友人

 バイオカプセルに浸かり、細胞の再構築を行った女は科学研究施設に入る前と後では別人のような姿だった。食事と水分も喉を通り、栄養状態も良好、暫く休息をとればシェルターで生きていた頃と変わりない姿になるだろう。人懐っこく、笑顔が可愛らしい女に戻るだろう。


 男はバイオカプセルの出力設定を調整し、それを機械腕の保存媒体へコピーすると、そっと腕に抱きついていた女を抱きしめ、安心したように溜め息を吐いた。


 科学研究施設、そういった通り名を持つ施設であろうと人間が生活する以上、生活スペースは必要だし物資だって同様だ。幸いにも此処は大戦が勃発し、早期に放棄されたためか爆撃の被害も核による被害、戦闘型機動兵器の攻撃も受けておらず、ご都合主義を極めたかのように全設備、区画が無傷のまま残っていた。その気になれば女と男が命を終えるまで此処に住むことだって出来るほどだ。


 死ぬまで此処に住まないか、そう提案しても女は首を横に振り「私達は、行かなきゃなりません」と寂しげな笑みを見せる。どんなに恵まれた楽園を見つけても足を進め、目的の場所へ行かなければならない。その意志を彼女は曲げるつもりは無い、男も不服ながらも従う。


 「覚えていますか? 彼の事を、私達の友人を、たった一人の味方を」


 覚えているとも、忘れる筈が無い、自分達を逃がすために最後の最期まで戦ってくれた友人を忘れる筈が無い。血を垂れ流し、穴だらけになり、自機が大破し戦闘装甲服が何の役にも立たなくなりながらも、最期まで戦い続けた彼の事を忘れる筈が無い。男は生涯の中で友人と言えるたった一人の人間を思い出しながら、頷く。


 「生きて欲しかった、死ぬ必要が無かった、死んでほしくない人ばかりが死ぬ世界が嫌で嫌でたまらなった。救われる人が、救える人が限りある世界が嫌でした。けど、私達が目指す場所は誰もが救われる世界、楽園なんです。貴男も、私も、誰もが祝福を受ける世界。それは素晴らしい世界だと思いませんか?」


 それは理想だけの言葉だ、そんな世界があるはずがない無い、そんな意思表示をするのが女と出会う前の男だったが、今は違う。人間は理想を叶える権利を持っている、夢を語る口を持っている、誰もが幸福を享受できる義務があるのだ、化け物と呼ばれた己にも、部品と呼ばれた女にも、当然存在するのだ。それを阻害することなど、あってはならないし、誰もその権利を有していない。


 夢と理想を口にし、眸を輝かせる女を愛おしそうに見つめた男は、友人の約束を思い出す。彼の最期の言葉を、思い出す。


 絶対に、生きろ、生きて、生きて、生き続けろ、死ぬな。


 死にゆく最期の言葉は皮肉にも生きろとの言葉だった。生きて、彼女と共に生き続ける。それが友と交わした約束だ。損得勘定抜きの約束を果たさねばならぬ。


 生きねば、ならぬ。


 

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