16節『夜を穿つ輝石』
16節『夜を穿つ輝石』
コランダム卿は下から振り上げた拍子に勢いを更に増してヴァニット卿を両断せんと大斧の振り下ろす。
「さぁ、この高名な騎士コランダムの名を最期の記憶とするんだな!!!」
槍を囮に身を躱したヴァニットは静かに言う。
「そうか、ではその高名な騎士に俺からの贈り物だ」
「──!!」
「我が石を砕いた分の礼だ。穿け!Blitzerz!」
ヴァニット卿の槍と周囲に砕け散った光の粉は雷を纏う。
彼はそれを至近距離から真っ直ぐに投擲すると同時に雷光は増幅し目が眩むような輝きを放つ。ひと瞬き、凄まじきその一閃がコランダム卿の腹部に接触したかと思うと屈強な大柄の騎士は距離の離れた城壁を半ば貫いた状態でその砕けた槍ごと磔の如く突き刺さっていた。
「その斧の出来は悪くはないが父のものには遠く及ばない。それと石も武器も使い手次第だ」ヴァニット卿はそう言うと手元に砕けて残った物を見て
「これも試作品にしては良い出来だったが、改良を加えるとしよう」そう呟き腰の剣を一振り抜いて城壁内へと入った。
城壁の中もザフィア派の派遣した兵であろう者たちが占拠していた。ヴァニット卿は掛かってくる兵たちをものともせずに駆け上がってゆく。魔術師や鉱石技工士の姿はない。
ルビン王と分かれてからどれほどの時が経っただろうか。いや、本軍が進軍してから。
日は既に傾いている。コランダムとの戦闘が少し長引いた。
間に合うか。
どうあれ急がねばならない。放たねばならない。託されたものを完遂せねばならない。
だから、急げ。
格納庫までたどり着く頃にヴァニット卿は多くの兵を手にかけていた。国を同じくする者でありながら。ヴァニット卿にも呵責の念が無かったわけではない。彼の最も尊ぶのは家族であり、彼らにもまたそういったものが在ることを理解しているから。しかしそれでも立ち止まることはしない。果たさねばならぬ使命のために。
敵味方の亡骸を一瞥することもなくヴァニット卿は術式が記された鉱石回路を確認する。
魔力のリソースは断たれていない。機構や砲に損傷も見られない。指定座標は微調整で済みそうだ。
充填率は8割程度、阻害された形跡もない。これらを見るに内なる敵の中にはこの装置を操れる者はいなかったらしい。破壊しなかったのは魔力の暴発を恐れてか、奪取が目的だったのか。どうあれこの砲が使用不可能に陥れば戦線を維持できなくなったルビン派の壊滅は確実なものである。ザフィア派にとってそこが今回の肝なのだろう。
砲に問題がないことが判れば後は時間の問題だ。
ヴァニット卿は全神経を集中して最終調整を行う。
魔力の充填を再開─【承認】
格納庫上部展開、砲門開放─【承認】
結晶砲弾の魔力融合反応確認【承認】
装填術式展開、耐衝撃術式展開─【承認】
「間に合え」
本来複数人で行う筈の精密な調整作業をヴァニット卿一人の魔力と技術で行う。
鉱石の性質、魔力量、鉱石の魔力反応、そして鉱石に刻まれた術式を人目で読み取れる能力のあるヴァニット卿だからこそ行える芸当であるが、それを以てしても掛かる負荷は相当なのは変わらない。まるで機構に命を吸われているような感覚に陥りながらも黙々と術式を展開、調整してゆく。
砲台上昇─
弓弦式魔鉱撃鉄展開─
安全装置解除──
「間に合え──」
「魔力充填率最高点到達」
「発射通達旗紋術式前方の自軍へ大規模展開」
格納庫が展開し城壁から上へとそびえる砲台塔の頂点へと結晶砲が上昇した。
ヴァニット卿は各機構の最終確認を終え目標座標、照準の最終調整へと入る。
そして、ヴァニット卿は砲に隣接した照準装置から目標座標を覗き込む。
「……そうか」
彼が目にしたのは、最終防衛ラインへと迫る敵へと真っ向から向かってゆくルビンの軍であった。
間に合った。
間に合わなかった
引き金を引くことが、矢を放つことが躊躇われる
一刻を争う、躊躇は赦されない
俺は──
王の命(めい)を──
友の命(いのちを)を───
俺は──
────その願いを果たす
