も言わずに待ってくれている。

 けど、ヘタレな僕にはなかなか、それを受け入れる覚悟がない。考えてしまうのだ、僕と彼女では釣り合いが取れてないだろうと。

 ずっと甘えてばかりで、男としてはひどいもんだ。ひとこと、結婚してと言えるぐらいの度胸が欲しいな。

 ――なんて、先送り思考になってたのがいけなかったのかもしれない。

 


 それは、放課後のことだ。

 帰り支度を済ませ、教室をあとにしたときだった。

 

 「あれっ、雫……?」


 廊下の先に見覚えのある姿を見つけ、こっそり声をかけようとした時、気づいたんだ。

 隣に知らない男がいて、二人がなんだか仲睦まじそうにしてる光景に。

 二人はそのまま廊下の角を曲がっていく。けど、僕はあとを追えなかった。

 怖かったのだ、二人の関係性を知るのが。


 「…………っ」


 くるりと踵を返し、昇降口に向かって走る。

 目の前がぼやけて何度も何度も転びながら、僕は家に逃げ帰ったんだ。

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