13節『蒼銀の光―ソルヴスレイヴ―』
13節『蒼銀の光―ソルヴスレイヴ―』
ノルデンシュタインに到着する直前。リュスタル卿が意識を取り戻した。
「リュスタル卿!」
レーヴェンハルト卿はリュスタル卿の目覚めに歓喜するも掛ける言葉が見当たらなかった。リュスタル卿は朦朧とした意識の中でぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「レーヴェンハルト、ノルデンシュタインへ着いた後、王のもとへ往け。事態を一刻も早く報せるのだ」
「しかし、リュスタル卿……!」
「王にお手を煩わせるのは心苦しいが、そうも言っていられん。手遅れになる前に往くのだリュスタル卿……レガリアの為に」
レーヴェンハルトが返事をする間もなくリュスタル卿はそう言って再び気を失った。
レーヴェンハルト卿は苦渋の決断の末ノルデンシュタインへ帰還して即意識を失ったリュスタル卿と兵らをノルデンシュタインに残る味方に託して城を立った。
連合軍の撤退にノルデンシュタインは騒然となった。
早期に撤退し部隊壊滅は免れたものの、ノルデンシュタインの騎士数名の脱落と連合兵の消耗、そしてレガリアの騎士リュスタルの負傷によって形勢は再度アルバフロスへと傾いた。
奪還した砦は撤退時に再び破棄され、いつ敵がノルデンシュタインまで攻め込んでくるかも分からない。最早攻勢の余地をなくしたノルデンシュタインは領主フェルゼンハルトの号令のもと籠城と守勢を急いだ。
それから幾日後のこと。
「伝令!敵軍領内へと侵攻!」
想定よりも時間は経過したものの、いよいよノルデンシュタインへとアルバフロス軍がノルデンシュタインへと迫った。
「さぁ、何処まで耐えられるか……」フェルゼンハルトは呟いた。この籠城戦に恐らく勝機はないだろう。せめて都ユーヴェルボーデンで決行されるという秘策の遂行まで保ってくれれば。そういった覚悟を以て領主は言う。
「兵よ!今が耐えどきだ!此処を守り切れば、敵を撃滅したルビン公とレガリア軍が必ずや後詰として訪れるだろう!守るのだ!愛する家族を、友を、此の地を!ノルデンシュタインの矜持を!!」
陥落の覚悟はしていたが嘘はついていない。
フェルゼンハルトはこのどうしようもない戦いにその一縷の望みに託したのだ。
「此処を超えればノルン攻略の足がかりになる!その血に魔を巣食わせる異端なる者に神の力を裁きを!」
アルバフロスの軍の放つ喝采がノルデンシュタインを包むと同時に轟々と兵の足音が鳴り響いた。
「耐え抜け!ノルデンシュタインの誇りにかけて!!」
戦いの序盤ではレガリア陣営の魔術の効力も発揮出来ていたがアルバフロス軍の用いる何かしらの力が徐々にそれを阻害し相殺させてゆく。
「敵の波状攻撃により東の外門がもう保ちません!」
「南北も包囲されつつあります!」
「怪我人を下がらせろ!使えるものはすべて使って足止めしろ!!」
目まぐるしく移り変わる戦況の中指示や報告、怒号が飛び交う。
「外門は破棄!兵が消耗する前に内門へ撤退させよ!南北の防衛魔術を強化!効果は薄くとも施工せよ!怪我人と女子供は西側へ退避。加工場へ誘導せよ!!」
フェルゼンハルトは上がってくる報告を冷静に裁きながら指揮をとる。しかし、此の戦いに打開策はない、現状行える最善は僅かな延命にしか過ぎないことを理解しつつも兵を鼓舞し自らの覚悟も決して折れぬよう奮い立たせる。
「敵の猛攻止まりません内門も時間の問題です」
「持ち堪えろ私も出る!!」
領主自ら槍をとり戦場と化した領内へ赴いた。
