10節『晶砂』
10節『晶砂』
3日後、レガリア、ゾリダーツルビン派連合軍は北の要塞ノルデンシュタインと都ユーヴェルボーデンより西へと出撃し、さらに南ではレガリア、クライスベルク連合軍がクラール側の中流に陣を敷いた。
斯くしてノルン地方全土を巻き込んだアルバフロスとの苛烈な戦いにレガリアは身を投じたのであった。そしてこれが、王SYUUの覇道の始まりである。
「我が初戦、この戦でレガリアが、ノルン総べてが動き出す。深淵より祝福が溢れ出たあのときのように。夜明けの花、太陽が目覚めぬうちにその根ごとを断ち切ってやろう。出陣せよ!このSYUUと共に!ジークレガリア!!」
バルシュティン卿は敵を誘い込む先鋒軍として出陣し数刻が立った頃。
「間もなくユヴェリアです!」
ゾリダーツの兵がバルシュティン卿へそう告げるとすぐに視界の先に城塞を捉えた。どうやら火の手は上がっていないようだ。しかし
「わかっちゃいたが、大軍も大軍だな」バルシュティン卿は独り言ちった。
先鋒軍は五千程だが、ユヴェリアを包囲する敵軍は視界に捉える範囲でさえ倍は下らないように見えた。
バルシュティン卿は補佐官に「弓の準備はいいな?」そう確認すると
「全力でぶつかれ!そして全力で退け!命を賭けるのは此処ではない!我が王に最上の獲物をだ!」
と得物のハルバード、ドランガーを振りかざし、雄叫びを上げるが如く言い放つとゾリダーツの騎士らと共に兵を引き連れユヴェリアを包囲しているアルバフロスの陣へと突貫した。
「一点突破ぁあああああああ!!!」
バルシュティン卿は射掛けられる矢や見知らぬ魔術のような攻撃を紙一重で弾きいなしながらユヴェリア城門へ向かって突き進んだ。
「ヴェーグ王と共に深淵を切り開いた我が怒涛の戦戟、とくと味わえぇぇぇい!!」
バルシュティン卿の放つ重厚な一撃はまさしく怒涛。
標的に接触するまでに振りかぶった分だけ戟の周囲の魔力を蓄積、衝撃へと変換し衝突とともに開放するそれは刃であれ柄であれに触れる者を薙ぎ払い、敵の槍や盾ごと粉砕し吹き飛ばす。
「あれが、アブグラムの重鎮、かつて王と共に深淵を踏破した騎士か…!」
ゾリダーツに属する兵はその獅子のような勢いに舌を巻く。同時に
「我々も遅れを取るな!此の勢いに乗ずるのだ!」
と覚悟を強めて足を進めた。
東門側に敷かれた陣の中央突破を図った連合軍の攻撃は両翼の兵をすり減らしながら正面を削る。自ずとそれに対処するアルバフロス軍は両翼からの挟撃を試みる
「バルシュティン卿!自軍両翼劣勢!敵軍の両翼が閉じます!」
戦闘が始まり暫し経過したところで兵が告げる。
「開門の合図を鳴らせ!」
兵が輝石を弓で打ち上げ破裂させるのを合図に東門が敵兵を巻き込んで爆ぜるとユヴェリアの兵が門から飛び出した。連合軍が接敵する直前に策を伝える矢文を城塞内へと複数放ったのだ。
東門の正面は連合軍とユヴェリアの軍の挟撃で退けるも次は両翼が迫る。
辛くもそれを切り抜けるとバルシュティン卿は
「もう少し削れると思ったが、なかなかどうして堅いもんだ。なんともやり辛い相手よ」と一言嘆くと
「ユヴェリアの兵は合流を果たした!退け!退け!もう後がない!!ユーヴェルボーデンへと生き延びて帰還するのだ!!」
バルシュティン卿は撤退の声をあげると兵は合図を鳴らし一斉に反転し撤退を始めた。
「逃がすな!異教徒に帰す場所など与えてなるものか!!」アルバフロスの兵らは追撃をしようと他の方角に位置する門を包囲していた敵軍はさらに両翼から抑えようと軍を展開する。狂気さえ感じる戦いぶりとは裏腹に大軍の展開速度は凄まじい程の速さであった。
「紐で繋がってんのか連中は!?」
バルシュティン卿を始め指揮の立場にある者は皆一驚した。が、それと同時にバルシュティン卿は思った「ライズフェルドの知に値するものではない」と。
ライズフェルド卿は出陣前にバルシュティン卿に言った。
「見立てではアルバフロスの兵の脅威は数やそれぞれの力だけでなく、行軍の速さにある。だが、走る足を引っ掛けるのは相手が速ければ速いほど有効だ。そして人は優勢で奢るほどに僅かな綻びも焦燥の原因となる。バルシュティン卿の怒涛の勢いは一泡吹かせることとなるだろう。敵はそれを迅速に対処せんとするだろうな。それがそそくさと退くとなれば相手は包囲を緩めても卿を潰したがるだろう」と
南北の陣が東側へ展開すると同時にゾリダーツ弓兵が再度輝石を放つ。それが音を上げて空で強く輝くと、ユヴェリアの南北の城門も東と同様に爆ぜ残存した兵が矢の如く駆け出した。急に背後や側面を突かれたアルバフロスの陣形は崩れるとは言えぬとも一瞬の乱れが生じる。その隙を突いて合流を果たした連合軍は東からは反転し、ユヴェリアの兵らは南北からはそのまま真っすぐに城塞を離れた。
