14節『友との約束』

14節『友との約束』


【都ユーヴェルボーデン】


「シュピーゲル卿!バルシュティン卿間もなくご帰還!合図も確認致しました!……ですが」

兵の曇った表情をシュピーゲル卿は一瞥すると兵は続けた。


「バルシュティン卿ご負傷!戦線への復帰は困難と見られます!」

「まさか、バルシュティン卿までとは。予想以上です。バルシュティン卿には回復に務めるよう伝えなさい。次は我々の番です」


シュピーゲル卿は剣を掲げた。

「アルバフロス!!今こそその花弁を散らすとき!今こそ好機!かかりなさい!!」


一方遠く向かい合ったゾリダーツの陣の先鋒に在ったヴァニット卿もまた近くの兵に


「さて、我々も先陣を切るとしよう。信号弾を放て」と命じた


 陣営から放たれた合図によってレガリア、アルバフロス両軍は先鋒部隊を追って進軍してきたアルバフロス本軍を挟撃した。

 

 急襲を受けたアルバフロスは退くことも出来ず南北の軍を相手取る。ゾリダーツの指揮は高く前線のヴァニット卿もまた多くの人に認められたその力を存分に振るった。一方レガリアでは王の離脱とリュスタル卿の負傷によって士気が上がりきらずシュピーゲル卿をはじめとする騎士らの活躍によってなんとか敵を封じ込めるに至っていた。


 戦いは熾烈を極めた。地理的にも戦略的にも優位をとっていた連合軍だが、アルバフロスの擁する兵は連合を上回り個々の力もまた強力なものであった。


「シュピーゲル卿!味方に疲労が見えてきています!“あのとき”と同じくそのお力を!」

「そうしたいのは尤もだが、状況的にそれは難しい」


 此の日は曇天。シュピーゲル卿の日輪を刃とする権能を高出力で使うに能わず、行使するとすれば鏡に温存した光を使うことが必要となる。仮に使用したとしてゾリダーツ軍もそれに巻き込むことになり、何より此処で権能を使えば離脱した王が万が一窮地に陥った際に向かうことも叶わない。それを懸念したシュピーゲル卿はルビンの策『結晶大砲』に賭けて極力権能を抑えて戦闘に臨んでいたのだ。兵もそれを承知したのか反論すること無はなかった。

 

「この戦、敵を滅するのは我々ではない。戦線を維持せよ!」

シュピーゲル卿は味方が苦戦するアルバフロスの兵らをなぎ倒し斬り伏せてゆく。兵らもその雄壮を見るや


「鏡の騎士在る我らに負けはない!レガリアの誇りに賭けて持ちこたえろー!!」と声を挙げ周りを鼓舞した。


 先鋒部隊の活躍の甲斐あって連合軍の挟撃は成功し敵の体勢を崩すも、時が経つにつれ徐々に地形的有利は失われつつあった。レガリア軍ゾリダーツ軍ともに大軍相手に兵の大きな消耗は辛うじて免れていたが、それも時間の問題となっていた。

 「(遅い……結晶砲はどうした。)」

計画では一時か一時半ほどで結晶砲作動の合図が放たれる筈だったが、時を報せる合図が一刻を知らせても兵器起動の報せはなかった。本命の策決行の合図がないことを不審に思ったのはヴァニット卿だけではない。レガリアサイドも同様の疑念を抱いていた。

 退くことは出来ないのはおろか、敵へ深く踏み入って攻めることも出来ない。挟撃しつつ指定された結晶砲の射線に敵を押し留めねばならないという条件下の元戦う兵や騎士に相当の物理的、精神的圧力が掛かっているだけでなく、いつ敵に策を勘付かれるかという懸念も膨れ上がる。そうなれば、敵に引かれても失敗、逆にユーヴェルボーデンまで押し込まれても失敗、どちらにしても悲惨な結末が訪れるに相違なかった。


「妙だな……まさか策を仕損じたか……このままでは数で圧される。急ぎ伝令をゾリダーツ本部に出すのだ。場合によっては此方の出方を変更する!」

ライズフェルド卿は一刻も早く策を実行に移さねばならぬと判断し遣いを出した。レガリア軍が窮地に陥ることとなればシュピーゲル卿の力に頼る他ない。例えゾリダーツに損害が生じたとしても。

 

