英雄 奴隷

 

「お待ちしておりました、英雄殿。

 中で隊長がお待ちです。どうぞ」


 クラガーの詰める幕舎の前を見張っていた兵士が、蒼と春香の姿を見て道を開ける。

 ここに来る前に後の2人にも声をかけようとしたが、2人が居る筈の幕舎を尋ねたところ


「どうやら、先程の戦闘のどさくさに紛れて脱走してしまったようですね……

 私どもが着いておいてこのザマ。本当に申し訳ございません」


 との事だった。


 2人が何処に逃げたのかは蒼の心に強く引っ掛かったが、今は自分のことで精一杯と、蒼は口を閉ざして頷くだけにした。


 そんなこともあり、クラガーの幕舎を訪れたのは蒼と春香の2人だけになったのだった。


 「クラガーさん、入ります」

 「失礼します」


 幕舎の中に一声掛けてから幕舎に入る。


「お待ちしておりました、蒼殿に春香殿。

 お話しする立場なのに、呼びつける形になってしまって申し訳ありません」


 穏やかな口調で話しながらクラガーは奥にあったデスクから立ち上がる。

 そして、用意してあったティーポットとカップを手に、手前にしつらえられた2人同士が向かい合う形に椅子のセットされたテーブルに移動する。


「さて、約束通りお話をさせて頂きます。

 どうぞお掛けください」


 クラガーに誘導され、蒼と春香は隣り合って座る。そして、その正面にクラガーも座り、2人に向かって紅茶の入ったカップを差し出す。


 そこでクラガーは入口の兵に目配せし、幕舎の外へと出るように指示。

 兵士も黙って受諾し、幕舎を後にする。


「さて、先程は禁則事項の範囲外と申しましたが、それは嘘です」


 「は……? 」


 いきなりのクラガーのカミングアウトに、蒼は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 その横で、予想外の事態に春香もひと口含んだ紅茶でむせてしまっていた。


「クラガーさん……ひょっとして僕たちをバカにしてるんですか?

 揶揄からかってるなら流石に笑えませんよ? 」


「えぇ、揶揄ってなどいません。本気です」


 薄く開いたクラガーの鋭い目に、蒼は口を紡ぐ。


「先に申し上げておきますと、英雄殿に話して良い事項など何一つございません。

 この国……この世界にとって、貴方方英雄は使い捨ての兵器。幾らでも代わりの在る、どれだけ壊しても自分達の懐の痛むことの無い究極の道具です。

 道具に知る権利など必要ない。真っ当な扱いなど不要。それがこの国……いえ、この世界の共通認識です」


 この言葉に蒼も春香も言葉を喪う。

 クラガーの発言が真実ならば、あの王様の放った耳障りの良い言葉は全てただの戯言でしかない。ということになる。

 そしてそこから数分の空白が空き、蒼がようやく震える唇で言葉を絞り出す。


「じゃあ……じゃあ僕たちは、勝手に呼び出されて、勝手に奴隷扱いされて、役目が終わったら勝手に野垂れ死ね。

 そういう事なんですか? 」


 蒼の問いに、クラガーは目を伏せ頷く。


 『肯定』


 それ以外の意図は読み取れなかった。

 それ以外の逃げ道を見つけられなかった。


「そしてこの『イルベンド王国』は、英雄の召喚方法を真っ先に発見し、実用化させた国。

 この国の王はそうやって手に入れた英雄を用いて、周囲の国を一気に制圧し、自国の領土として吸収。この世界一の軍事国家として急成長を遂げました」


 そんな蒼達を置いていくように、クラガーはつらつらと国の説明を続ける。

 その後も、この国が周辺国から巨大な怨みを買っている事。この地も強引に奪った土地で在る事。

 そして、先程踏み潰した大量の兵士は、殆ど全員がこの村に住んでいた村人であった事を淡々と語られた。


 だが、そこで一つ疑問が残る。


「ならどうして、敵陣に英雄がいるんですか?

 この国が発見した方法で、それを戦争の道具にするなら他国にその方法を漏らす訳がない。

 あの2人みたいに脱走兵を囲い込んだだけなら、世界全体で道具扱いの共通認識なんて出来るわけがないハズ」


「召喚方法を売り歩いているモノが居る。

 との事です。

 兵器の売買はカネになる。それが戦時中なら尚の事。きっと高く売れたのでしょう」


 蒼の問いに、クラガーも間髪いれずに答える。


「なら、私たちは……私たちは売り買いされる道具って事!?