全体の動きを報せて聞いたバルシュティン卿はライズフェルド卿の理論的な策とそれを説明する口調を思い出して苦く笑みながら言った
「ライズフェルドの読みどおりだ。癪だが流石ともに深淵を渡り歩いた者だな。さぁ、本番はここからだ。ついてきてくれるかな?狂信者共」
馬を走らせようと方向を転ずるとアルバフロスの一人の兵が去ろうとするバルシュティン卿に向かい嘲りながら罵声を飛ばす
「悪しき谷底に蠢く愚かな異端者よ!もはや貴様らに還る場所など在るものか!」それを言い放つや否や言葉の主はドランガーによって槍ごと両断されていた。
「あまりレガリアをナメるなよ?」バルシュティン卿はそう言い捨てて馬を走らせた。
「隊列は構わん!反転しとにかく走れ!!奴らは速い!追いつかれれば全滅するぞ!」
撤退を装いばらばらと無秩序に駆けゆく連合軍をアルバフロス軍は大挙として追撃にかかる。
「(よし掛かった!)」
連合軍はがむしゃらにもと来た道を遡り始めた。
──。
────。
撤退途中、背後にはアルバフロスの追撃部隊が迫る中、馬を駆るバルシュティン卿に近衛の騎士が寄ってくる
「バルシュティン卿、ご無事ですか」
バルシュティン卿は鎧の肩当てに刺さった矢を抜き捨てながら
「ああ、大事ない。まだまだ現役よ!しかし、思った以上だ。あいつらはヤバい。騎士から雑兵に至るまでなんていう馬鹿力だ。まるで自分の肉体を顧みていない。自壊覚悟の攻撃だ。まさに狂戦士だな。おまけに噂通り純粋な魔術は通用せんし、どうも防衛術式も十分な効果が発揮出来ていない。魔力か魔術になんらか干渉があると見える……厄介だが、身を以て知ったのは収穫だな」と苦笑しながらこぼした。
「さ、行け。合流したユヴェリアの兵にも追加の伝達を。余力がある者は先んじて本軍と合流し本戦を報告せよ」バルシュティン卿がそういうと近衛の騎士は離れていった。
「策とはいえ撤退戦ってのは性分に合わんが今回は例外かもしれんな──」
バルシュティン卿は腹部から流れる血を片手で押さえた
「フハハ、深淵歩きを思い出す。さて、どうしたものか……」
背後にはアルバフロスの軍が徐々に迫っていた。
バルシュティン卿は追撃部隊の更に後方から迫る本隊との距離に懸念を抱いた。このままユーヴェルボーデンへと戻っても追撃部隊は滅せても敵本隊には有効な一撃が与えられないからである。
怒涛の騎士は今後方より迫っている部隊を足止めしながら戦っては退きを繰り返し追撃部隊と本隊との距離を縮めていった。
しかし、敗走を装った以上、統率の取れた戦闘は出来ず、それ故に止まり戦うにつれて兵力は摩耗していった。それは既に傷を負っているバルシュティン卿も例外ではなかった。
馬を走らせる。戦う。兵が減る。傷を追う。敵が迫る。
バルシュティン卿の性であれば真正面からぶつかり果たし合うのが合っているだろう。それは自他共に認めるところだ。敵に背を向けながら走り、時に止まり戦う。「そんな戦法は騎士の名に恥じることだ。俺の戦いじゃない。もう良いではないか。さぁ、今からでもぶつからん。先の戦闘のように敵と衝突しその全霊を戟に乗せてくれよう」頭のどこか、心の何処かで傷の痛みと共に訴える自分を押し殺しながら、ひたすらに逃げる。戦う。全ては策の成就のために、ノルンを揺るがす敵の打倒のために、先に待つ王のために。
仲間が敵に討たれ、徐々に脱落していく。それを背にすることに傷以上の痛みを伴う
それでも、馬を走らせるのだ。
血を流しすぎたのか、目がかすみ頭がぼやけ感覚が鈍ってくる。
それでも、馬を走らせるのだ。
馬の揺れがまるでゆりかごのように眠りを誘ってくる。
それでも、馬を走らせるのだ。
背中に衝撃を受ける。どうやら背中に矢を受けたようだ。
それでも、馬を走らせるのだ。
意識が遠のく、前も禄に見えない。
それでも、馬を──。
なぜならば──。
行き着く先、嗚呼そこには──。
バルシュティン卿の後方で大勢のどよめきが聞こえた。鮮明に。
何故か。
「アルバフロス!!今こそその花弁を散らすとき!今こそ好機!かかりなさい!!」
「決して逃すな!反撃開始だ!!」
「ゾリダーツの怒りを思い知れ!!」
「これは…挟撃だ!!進行方向左右の山に!!」
その喧騒の中に仲間の声を、魂を感じたからだ。
「本懐とはいかないが、一先ず役目は果たした。ちっとばかり休ませてもらうぞ……」
目的地へと辿り着いた騎士は、小さく微笑みゆっくりと傾いてゆき、そして走る馬から崩れ落ちた。
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