此の頃には既に外門は突破され、街と接する内壁にまで敵は迫っていた。攻城櫓により壁を突破する兵も徐々に増え、市民も戦闘に参加せざるを得なくなっている。ノルデンシュタインを棄てることは出来ない。民や兵を見殺しにすることなど論外だ。しかし、光明は見えない。ただただ、防衛に徹し時間を稼ぐその戦いに殉ずる兵や民たちを間近に見てもなお、現状に対処し、攻撃に耐え、戦うことを指示せねばならない。フェルゼンハルトはそういった呵責重圧に押しつぶされそうになりながらもこの領を治めるものとして、なおも毅然とした態度で振る舞い眼前に広がる光景に立ち向かった。策の成功と救援に願いに此のノルデンシュタインの全てを託して。
しかし、そんな決意や覚悟を嘲笑うかのように事態は悪化の一途を辿る。
「火の手が上がったぞ!!」
街に侵入した敵兵が火を点けたのだ。
「消火を急げ!」
「避難は済んでいるのか」
「手が空いているやつはいるか!」
「駄目だ!街の内部にまで手は回らん!」
城塞内は混沌に飲み込まれた。「如何されますかフェルゼンハルト様!」兵の問いかけにも最早フェルゼンハルトも答えようがない。進退窮まった状況で最善などありはしなかった。
「消火は、可能な限り民を動員せよ。この門を破られては終わりだ。まだ、まだ終わっていない!なんとしても敵本隊の侵攻の時間を稼ぐのだ!」
指示の中に本音が漏れる、“阻止”という言葉を発することが出来なくなった自身にフェルゼンハルトは残された時間を悟った。
「北に輝く綺羅石に永遠の輝きを……」
火の手が上がる少し前、外の騒々しさからリュスタル卿は数日の眠りから漸く目が冷めた。看護を努めていたエルツは涙ながらにそれを喜ぶと此れまでの経緯と現在の戦況を伝えた。
「レーヴェンハイトは向かったか。すまない。世話になった」リュスタル卿はそう呟いて唸りながら起き上がりベッドを出た。
「ぁ、いけません、まだ動いては!」
「横になっていたら永遠に眠ってしまうことになる」
リュスタル卿はエルツと衛生兵の制止を振り切って剣を手に取り部屋を出る。外では
ノルデンシュタインの市民や衛生兵が忙しなく走り回っている。見るに戦況は尚も悪化し街が陥落するのは時間の問題だという。おまけに火の手も上がりだしたとのことだった。街を奔走する人々の中に見覚えのある人物が目に映る。それは数日前に語り合った鍛冶職人ビヨンの姿であった。
「ビヨン殿!」
リュスタル卿はビヨンを呼び止める。ビヨンは自らが鍛えたであろう鉱石製の鎧を身に纏い手には戦斧を携えていた。
「リュスタル卿!目を覚まされたか!ノルデンシュタインも時間の問題だ。だがそれでも、最期の一瞬まで街を護らねばならん。この広場が門無き最期の砦儂は此処で食い止める。娘らを頼みますぞ」
「そうか」
リュスタル卿はそうひとことつぶやくと、近くの衛生兵を呼び止め命を下した。
敵の侵攻が鎮火より早ければ民が避難する鉱石加工所へ行くこと、そしてノクシェ卿を呼んでくることともう一つ。
そしてビヨンに言った「私も戦おう。手負いの身で申し訳ないが、多少の戦力にはなるだろう」と
「リュスタル卿……ゾリダーツの、ノルデンシュタインの為にそこまで……」ビヨンはそこから先を語ること無く「此方へ」と歩き出した。
リュスタル卿がついて行くとたどり着いたのはビヨンの工房であった。ビヨンは地下の工房へ案内すると鎧掛けの前で立ち止まる。
「貴方の鎧はもう使えない。此れは息子にと思っていたものだが、貴方に使って頂きたい」
「……美しい鎧だ。有り難く」
リュスタル卿は早速その鎧を装備するとビヨンと共に工房をでた。そこへノクシェ卿が現れた。魔術防衛と治療の指揮を一手に引き受けていたノクシェ卿は活気無く困憊していた。
「ノクシェ。大丈夫か」
ノクシェ卿はか細い声で「なんとか」と答えるとリュスタル卿の姿を見て驚いた。
「リュスタル様、その鎧は……まさか戦いに出られるおつもりですか?」
「ああ、左は上がらんが剣は振れる」
「無茶ですリュスタル様、そのお怪我ではまともには」
