8節【結晶都市ーユーヴェルボーデンー】

八節【結晶都市ーユーヴェルボーデンー】

◆──ゾリダーツ、ユーヴェルボーデン


  本軍は都ユーヴェルボーデンへと到着すると、まず出迎えたのは若くしてゾリダーツ元首候補筆頭たるルビン公とその軍勢であった。


「此度は援軍感謝します。その長旅に労いを。改めてようこそ、ゾリダーツ公国へ。私はルビン。此の国の公爵です。と言っても、今は後継者を巡って争っている身ではありますが」

「元首自らの出迎えとは痛み入る」王がそう返答すると


「レガリアの王自ら出向かれたのです、此方も礼を尽くさせて頂きたいのです。そして、火急の事態ゆえ城で待つ時間も惜しいという本音もあります」と苦い笑いを浮かべた。


 挨拶を交わした一行は壁内へと案内され、会談の場へと向かった。

王は街を一瞥すると「鉱石の都、北よりまして見事なものだな」と感嘆の声をもらした。ユーヴェルボーデンの街を構成する建築物は主に石造りでその随所に輝石や魔石の類が用いられておりノルン東部の鉱物加工技術の粋を集めた水晶郷の名に違わない美しいものであったからだ。


 「ええ、この輝きこそ我がゾリダーツの誇り。職人の研鑽とそびえしアイゼンヴァンドの成し得る都です。この様な事態でなければ是非お楽しみ戴きたいところです。しかし……」


 ルビン公は少し表情を暗くすると「既にご存知のことかと思いますが」と前置きをしてぽつりぽつりと話し始めた。


 公王ユヴェーレンが病に倒れたことに端を発した継承争いについてだ。本来であれば正統なる継承権を有するルビン公が公王の地位に納まる筈であった。しかし、公王の弟にあたるザフィアは良くも悪くも優秀であった。ザフィアはユヴェーレンの元で多くの功績を残したことにより後継を指示する派閥も膨れ上がっていったのだ。だが、その功績の裏には対立派の失脚や他領との独自の密約などの良からぬ噂も多く見られた。実際ユヴェーレン公が病床に伏すや否やルビン派の要人が失踪する事案が起きている。ルビンをはじめ彼を支持する者はそれをザフィア派の仕業だと踏んでいるのだという。さらにはアルバフロスの侵攻にそれまで表立った交流がなかったヴェストファーレンが援軍に応じたのもまた怪しいという。


「尤も、戦況からして如何なる陣営であれ援護があるに越したことはありませんが懸念は大いにあります……。ザフィア公の政治手腕によってヴェストファーレンが動いた。その事実はこのアルバフロスとの戦いの後にある“戦い”に多大な影響がありますから」


「此方です」

歩きながら話を終える頃には会談の場へと到着していた。

各々が席につくとルビン公は話し始める。

「早速ではありますが、火急の事態ゆえ戦況を共有したいと思います。私のもとに侵攻の報告がはじめに入ったのが約半月前。即座に防衛措置をとりましたが、ザフィア派との連携は良好とはいかず、ヴァンドブルク、グルーベン、フェルゼンフィルトをはじめとした都市や砦が突破され、現在ユヴェリアまで進軍しており、陥落した街や拠点から退かせた兵とユヴェリアの兵、そしてこのユーヴェルボーデンより派遣した兵を再編成しなんとか押し留めている状況です。それもいつまで保てるかわかりません」

「それほどの勢いで攻め入れば補給線も伸び切るというものでは」とシュピーゲル卿が問うと

「それは期待できないでしょう」ルビン公の表情が険しくなる。

「まずは悪い話からです。皆様が到着する少し前、つい先刻のことです。クラールシュタットの大規模補給拠点が奪われました」


クラール川の大流を領地に持つクラールシュタット王国は肥沃な大地を利用した大規模な耕作地や農園が存在しており、その豊かな土壌が故に栄える国だ。故に人口も多貯蓄も多く、蓄える兵力も多い筈であった。大規模補給拠点奪取の話を聞き、議場はざわめいた。

「クラールシュタットの一部を抑えたからには補給には事欠かないでしょう。我々の拠点から略奪した物資も加えれば尚の事です」

「クラールシュタットにはシュミーヘンの軍が多く割かれたと聞きましたが、それでも押し負けたのですかな?」と今度はライズフェルド卿が手を挙げてルビン公に問う。

「詳しい事情は判りかねますが、シュミーヘン軍は前線投入されず、クラールシュタットの城塞と河川の防衛を主として派遣した模様です。しかし、これを受けて恐らくは補給拠点奪還のための戦力の動員を余儀なくされるでしょう。絶対的な補給線が確保されてしまってはシュミーヘンも危険ですからね」