 懸念と疑念と焦燥が両陣営を取り巻くもそれ以上の光景を彼らは目にしてしまった。

「どういうことです!何故ゾリダーツの本陣が前進を!」

ユーヴェルボーデンの前に控えていたルビン公率いるゾリダーツ本軍の一部が敵へと向かっていたのだ。

「申し上げます!策決行まであと一時の猶予を。決行が能わねばレガリア軍は即座に撤退されたし。ゾリダーツルビン公直々の仰せです!!」

「なんと……」 



 「何故だ、本軍が動くのは掃討戦に移ってからの筈だ」

ユーヴェルボーデンからの進軍にヴァニット卿も驚きを隠しきれないでいた。するとそこへ

「伝令!ヴァニット卿!ルビン公がお呼びです!」

「俺が離れれば戦線が崩れる」

「策の根幹に関わると仰せです!!速やかにルビン陛下の元へ!」

伝令の鬼気迫る表情と今起こっている非常事態にヴァニット卿は急ぎルビン公の元へ向かった。


本軍は元の配置よりも前進した丘の上で留まっていた。

「ヴァニット」

「どういうことです。陛下」


 ヴァニット卿はルビン公の元へ参じるや否やそう訊ねるとルビン公は顔を歪ませ「ザフィアだ」と一言絞り出すと唇を噛み締めた。その一言でヴァニット卿は状況を理解した。妨害が入ったのだ。同じ国である筈のザフィア派の手によって

「妨害か」

ヴァニット卿が問うとルビンは答えた。ルビンが出撃した後に砲撃手らからの連絡が断たれ、調査結果砲台付近がザフィア派の兵によって占拠され、砲撃手の鉱石技師や魔術師、守衛などが捕縛されたとのことであった。


 「ヴァニット卿、君には結晶砲の奪還を命ずる。いや、これはもう私の願いだ。アレがなければ此方に勝ち目はない。ノルンはアルバフロスに蹂躙される。仮にザフィアの思惑通りにゾリダーツという国の形は残ったとしてもそれは私が望んだものではない。神罰を語り多くの鉱夫の、民の命を奪ったアルバフロス与する奴を赦すな。ゾリダーツの誇りを、矜持を、取り戻してくれ」


「無論だ陛下。勝利のためにノルデンシュタインへ家族を残して来た。しかし一つ聞かせて欲しい」


  ヴァニット卿は即答した。彼は状況を概ね理解しまた自分が召喚された理由もこれから成すべきことも承知したからだ。自分であれば少数ないし単騎でも砲台の奪還は難しくないだろう、そして父ビヨンの作りし結晶砲を放つことが出来る者は今やその子であり直弟子であるヴァニット卿を置いて他にない。全てを分かってなお、彼にはどうしても聞きたいことがあった。その胸に強く引っ掛かっていたことを


「ルビン陛下も進軍するおつもりか」

不測の事態によって敵がさらにユーヴェルボーデンへ向けて進軍するとすれば砲の射角は適切に敵軍を捉えられなくなり、至近距離で放てばユーヴェルボーデンにも甚大な被害が出る。そうならないためには、敵の先頭を正面から止める必要があるのだが、それは即ち自軍が自ら結晶砲台の射線上に立ち味方諸共敵を討つという手段を取るということになる。ルビン公はそれを承知で送り出したのだ。ヴァニット卿はルビン公という人を知っている。彼であればどう答えるかも予想がついていた。しかし、問わずにはいられなかったのだ。

「ああ、私も出る。仲間だけを逝かせて長たる私が留まるわけにはいかない」

ルビン公は落ち着いた表情でそう答えた。

「……そうか」

ヴァニット卿はそれ以上語る口を持ってはいなかった。ルビン公の覚悟を知っていたからだ。

「案ずることはない。すぐに砲が可動するようになれば前線の兵は左右に退かせる。私は転じて悪しき売国奴に裁きを下す。だから手遅れになる前に一刻も早く行ってくれ。ノルンの、ゾリダーツの未来のために。頼んだぞ、散光の騎士ヴァニット、我が友よ」

ヴァニット卿はルビンの瞳を見つめて言った。


「ならば俺はその願いを他でもない友として叶えよう。そして俺が共に願うことは──。」


 ヴァニット卿はルビンの横を通り抜け、その願いを背中越しのルビンにポツリと言って戦場を背にユーヴェルボーデンへと駆けていった。

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