雲は晴れ、落ちる濃紺の中に赤赤と射す夕陽に照らされながらその国の長たる若者は敵へと向かってゆく
「進め!!此処を決して通すな!我々は鋼鉄の壁!アイゼンヴァンドを護るもの!!!不動の鉱石ゾリダーツの魂を此処に見せよ!!」
地位に奢ることなく、その身が傷つくことを厭わず、ただ迫る敵を倒さんと剣を振るう。彼のその紅玉色の瞳はただ真っ直ぐで一切の曇りはない。それは彼の心の中も同じことである。彼は戦いながら想った。願った。信じた。信頼する騎士が、愛する友が自分の託した願いを果たしてくれることを。
「─充填リミッター解除、俺の力を以てオーバーロードする」
「鋼鉄の壁を登り来る者。至高珠玉を傷つけんとする者。我が宝、我が友の矜持を蹂躙せし愚かな者共、この鮮烈の一撃を以て眼前の汎ゆる物を討ち滅ぼす。
是成は連立魔導式結晶大砲
即ち
夜を穿つ超限の光!!!(Libe LapisMeteorite OverLoad)
今こそ、託された願いを果たさん!!!!!」
幾重にも展開された魔術式が発動するのと連動して砲全体が鋭い光を放ったと同時にその巨大な砲口から放たれたのは美しい光の矢。
それは綺羅びやかな尾を引いて帯の様にも光の柱の様にも見える。
「嗚呼、なんという美しき光。まるで夜空を駆ける星のよう」
アルバフロスの本軍の奥。夜窮を見上げたその女は微笑みを浮かべながらそう呟いた。
「なんだあれは!!フレーゼ様!退避を!敵の長距離射撃です!!」
兵がユーヴェルボーデンから放たれた光を見るや慌てふためきながらそう告げる。
「有難うアルマン。でもごめんなさい。もう遅いわ」
女はその兵に対しても慈愛に満ちた微笑みを贈り祈りを捧げた。
結晶砲は兵器とは思えぬ美しい音と光の粉を散らしながらまるで迫る夜闇を斬り裂くように通過する。地を結晶化させながら飛んでゆく。
目的地の座標へと真っ直ぐに──。
赤い眼の若者はその眩い光に気づき振り返って言った。
「ヴァニットか……願いを果たしてくれたか……」
「──有難う」
光の柱が着弾すると同時に轟音が鳴り響き凄まじい爆風と光が周囲に放たれた。
その輝きは数十秒収まることはなく、それを近くで目撃した者たちは目を開けることもかなわぬ程であった。
視界が開けた頃には着弾地点に在った汎ゆる者は存在せず、ただ、巨大なクレーター(弾痕)とそれを埋め尽くさんばかりの結晶化した大地であった。
その場にいた敵味方全ての兵が呆気にとられ戦場は静寂に包まれるも、その後すぐにアルバフロスの僅かな残存兵がばらばらと撤退を始めた。ゾリダーツ軍の挟撃部隊は既に編成されていた追撃部隊を向かわせたが、多くの騎士や兵はルビン公を始め本軍が敵諸共結晶砲に滅ぼされてしまったことに動揺を隠せずにいた。レガリア軍も一部追撃へと向かわせたが、多くの兵は疲弊し動くこともままならない。シュピーゲル卿は単独で王のもとへ向かったのであった。
──
────
キラキラと輝きを放つ結晶の道を見降ろして若き騎士は思う。
「正解だったのか……」
答えは誰も知らない事を彼は知っている。しかし、かと言ってその疑問が晴れるものではない。
「生きろと言っておきながら。願っておきながらこれとは。騎士の名が泣くな」
そう言うと彼は後ろへと倒れ込んだ。もう空はすっかり夜に染まっていて。そこはまるで今見ていた景色のような細かな光が散りばめられている。
「流石に魔力を使いすぎたか。身体が動かん」
彼は妹から貰った耳飾りとかつて友から与えられた指輪を空に掲げる
「なぁ、友よ。これから此の国はどうなる。貴方の願いなら正しいと判断した。だが、本当にそうだったか。より良い方法があったのではないか」
「……答えは、自分で探すしかないか。もし俺も石へと還ったらその時は答えを教えて欲しい。答え合わせをしよう。我が親友よ」
若き騎士は夜空に赤く輝く一つの星に向かって一言そう呟くと「妹たちが心配だ」と身体を無理に起こして、ゆっくりと塔の階段を降りていくのであった。
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