12節「敗走」
12節『敗走』
『凛々華麗!Splendidegalan!!』
「いかん!!」
リュスタル卿はエキザム卿の標的が馬で駆け寄るレーヴェンハイト卿に移ったことを察して攻撃をいなそうとレーヴェンハイト卿の前へ躍り出た。しかしエキザム卿の速度は凄まじく視覚で捉えられるものではなかった。レーヴェンハイト卿に突き立てられた瞬速の剣はレーヴェンハイト卿を庇ったリュスタル卿の肩元を貫いた。リュスタル卿が剣を振るうとエキザム卿は距離を取った。
「リュスタル卿!!!!」
レーヴェンハイト卿はあまりの出来事に声を荒らげて叫んだ。
「なんということだ……」エキザム卿の驚いた表情は悔しいとも怒りとも見える表情に移っていく。
「馬鹿者が……」
リュスタル卿は険しい表情で息絶え絶えにそう言うと口を噤んだ。
レーヴェンハイト卿は事態を完全に飲み込めず荒い呼吸の中張り付いた喉から絞り出すように叫んだ。
「撤退せよ!!!撤退せよ!!!!」
思慮の末に出した結論ではない。口を衝いて出た言葉だった。
「させるか!!」
エキザム卿が再度剣を構え馬を走らせようとしたが一歩前へ出てそれ以上進むのを躊躇った。
「──!!」
エキザム卿の兜と胸当てが真っ二つに割れ地面へと落下したのだ。
「……これは……。あの騎士を庇いながら僕に一太刀入れたのか。或いは──」
一歩下がったエキザム卿が見つめる虚空には一筋の魔力の歪みが揺らめき、そしてそれは間もなく消えていった。
「斬撃を空間に残したのか……フフ」
エキザム卿はその麗しい口元に笑みを浮かべたかと思うと失笑した。
「フフフフフ、いいものを見た!そうか、そうか、斬闢の騎士リュスタル卿。大したものだ。ハハハハハ。良いだろう。今は見逃そうじゃないか。精々その騎士のなり損ないと共に逃げ帰り、再び僕と戦うといい」
兵がエキザム卿へと走り寄り
「ご無事ですか!凛麗の花」
「ああ、戦いに水を差されて業腹だが、楽しみができたよ」
「華麗なる花に傷を付けようとは。なんと恐ろしくも愚かな」
兵は誰にでも無くそう述べるとエキザム卿に追撃の指示を仰いだ。
「いや、追撃をするのは体勢を立て直してからだ。この僕の鎧を破った褒美に少し時間をくれてやろう。それに」
撤退を始めた連合軍は魔術による視界妨害の術を既に発動させていた。
「彼らには後がない。焦る必要はあるまいよ」
エキザム卿は余裕を取り戻し兵に体勢を立て直すよう指示し砦へと戻っていった。
「そうは言っても時間は惜しい。そんなに待ってあげられない。倒し甲斐のある回復を期待しているよ。リュスタル卿」
その華麗なる騎士は凛々しくも優しく微笑みながらそう呟いた。
──。
────。
「リュスタル卿!リュスタル卿!申し訳ありません…私が未熟なばかりに」
レーヴェンハルト卿が腕に抱えるリュスタル卿の意識は既に無く、駆ける馬を伝って血が滴り落ちてゆく。
なんとかせねば、なんとか──。
レーヴェンハイト卿は最も近い砦に撤退するためリュスタル卿を抱えながら馬を走らせる。
足は震え手綱を持つ手は固く固く握られ、その顔は非常に険しく目には涙を溜めて、歯茎から血が出るほど歯を食いしばりながら。
レーヴェンハイト卿は撤退の判断を即座に下した。
いや、自然と口からまろびでたのだ。それはリュスタル卿の負傷によって形勢が崩れたことに因るものなのか、深手を負ったリュスタル卿の身を案じてのことなのか、それともリュスタル卿からだくだくと流れ出る赤を見て怖気づいてしまったのか、自らがリュスタル卿の負傷の原因になってしまったことか。
或いは
自らの死に直面して、ただ、敵前逃亡をしただけだったのか。
全ての選択を誤った。
私のせいで全てが傾いた。
レーヴェンハイト卿の中で様々な思考、感情が渦巻く。
騎士の矜持を軽んじた上にリュスタル卿を負傷に追いやった責を、罪をどう償う。万死に値するだろう。すぐにでも自刃したい程の気持ちに苛まれる。だが、リュスタル卿はまだ我が馬上にいる。共に撤退する兵を率いなければならない。ゾリダーツと再度連携を取り直さねばならない。帰陣して次の手を対応せねばならない。敵は攻めてくるだろう。見逃すはずがない。間に合うか。戦えるのか。
リュスタル卿が負傷したこの状態で。
しかし、それを招いたのは私の失態だ。
レーヴェンハイト卿の中で腑に落ちる答えなど出るはずもなく、奪還した砦へ立ち寄ってはリュスタル卿に医療と魔術の応急処置を施し体力を顧みず心身をすり減らしながらノルデンシュタインに向けてただただ馬を走らせたのだった。
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