「これは思った以上に状況は芳しくないな」とバルシュティン卿が腕組みをしながら発言すると、それを肯定するように議場に沈黙が訪れた。

そしてそれを破ったのはシュピーゲル卿であった。

「悪い話から、とおっしゃいましたが何か他にも?」

ルビン公は小さく頷くと

「ええ、良い話というのはアルバフロスの侵攻の中で陥落を免れている拠点がいくつか在るようです」続けてルビンは自嘲にも似た笑顔を浮かべると

「そして悪い話の2つ目は、その多くがザフィア派の領主が管理する土地であることです」と言った。

その発言に対する反応は皆同様であった。それを代弁したのもルビン公である

「御存知の通りザフィア派とは対立関係のまま連携はとれておらず、なおかつ現在の戦況の中では正確な情報を得るのは困難です。それ故にアルバフロスと内通しているとは断定できません。陥落を免れている拠点がたまたまザフィア派のものである可能性も否めないですし単に防衛に成功したという線も考えられます」


「悪い話にしている時点でルビン公の心は知れておろう」

SYUU王は半ば呆れたように言い放つとルビン公も苦笑いを浮かべた。

「仰る通りです。実際ザフィア派に於いてもアルバフロスに強く反抗する者もいるのは事実。さらなる仲違いを狙った敵の調略とも考えられます。ザフィア派になんらかの動きがない以上、今は迂闊に接触はできません。しかし用心に越したことはないでしょう。国を同じくする者にそう思う事も憂うべきことではありますが……」


「ザフィア派が要請したヴェストファーレンの動きも気がかりですからな」ライズフェルド卿は机に敷かれた地図を長筆で差しながら言った。


「継承争いに他国の介入。アルバフロスとの戦いの後に行われるものと思っていましたが、事態はそう単純には運ばないようですね。ですが、どうあれ攻め入ってくるアルバフロスの打倒は急務。そこに活路を見出さねば他はありません。そのために我々が来たのですから」

シュピーゲル卿がそう言うとルビン公は

「ありがとう。気高き騎士よ」と礼を述べると

「お恥ずかしながら、敵の兵力と士気はこちらの想像を遥かに越えるものでした。アイゼンヴァンド連合と言っても軍のそれぞれが連携をとれるわけでもありません。特に我が国は斯様な状況です。どうか、お力をお借りしたい」

王は静かにルビンを見据えると口を開いた

「深淵に愛されしノルンの地の存亡に関わる問題だ。どうあれ外からの侵略には断固として立ち向かわねばなるまい。しかしその潔さは称賛に値する。我々もその清き願いに力を貸そう。だが、我らがレガリアの剣槍をこの水晶の都に託すのだ。そちらも相応の力を尽くしてもらおう」

「無論です。レガリアの王よ。ゾリダーツの誇りにかけて」そう答えるルビン公の眼差しに曇りは無く、まるでこの街の石たちのそれのような美しい光を灯していた。


それから数時間、双方の軍備についてや兵站、周辺国の状況やアルバフロスとの戦闘記録などの共有などの議題を話し合いながら会議は夜まで続いた。

「この配置は……」

ライズフェルド卿が疑問を口にしたのは近日迎える戦いに於いてゾリダーツ側が提案した軍の配置についてであった。


 策の内容はというと現在最前線となっている都ユーヴェルボーデンより西にあるユヴェリア城塞を救出し合流の後即座に反転、城塞は破棄し撤退、ユーヴェルボーデンの眼前に広がる地グラースザントの南北の鉱山の陰に控えさせた軍によって挟撃、再度撤退してきた軍は再度反転し本体と共に三方より包囲殲滅するというものであった。それにライズフェルドは異を唱えたのだ。

「縦しんばユヴェリアをなんとか救出し合流できたとて、挟撃できる戦力は残されておりますまい。一点突破されてしまえばユーヴェルボーデンとはいえそうは保たぬものと思いますが、如何かな。ましてや魔術防衛の効果が薄いとあらば尚の事」


それを聞いていたルビン公は答える。

「おっしゃる通りです。通常の兵力では数で圧されてしまうでしょう。ですが、アルバフロスの知らぬ未知の兵器があればどうでしょう」ルビンの表情は微笑みながらも自身に満ちた表情を浮かべていた。そして「詳しいものに説明させましょう」と傍に座っていた騎士に指示をした。端正な顔立ちの騎士は立ち上がると言った。

「──連立魔導式結晶大砲。それが攻め入ってくるアルバフロスを焼き払う」

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