10節『襲撃』
10節『襲撃』
──数刻前
「伝令!申し上げます!バルシュティン卿、見事陽動に成功。現在兵を率いて此方へ向かっております!」
ひとりの兵が王へと報告した。
「ご苦労。流石だ、怒涛の騎士の名に衰えはないか。よしでは作戦通りに事を運ぶとしよう」
王がそう言って兵を返すと同時に異なる兵が入れ替わりに王の元へ駆けより「伝令」と伝える。陣営の端がざわついたのが耳に入る。
「どうした、なんの騒ぎだ」
兵が王に申し上げるよりも先に王は原因を理解した。一人の騎士が王の元まで走り寄ってきたのである。だが、騒ぎになっているのはその行動ではない。その馬を駆ってきた人物がレーヴェンハイト卿だったからである。
「レーヴェンハイト。卿が何故此処に──」
王が問いかけるよりも早くレーヴェンハイト卿は馬から転げるように降りて跪き息を切らしながら早口に答える。
「お、畏れながら申し上げます、王よ!ノルデンシュタインに襲撃!現在壊滅するのも時間の問題です!!」
その報告に一同は騒然とした。
「ノルデンシュタインにもそれなりの兵力はあった筈だ。何があった」
王は冷静に述べるとレーヴェンハイトは震えた声で言った。
「想定を遥かに上回る数の敵軍との衝突、さらに……」
騎士はそこで言い淀んだ。
「述べよ、レーヴェンハイト卿。火急の事態だ」
王はそう言ってレーヴェンハイトに促すと彼はそれでも躊躇い俯きながら漸く言葉を発した。
「開戦当初はリュスタル卿らのご活躍もあり敵の砦を2箇所攻略に難なく成功致しました。しかし……戦闘の最中、リュスタル卿が負傷され……。現在は意識が戻らぬ状況、此れにより士気兵力共に低下、敵の勢い凄まじく魔術防衛も効果を十分に発揮せず、さらに兵力は削られ連合軍はノルデンシュタインへ撤退、籠城戦へ突入しました。我らレガリア軍のノクシェ卿シュスター卿をはじめ騎士魔道士に傷を負う者はおりますが辛うじて死者はなく……。ですが、それは私が出立した際の状況。現在はどうなっているか……」
王は何故伝令兵ではなくレーヴェンハイト卿が自ら単騎で報告しに来たのかを問うと、深手を負ったリュスタル卿が意識を失う際に発した命であると答えた。
ノルデンシュタインが陥とされれば今度はレガリア軍が挟撃されてしまうか、或いはレガリア領への侵攻を許してしまう。それを恐れたリュスタル卿は確実に王に伝わるようにと騎士であるレーヴェンハイト卿を向かわせたとのことだった。
「リュスタル卿が……敗北するとは」
「一体どんな強敵なんだ」
「リュスタル卿が敵わぬ相手に、我々が……」
「ノルデンシュタインには魔術師も多くいたはずだ!それなのに」
「魔術が聞かないという噂もあるぞ」
報告を聞いた周囲の兵はさらにざわつき始めると王は右手を上げてそれを制する。と同時にレーヴェンハイト卿が地面に着くほどに頭を垂れると言った。
「リュスタル卿は、決して破れたわけではありません。リュスタル卿は私を庇って傷を負われました。罪科は未熟な私めにあります。どうぞ裁きを」
王は「そうか」と言うと近くに侍るライズフェルド卿にシュピーゲル卿を呼ぶよう言い渡しレーヴェンハイト卿に詳細の報告を端的に述べるよう命じた。
レーヴェンハイト卿は震えながらもノルデンシュタイン脱出時の状況を報告すると王は言う。
「レーヴェンハイト、暫し息を整えた後にライズフェルド卿の補佐を務めよ、罪科は追って伝える。いけ」と命を下し、レーヴェンハイト卿が下がったと同じくして兵が持ち参じた鏡を通じてシュピーゲル卿が現れた。
「騎士シュピーゲル、参りました」
王はシュピーゲル卿が顕われると即座に数名の騎士を自身のパヴィリオンへと招き入れた。
全員が中へ入るや否や王は口火を切る
「ノルデンシュタインが陥ちるやもしれん。よって俺はこれより救援に向かう」
それを聞いた騎士はみな一驚した。ノルデンシュタインの陥落の報せと共に王が自ら救援に向かうというのだから当然の反応だ。
一同は驚きのあまり一瞬の言葉を失う。
「無茶を申されるな王よ!」ライズフェルド卿が慌ててそう言った。
シュピーゲル卿も続けて言う
「畏れながら、レガリアの王たる貴方が陣を抜けるとあらば大いに士気に関わります。ゾリダーツに与する今であれば尚の事」
しかし王の判断は揺るがない
