9節『ヴァニット』

9節『ヴァニット』

 

 その騎士はルビンやSYUU王をはじめとする一部の要人と護衛の少数を西側城壁の中央部へと案内した。ユーヴェルボーデンの西側城壁は硬度の高い鉱石がふんだんに使用され極めて頑丈な造りになっていた。その様はまるでかの伝説の白き都を彷彿とさる。

「この堅牢な造りはアルバフロスの侵攻を見越してのことで?」

ライズフェルド卿が尋ねるとルビン公が答えた。


「かつて鉱脈争奪戦が頻発していた頃の名残を現在は鉱石や魔術による兵装の試験設備も兼ねて城壁を強化し運用しています」

ライズフェルド卿はそれを聞くと城壁を見上げ

「なるほど。ではこの中に例の……」と納得したような表情を見せた。


 一同が案内されたのは城壁の内側にせり出した倉庫状の建物で、騎士は扉についた紋に自身が持っていた鉱石を合わせると中から解錠するがちゃりという音が聞こえ扉が開く。その内部には工房が広がっており鉱物を加工するのであろう様々な用具が設置され、また見慣れぬ兵装も多く見られた。

「此処は機密上案内できません。目的地はこの上です」騎士がそういってルビンとともに階段を登ってゆく、それに護衛の兵とレガリア陣営が続く。


 輝石が淡く照らす薄暗い階段を城壁の上部あたりまで登ってゆくと再び大きな空間が現れた。


 ルビン公が数歩前へ出て言う。

「これです──」


 ルビンが見上げた先には弩砲と呼ぶにはあまりにも巨大で異質な装置が鎮座していた。

 王はその城壁の四分の一の高さもあろうかという弓砲を見上げて一言「ほう」と呟いた。


「これぞゾリダーツの鉱石と魔術の技術の粋が結集した至宝。連立魔導式結晶大砲-メテオライト(夜を穿つ石)-かの仇敵を滅ぼす我々の奥の手です」


 その美しくも兵器然とした装置にレガリア陣営の騎士らは息を飲みそして声を上げた。


「夜を穿つ石は様々な特性を持つ鉱石で構成されている。これに幾重に施された特定の魔術式と大量の魔力を注ぎ込むことで水晶矢を発射する。この矢もまた巨大な魔石によって構成され、その石の特性によって用途に幅をもたせることが可能だ」


 案内役の騎士は朴訥とした態度でそう説明すると。


「勿論詳細は機密事項だ」と付け加えた。


「以前より理念としては存在していた代物ですが、数年前、一帯の魔力濃度が急上昇したことで実用へと漕ぎ着けた代物です。大量な魔力の注入を代償とはしますが、魔力と鉱石が持つ力の双方の作用を一矢に込めるこの兵器の前ではかのアルバフロスの兵も晶塵となるでしょう」


ルビンは落ち着きながらも確固たる自信を以て眼光鋭く言った。

「この機構を見たらフィシュカ卿が目を輝かせるでしょう。この開発は誰が?」

シュピーゲル卿が尋ねる

「そういえば紹介していませんでしたね。失礼しました。夜を穿つ石を生んだのはそこの騎士、Wanitです」

ルビンがヴァニット卿を紹介すると彼は小さく会釈した。

「ヴァニット卿。卿がビヨンの子か」

王が少し驚いてそう言うと、ルビンも意外な様子で

「おや、既にご存知でしたか。ええ、ノルデンシュタインに工房を構えるゾリダーツ随一の鉱石技師ビヨンとその子騎士ヴァニットによって築かれたのがこの機構、この兵器です」