「だから君を呼んだんだ」リュスタル卿はノクシェ卿に歩み寄るとその瞳をじっと見つめて言った。
「一時でいい。魔術で身体が動くようにして欲しい、痛みを消し去るだけでも構わん。どうだ、できるか」
ノクシェ卿は目をそらして「でも、その」と煮え切らない返事をしている。リュスタル卿が「どうなんだ」と落ち着いた声で尋ねると「お勧めはしません。完璧な治療魔術などないのです。少なくとも今の技術では……でも」と彼女はさらに言葉を躊躇う。リュスタル卿がその次を促すとおずおずと「き、きっとリュスタル様は私が何もしなくとも戦いに赴かれるでしょう。もしそうなら、い、一時的にであれば」と答えた。
リュスタル卿は「頼む」と一言言った。ノクシェ卿はその言葉の重みに逆らうことは出来なかった。
一行は臨時に設けられた魔術工房へと足を運んだ。「この術式は傷を治療するものではありません。動いた衝撃で傷を広げなくするための防衛魔術の応用です。痛みには鈍くなるだけで、効力が切れれば反動を伴ってその痛みがリュスタルさまを襲うでしょう。そして恐らくはこの術式は長くは保ちません。その、それでも、試されますか?」ノクシェ卿が最後にと確認するとリュスタル卿は「しないよりは幾分もいい」と了承した。
「疲れている所すまないな。だが、ここは戦い抜かねばならぬ局面だ」とノクシェ卿を労い諭した。
術を施し終える頃、外で何かが爆ぜたような轟音が響き地面を揺らした。
「よもや……」
一行は魔術工房を速やかに出る。火の手は広がりノルデンシュタインの半分程を包んでいるように見える。
そして
「門が突破されたぞーーーーー!!!!!」
誰かがそう叫ぶとそれを聞いた人々は狂乱の中逃げ惑い、腰を抜かし、泣き喚いた。
「奴ら門を……おのれい!!」
敵のいるであろう方向へ向かおうとするビヨンをリュスタル卿は止める。
「ビヨン殿は、ノクシェ卿と共に退いて戴きたい」
ノクシェ卿もビヨンも驚いた様子でリュスタル卿にその理由を問う
「逃げるにしても留まるにしても、魔術に長けるノクシェ卿は必要だ。そしてビヨン殿は、その鎧と斧で娘らを守って戴きたい」
「ですが、リュスタル卿お一人だけでは……」
ビヨンが食いつくと
「何、一人ではないさ」
ビヨンとノクシェ卿が後ろを振り向くと、療養していた兵らが集まっていた。
「無理はせぬようにとは言ったが」
「寝ていても、攻め入られては死を待つことと同じことです」
「ならば、斬闢のリュスタルの元で最期まで戦いたい」
「ここで奴らを食い止めれば必ずや我らがレガリアの勝利に繋がりましょう!」
「ノルデンシュタインの為に戦うレガリア騎士を前にノルデンシュタインの兵が戦わずにおられましょうか!」
「ここは俺たちの街だ。じっとはしていられねぇ!邪魔にはならねぇ、共に戦わせてくれ!」
集った兵たちの言葉を聞いて
リュスタル卿は微笑んだ
「私も、つくづく良い部下を、良い仲間を持ったものだ」
見据える正面の門からは大通りを通って敵が続々と進軍してくる。勝利を確信した面持ちで。
「神の裁きを!」
「灰になり我らが花の糧となるがいい」
「奪え!奪い尽くすのだ」
リュスタル卿は剣を掲げる。
「蒼銀の光よ、闇を闢け、敵よ闢け、この剣は彼の王と共に深淵を越えた証なり─」
「Sølvsleif!!」
ソルヴスレイブより放たれた眩き銀の斬光は向かい来る敵を飲み込んで瞬く間に一刀に伏した。
同時にリュスタル卿の傷のある左肩に激痛が走る。ノクシェ卿が施した防衛魔術とリュスタル卿の放つ魔力が干渉しあって身体と傷に負荷が掛かったのだ。
その痛みをものともせずリュスタル卿は後ろに集った兵や民に言い放った。
「この戦い、諸君らの命。私が預かろう!その誇りは必ずや勝利に繋がる光となる!!!」
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