 何で……何でそんな理不尽な目に遭わないといけないの! 何でよ! なんで……なんでそんなのが許されてるのよ! 」


 そこで、春香が爆発したようにテーブルを強く叩いて声を荒げた。

 涙を流しながら、垂れる鼻水など気にもせず。

 今すぐクラガーに掴みかかっていくような勢いで。


「えぇ、本来は許されてはいけません。

 いいえ。そもそも、他の人間の生活を全て嘲笑って、兵器として使い捨てるなど有り得てはいけない」


 そこで、クラガーの纏う空気が変わった。

 淡々と解説してただけの冷静な雰囲気から、怒気の混ざった荒々しい雰囲気に。


「君達は人間です。しかもまだ、大人にもなっていない子供。

 そんな子供を、自分達の世界と関係ないから。なんて理由で見殺して笑って、新しい玩具を仕入れる感覚で使い捨てるなど、言語道断。そんな事を許せる心しか無い世界など、存在していいハズがない」


 カップを持つ手はワナワナと震え、声は低く、怒りに満ちる。

 その姿に春香の涙もすっかり引っ込んでいた。


「だから私たちは、創り上げた。私たちの隊、全員で創り上げた。

 元の世界に帰す気など無い君達を、元の世界に戻す為の組織を。

 君達を生かす為の場所を」


 クラガーは立ち上がり、右腕の袖を大きく捲って2人に見せつける。

 そこにあったのは、翼を大きく広げ、空を飛ぶ鷹のタトゥー。


「王国軍兵士クラガーは、情報収集と同志を募り、命を護る為の仮初。

 私の本分は、この腐った環境を破壊する為の世界への反抗組織、名を『革命軍』と。

 そして私は、副長兼諜報に勤めております」


 最後に「オリジナリティの無い名前ですがね」と、笑って付け加えクラガーは再び席につき残った紅茶を飲み干す。


「で、僕たちにはその革命軍に参加しろと。そういう事ですか? 」


「いえ、貴方方に尋ねたいのは、我々の保護下に入るか否か。それだけです。

 逃げ出す機会は本日のみ。明日になれば、英雄の使い勝手の視察の為に暫く王直属の兵がこの隊に入り込むでしょう。

 そうしたら、幾ら私たちの手を使っても脱走は難しくなるでしょう


 何はともあれ、戦うも隠れるも、全ては貴方方の決断次第という訳です」


 湯気が立っていた紅茶が冷めるほどに長い話が終わり、最後に決断を蒼と春香は求められる。

 悩む時間はない。直感と自分が誰を信じるか。それを今すぐに決めるしかない。

 

 クラガーは信用しても問題ない。

 そう思いたいが、会って間もないクラガーの言葉を信用しきっていいのか。蒼の頭は堂々巡りに入り込む。


 そんな中で、今度は春香が口を開いた。


「どうして……どうしてクラガーさんは私たちを助けてくれるんですか? 」


「あぁ、そんな事は簡単です」


 単純な質問。

 それでいて答え方が難しい質問。


 その質問に対し、クラガーは懐から一枚の写真のサイズの肖像画を2人に見せたのだった。


✳︎✳︎✳︎


 まだ朝日も登らない真夜中、蒼と春香を乗せた馬車は、何もない野原を駆けていた。

 向かう先は城のあった方角とは別の方角。

 舗装はされているが、長い間放棄されているのが簡単に見て取れるボロボロの道。

 そんな道をまた、今度は5日ほどの長い時間をかけて移動して行くのであった。


 そして5日後。馬車を降りた2人の目の前にあったのは、小さな村だった。

 雨風は凌げる程度には補修されているが、道には所々穴が開き、村の中央にある大きな風車は羽が一本折れて無くなっており、立ち並ぶ建物は全て、補修こそされて雨風は防げるようになっているが、外壁が剥がれていたり、屋根の素材が違っていたりと、それぞれが破壊された痕跡が深く残っていた。


「到着致しました。

 此処が我々の拠点『セイヴ』

 不当な扱いをされる方々を救う為に、イルベンド王国によって破壊された村を補修して作った革命軍の為の村です。


 では、我々はここで失礼いたします。

 どうか皆様に救いがあらん事を……」


「あ、いえ。ありがとうございました。

 お陰で僕たちも生きていけそうです」


「皆さんも気をつけて下さい」


 深く頭を下げる兵士たちに、蒼と春香も深く頭を下げる。

 そしてそのまま兵士たちはまた、クラガーの待つ戦場へと馬を走らせて行くのだった。


「良い人だったな、あの人たちも」


「うん、そうだね。あの人たちもまた、元気に会いたいね」


 遠くなっていく馬車の後ろ姿を眺めながら、少し名残惜しい感情を持ちながら見送る。

 そんな2人の後ろから、


「あらあら、もう帰っちゃったの?

 お茶の一杯でも飲んで行けばいいのに……」


 ゆったりとした女性の声が聞こえた。

 それに反応し、2人揃って振り返る。


「いらっしゃい『セイヴ』へ。

 長旅で疲れたでしょ? お風呂沸かしてあるから、まずはゆっくりして、そこから積もる話をしましょう? 」


 声の先にいたのは、1人の女性。

 首元で束ねた黒髪に、大きな黒い瞳に左の目元の小さなほくろ。

 その姿は紛れもなく、


「私の名前はカナウ

 旧姓は菅原スガワラ

 宜しくね、2人共? 」


 彼らが慣れ親しんだその姿は、紛う事なき『日本人』で。

 そしてもう一つ、


 肖像画の中で、クラガーと手を繋いで横に立っていた女性その人だった。

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