「私は鉱石機構の一部を担当したに過ぎません。その多くは父と魔導を専攻する者が担っています」

ヴァニットがそう言うとルビンは苦笑いを浮かべ

「この者は武勇にも優れ、ビヨンを継ぐ程の鉱石の知識と技術が在るのにもかかわらず誇らない。良いところでもあるのですがね」とこぼした。

それを受けてもヴァニットは顔色も変えずにそう言った。

「武勇の如何は解りかねるが、夜を穿つ石の威力は保証できるものです。安心していただきたい」


「随分と派手な飛び道具。これを放たれればとてもただでは済むまいな!しかし、何故今まで使わなかったのです?」


バルシュティン卿は感心した様子でそう言うと同時に疑問を呈する。

するとルビンが答える

「奥の手だからです、と返してしまうのは不誠実ですね。実はこの兵装は幾つか課題を抱えています。ひとつ目は魔力不足。これは貯蓄した大量の魔力を都度充填して発射するものですが、戦いの初手に充填は間に合いませんでした。それに付随してふたつめ、大量の魔力消費を伴ううえ、且つ巨大な矢を鉱物から精製するのも容易なことではありません。故に試し打ちという事が難しい。そしてダメ押しの3つ目です。凄まじい威力が保証されているが故に射線上に味方があれば放つことは出来ません。先の戦いで使えたとしても味方諸共吹き飛ばすことになりかねません。以上の点で、実際に放つのはこの最終防衛地点であるユーヴェルボーデンでの逆転戦になるわけです」


「実戦投入は初ということですかい?それに全てを賭すと」バルシュティン卿が少し驚いた様子で再び尋ねるとヴァニット卿が答える。


「緻密で正確な機構と術式だ。運用方法の誤りや外的要因がなければ確実に起動し発射される。我が父ビヨンの技術とはそういうものだ。弟子としてそしてこれを預かる騎士として保証しよう」

 

 ヴァニットが静かにそして強かにそう言うと王は口元に笑みを浮かべて言った

「その者の言うことに間違いあるまい。俺もビヨンの技術の一端を垣間見た。信ずるに値するものだ。そうでなければ、師である父と妹らを置いて出兵して来なかろう」

それを聞いて今まで表情を変えなかったヴァニット卿は一瞬目を見開き驚いたような表情を浮かべた。それを横目に見たルビンは

「私も君主として誓いましょう。先程も申したとおり、是成はゾリダーツの技術の結晶。それに疑問を抱くことはゾリダーツの職人の腕に、矜持に疑問を抱くことです。国を治めるものとしてそれはあってはなりません、是非ご安心戴きたい」

ルビンのその言葉には確固たる意志が感じられた。


 その場で夜を穿つ石の運用を取り入れた作戦が秘匿事項としてその場にいた者にのみに共有され、話は終わった。


 レガリア陣営が城壁から迎賓館へ戻ろうとすると王のもとへヴァニット卿が近寄ってきた。


「レガリアの王よ、去る前に伺いたい。その首の飾りは……」

ヴァニット卿が言い切る前に王は答える


「ああ、ラピスという娘から預かった。これにセカイを見せてやってくれとな」

ヴァニット卿は王が嘘偽り無くそう言っているのだとすぐに確信した。その造形は父ビヨンが作ったものに相違なく、その首飾りにはめ込まれた石が輝きを失っていなかったからである。


「そうか。ラピスが」


「エルツとラピス。卿の妹であろう?」

ヴァニット卿は追求するのを止めて安堵の表情を浮かべ言葉を紡ぎ直す。


「ええ。妹らは息災でしたか」


「ああ。民らは戦の重圧に参っているようだったが、卿の妹らは元気にしておった。とりわけラピスはな。エルツもよくやっている」

ヴァニット卿の表情が僅かに和らぐと


「そうか。元気にしていたか。それであれば何よりだ……」と安堵した様子を見せた。彼のその無愛想な表情が柔らかくなったのを見て王は言った


「大切に思っているのだな」


「無論です。あれらは如何なる宝石、汎ゆる神秘にも代え難い私の宝です。家族を護るために私は騎士となりました」


「そうか」と王は一言呟いてシュピーゲル卿と共にノルデンシュタインであったこと、その経緯を暫し語った。そしてヴァニットもまた、父ビヨンがゾリダーツの鉱石加工技術や魔術との融合機構など発展に多大な貢献をしたこと、亡き母のことや妹らの事を言葉少なに語った。


「父と妹たちが世話になりました。長子として、王に仕える騎士として礼を述べる」ヴァニット卿はそういった後に王の胸に光る見慣れたその装飾をじっと見つめた後に王の目を見据えると


「次なる戦、ゾリダーツとレガリアに栄誉ある勝利に貢献すると誓いましょう。愛する我が妹がその魂の結晶たる指輪を貴方に託したのならば私はそれに報います」

そう言うヴァニット卿の瞳は妹らと同じく宝石の様に純粋で気位高いものであった。


「ああ、フェルゼンハルトのみならずルビン公直々に取り立てられるほどの武勇楽しみにしているぞ」


「共に戰場で戦う騎士同士、良い戦いにしましょう」

王とシュピーゲル卿は返事を返すと両陣営へと戻って行くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る