4
「…………」
ソファに体育座りをしながら、じっとしていると、家のドアが開く音がした。
軽快な足音が、リビングへと近づいてくる。
「ただいま~、おかえり~、――って紺太、どうしたの? 電気もつけないで」
制服姿のまま丸まってる僕に、雫が不思議そうな声を上げた。
すぐ目の前で息遣いが聞こえて、じんわりと温かなものが、僕の頭を持ち上げてくる。
瞬間、視線が触れ合った。
「あ、泣いてたの?」
「な、泣いてないよ……」
「ウソばっかり~、涙の痕ちゃんと残ってるよ」
「……っ」
ふいと顔を逸らそうとするけれど、手のひらでがっちりとホールドされてるせいで動かせない。
しかたなく目だけを泳がせる僕に、雫が近づいてきて。
目のすぐ下にちゅっ、とキスを落としてきた。
「ふふ、ちょっとしょっぱいかも」
「雫……っ」
「で、どうして泣いてたの? 私に話してみ」
「そ、それは……」
聞いてもいいのだろうか? プライベートな問題に、首を突っ込んでもいいのだろうか?
悩む僕に、雫がキスをしてくる。
「んっ!?」
「しゃべらないなら、唇を味わっちゃうからね? ん、ちゅっ」
「しゃ、しゃべるから! キスしないで」
「はいはい。で、泣きべそかいてたのはなんで?」
「……今日、雫が、知らない男と歩いてるの、見ちゃって……」
「うん」
「……もしかしたら、彼氏なんじゃないかって、思ったら、勝手に涙が、」
「紺太はさ~、バカだね」
「え、」
視線を合わせたと同時に、またも雫からキスをされた。
さっきみたいに触れるだけのやつとは違って、長く濃厚なやつだ。やけどしそうなくらい熱いせいでお互いの境界線が、曖昧になりそうになる。
目と鼻の先にいる雫は目を閉じていた。ふるふると震えるまつ毛が、すごく長い。
気持ちのいい感触が続き、やがて離れていく。
僕たちを繋ぐかのようにできた透明な糸が、ぷつんと途切れて、雫が息を吐いた。
ちょっといらだった様子で、手のひらでわしゃわしゃと髪を乱される。
「え、え、雫っ!?」
「ほんっと、バカ。彼氏なわけないでしょ」
「そ、そうなの?」
「あの人は新しくやってきた教育実習の先生よ。たまたま私が校舎の案内役をしてたってだけ。どう? 安心した?」
「う、うん……」
胸に刺さっていたトゲのようなものがなくなって、心が軽くなる。よかった、僕の勘違いだったんだ……。
ホッと息をつく僕に、雫が目を合わせてくる。白い歯を見せ、はにかんできた。
「だいたい、私が四六時中一緒にいたいって思えるのは紺太だけなのよ。浮気なんてするわけないじゃない」
「浮気って……まだ付き合ってもないのに」
「え? 私はもうあんたと付き合ってるつもりでいたんだけど、違った?」
「――ええっ!? で、でも、告白してないけど」
「昔してくれたじゃない。『しずくちゃんっ、だいすき! 大きくなったら結婚しようね!』って。私その場でオッケーしたはずだけど」
「そ、そうだっけ?」
そこまでは覚えてない。結婚しようって言ったのは覚えてるけど。
でも、そっか。僕、雫と付き合ってるんだ。なんだか夢みたいだな。
嬉しさで口元が緩んでしまう。そんな僕を、雫が抱きしめてきた。
「――うわっぷ!?」
「このこのっ、私にだけ彼女プレイさせてたとは欲深いやつめっ! おっぱいでお仕置きしてやる~っ!」
これ、お仕置きじゃなくて、ご褒美だと思う。
メロンみたいなサイズのおっぱいに埋められながら、そんなことを考える。
あぁ、すごくいい匂いがする。それに柔らかい。
ここまでされて、ヘタレでいられるわけがなかった。雫の気持ちに、応えたい。
「雫っ」
「ん、なーに?」
「僕っ、覚悟決まったよ。もうくよくよ悩んだりしない」
「そっか。じゃあ、どうしてくれるの?」
「――僕と、結婚してください」
声がちょっと震えたけど、伝えたいことは言葉にできたはずだ。長いこと時間がかかっちゃったな。
たった一歩、踏み出しただけなのに全身が疲弊してる。
やっぱり、プロポーズっていうのはそのぐらい、重いものなんだ。
その影響はすぐさま、雫にも表れたみたいだ。
頬を一筋、また一筋と、しずくが伝っていく。
「あ、あれっ? どうしよう、涙止まんない……っ」
「泣いていいよ。全部、僕が受け止めるから」
「さ、さっきまで泣いてたやつに、慰められるなんて……っ」
なんだかんだ文句を言いながらも、雫が僕の胸に飛び込んでくる。
子どもみたく泣きじゃくる彼女の頭を、僕はたくさん撫でてあげた。
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