「救援先がゾリダーツの都市であればその提案を無碍には出来まい。ノルデンシュタインを陥とした軍が進路を西へ進めばレガリアが侵攻される。南下されれば我々がこれより誘い込む敵軍に逆に挟撃されるだろう。いずれにせよ捨て置くことは出来ん」
「ならばこのシュピーゲルが救援に向かいます!」
「ならん。迎え撃つ兵力は連合をも上回る。シュピーゲル卿の力なくしは押し留められん」
「しかし!」
尚もシュピーゲル卿は意義を申し立てようとするもそれを王は一括した。
「あまり俺を侮るな。采配を誤った責は俺自らが拭う。ゾリダーツの伝令に伝えよ。レガリアの王は騎士シュピーゲルをはじめとする主戦力をゾリダーツに預けノルデンシュタインへと救援に向かうとな」
そこへ些か本来の冷静さを取り戻したライズフェルド卿が「王の仰せであれば致し方あるまいよ」と呟いた。
「ライズフェルド卿……!」
驚くシュピーゲル卿は言葉を失うとライズフェルド卿は続けた。
「しかし我が王よ。レーヴェンハイト卿が出立した際にはもうノルデンシュタインは陥落寸前だったとのこと。であれば、敵が此方に侵攻を開始していた際には正面から相手取ることとなります。相応の兵力は必要なものと心得ます。例えばそう、数刻程の時間が稼げるものであれば」
王は全てを承知していた様子で
「無論だ。もし既にノルデンシュタインが陥ち南下した敵と当たった場合は挟撃を阻止し卿らの援軍を待つこととしよう」
王はゾリダーツ救援の旨を伝令に伝えると即座に救援の支度へ取り掛かった。
ルビンの元に伝令が届くのにもそう時間を要することはなかった。
ルビンがそれを聞くと「まさか、ノルデンシュタインが……」と落胆の表情を浮かべるも即座に持ち直し「いや、まだ陥落したわけではない。ここはレガリアに感謝すべきだろう。しかし……」
ルビン公に様々な思考と感情が押し寄せる。ノルデンシュタインの安否、作戦への支障、敵軍への対処、今後の進退。そんな中彼の脳裏に過ったのはノルデンシュタインの光景と共にそこに在るビヨンをはじめとしたヴァニット卿の家族のことであった。この事態をヴァニットに伝えるべきか否か。ルビンは刹那に伸し掛かる強烈な葛藤の末に王としての矜持を全うするという判断に至った。
「御返答、如何されますか?」
険しい顔つきのルビン公に兵は伝令兵はおずおずと伺うと
「承知した。レガリア本土の危機もあるといえ主戦力を留めゾリダーツの街を救援してくれると言うのだ、行くなとは言えない。しかし此方も兵を削ることは出来ない。レガリア陣営近くに配置している兵を案内程度につけるように。そして伝えてくれ、『然るべき策を決行の後、必ずや兵を向かわせる」と
SYUU王もルビン公も至る結論は一致していた“あの兵器の発動に至れば戦況は全て覆る”と
「すまないヴァニット。今君の故郷も君の家族もレガリアに託すほかない」
こうして連合軍はレガリアの王不在の元、先鋒部隊を迎え入れ、策遂行の為に迎撃体勢をとった。
部隊を整え王がノルデンシュタインへと立つそのとき、レーヴェンハイト卿が王の元へ訪れた。
「卿はライズフェルド卿の支援を命じた筈だが」
王はレーヴェンハイト卿を一瞥しそう言うと
「愚かなことは存じております。しかし、私は、師であるリュスタル卿に深手を追わせ、ノルデンシュタインの不利を招きました。騎士としてこのままでいることは出来ません。王よどうか、どうか私を共に向かわせて戴きたい。無論、その後の処罰も覚悟の上です」
レーヴェンハイト卿の眼に覚悟の色を見た王は
「己が何を以て報いるかは卿が決めよ。足を止めることは許さん」
王のその言葉にレーヴェンハイト卿は涙を溜めながら頭を垂れる。
「有難き幸せ。全身全霊を以て必ずや次こそ御役に立ってみせます」
レーヴェンハイト卿の心中は混沌としたものであった。リュスタル卿の容態。それを招いた自らの不甲斐なさ、ノルデンシュタインの状況、王の手を煩わせる自責の念、随行を赦した王への謝意、敵への憎悪。それらが巡り混ざり感情の名前を失わせる。それらがリュスタル卿が傷を負った時から降り積もり心身に荷重をかけるのだ。出立する今此の瞬間にも──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます